「私作る人・僕食べる人」から45年。なぜ炎上CMはなくならない?

文=原宿なつき
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GettyImagesより

 炎上CMの元祖と言えば、1975年のハウス食品の「私、作る人」「僕、食べる人」でしょう。

 そのCMで若い女性と小さい女の子は「私、作る人」と言い、男性は「僕、食べる人」と言って、ラーメンを啜るのです。このCMは当時、料理をするのは女性であるという家庭内役割を固定化しているとして炎上し、1カ月ほどで放送中止になりました。

 私自身は1975年にまだ生まれていなかったので、このCMをリアルタイムで見たことはありませんでした。「私、作る人」「僕、食べる人」というキャッチコピーだけは炎上CMの代名詞として知っていたものの、「ハウスシャンメン」というインスタントラーメンのCMだったと知ったのは最近です。

 このCMに登場するのは若い父母と娘の家族なのでしょう。小学生くらいの娘も自分を指差して「私、作る人」と言っていて、父親らしき男性は「食べる人」なんですね。翻って2020年現在は、男性が食事の支度をしているCMはたくさんあります。インスタントラーメンですら、女性が男性に作って食べさせてあげるものだというCMが45年前に放送されていたことを考えると、随分マシな時代になったものだなあ、と思うわけですが、かといって、「性別の役割を固定化するCMの炎上」が過去のものとなったわけではありません。

 むしろ、人権意識の高まりや、ネットCMなど拡散しやすい形式の広告の増加にしたがい、CM・広告の炎上は増加しているようにも感じます。

 CM・広告が炎上することは、当たり前ですが、企業にとって大きなダメージとなります。「古い」「ダサい」「人権意識が低い旧態依然の企業」といったイメージがつき、最悪の場合は、不買運動に発展してしまう可能性もあるのです。

 企業イメージが地に落ちるかもしれないというのに迂闊な炎上が多すぎるのは、なぜなのでしょうか。炎上する広告には、いくつかのパターンがあり、炎上案件のたびに「またか」「なぜ学ばないのか」と驚くことも多いです。

 そこで今回は、炎上を避けたい企業側の情報発信担当の方々におすすめの本を紹介したいと思います。『炎上しない企業情報発信』(治部れんげ・日本経済新聞出版社)『炎上CMでよみとくジェンダー論』(瀬地山角・光文社新書)の2冊です。

炎上するCMの4分類

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『炎上しない企業情報発信』(治部れんげ・日本経済新聞出版社)

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『炎上CMでよみとくジェンダー論』(瀬地山角・光文社新書)

『炎上CMでよみとくジェンダー論』では、炎上するCMを4つの型に分類しています。

1 女性を応援しているつもりなのに、性役割の固定・強化と受け取られ炎上

 ひとつ目は、女性を応援する意図で作成したのに、結果的に性役割の固定・強化と受け取られたパターンです。

 代表例は、2017年のユニ・チャームのおむつブランド「ムーニー」の宣伝動画『はじめて子育てするママへ贈る歌 moms don’t cry』でしょう。CMは、必死で子育てする女性の1日が描かれたあと、「その時間が、いつか宝物になる。」というテロップで閉められています。父親が育児をしている様子がほとんど描かれていないことから、この動画が公開されるや否や、「ワンオペ育児を美談にするな」と炎上したのです。

 実際には、育児をまったくしない父親や、ワンオペ育児で疲労しまくっている母親はたくさんいるので、CMで描かれている世界は、かなりリアルだと言えます。

 リアルに疲弊しているワンオペ育児中の母親たちを「応援」するつもりだったことはわかります。でも、女性だけに育児負担がのしかかっている現状を美談にすることで、「ワンオペ育児を是としている」ように見えてしまったので、燃えるのも仕方のないことでした。

2 女性を応援したつもりなのに、性差別になり炎上

 ファッションや美容業界は、「おしゃれであること・若々しくあること」を女性が切望すればするほど儲かります。そのため、女性が、「25歳が女のピーク。それ以降はおばさんだから、ふけないようにしなくちゃ」と焦ったり、「(容姿とは関係ない仕事をしているのに)メイクやファッションをがんばらなきゃ。それも仕事のうちだし」と考えたりしてくれると、とても都合がよいわけです。

 とはいっても、あからさまに女性の不安を煽るように仕向け、自社の商品を売り込もうとすると失敗します。2015年のルミネのCM『働く女性たちを応援するスペシャルムービー』は、大炎上につながりました。

 ルミネのCMで、主人公の女性会社員は仕事を一生懸命頑張っていて忙しく、“自分磨き”をする余裕はなさそう。すると年上らしき男性社員が「顔、疲れてんなあ」と指摘し、別の女性社員と容姿を比較するというセクハラをかまします。主人公はセクハラされているのに気づいて憤るどころか、「最近、さぼってた?」と独り言をつぶやき反省。画面全体に「変わりたい? 変わらなきゃ」というテロップが出る………っておい!!!! 2015年に放送されたとは思えないほどの時代錯誤っぷりですね。

 しかもこれ、ルミネいわく「働く女性を応援するスペシャルムービー」なのです。仕事を頑張っているのは素晴らしいことですが、もっとお洒落や美容も気にして明るく楽しく生きましょうね! ということなのでしょう。いやいや、そんな無茶苦茶な。

 このCMを問題視する声がネットで高まり、ルミネは動画の公開をとりやめ、「弊社の動画においてご不快に思われる表現がありましたことを深くお詫び申し上げます」という謝罪文を掲載するに至りました。会社で女性社員の容姿を品評する先輩社員を描いたのですから、「ご不快に思われる表現」などとぼかさず、「セクハラを肯定する動画を出して申し訳ございませんでした」と書いてほしかったです。

 実際、とても害のあるCMだったと思います。瀬地山さんは、「仕事に集中したいときに、外見を最優先にでききないのは誰にでもあることで、そこで女性にだけ圧力がかかるのは、我が身にあてはめて不当だというしかない」とし、2015年に電通に勤務し、過労死した高橋まつりさんのツイートを紹介しています。

<男性上司から女子力がないだのなんだのと言われるの、笑いを取るためのいじりだとしても我慢の限界である。おじさんが禿げても男子力がないと言われないのずるいよね。鬱だー>(P.114)

 これは、自死する5日前のツイートです。

 仕事であってもおしゃれに手抜きしたくないとか、いつまでも若々しくいるために美容整形したい、そういった女性の願望を否定すべきではありません。ですが、そういった人を称揚するために、ほかの人を下げる必要もありませんよね。世の中には広告ではイメージとして取り上げないような様々な性質、考え方、嗜好の女性たちがいます。

 おしゃれや美容を、職場での評価のために必須だなどと謳わないでほしいと思います。旧来の価値観強制型のCMは、「女性の応援」どころか、女性を苦しめる一因にもなり得ます。

3 性的メッセージが強いものが、ゾーニングできておらず炎上した

 2019年10月14日、新宿東口駅前の献血ルームに提示されていたキャンペーンポスターをみたアメリカ人男性が「公共性の高い広告で、このデザインは、環境型セクハラではないか」と問題提起し、議論に発展しました。そのポスターは日本赤十字社の『宇崎ちゃんは遊びたい』コラボキャンペーンです。

 胸の大きな女性キャラクターとはいえ着衣の「絵」がゾーニングすべき性的なデザインか否か、この炎上問題は長く続きました。この献血ポスター及びキャンペーンは、あくまでも漫画とのコラボであって、漫画のファン層に献血への興味関心を持ってもらうものだったのでしょう。だとしても、公の場に掲示するにあたって適切な性的表現はどのようなものか、あらためて検討する必要があるのではないでしょうか。

 また、広告についてたくさんの人が話題にしてくれれば宣伝効果があると言えるため、あえてギリギリ不快感を与えず許容される「尖った」表現を模索するケースもあります。ただし、悪い意味で注目されてしまうのは逆効果ですから、性的メッセージの強い広告については、ゾーニングをしっかり意識する必要があるでしょう。

4 男性への共感を示したつもりなのに、性役割の固定・強化と受け取られ炎上

 性役割の固定・強化と受け取られたCMには、男性をターゲットとしたものもあります。

 そのひとつが、旭化成ホームズが展開した、「妻の家事ハラ白書」の動画です。家事ハラとは、家事ハラスメントの略で、「家事労働を無償で女性に押し付ける」ハラスメントを指します。

 しかし旭化成は、家事ハラを、「夫の家事に対する、妻のダメ出し行為」と再定義し、「夫の約7割が『妻の家事ハラ』を経験!」というリリースとともに、調査内容をドラマ仕立てにして紹介したのです。料理や掃除をする男性に対して、妻から冷たい言葉が投げかけられるという内容で、後悔するや炎上し、当初の予定から4日前倒しで公開を終了することになりました。この動画は一体何がしたかったのでしょうか。

 瀬地山さんは、炎上した理由を<家事ができないのであれば、女性は努力して、自分のレベルを上げなくてはいけない。女性には厳しい目が向けられているのに、男性はそのままで許される。あるいは、許してもらおうとしている>(P.169)からだと分析しています。

 2016年の社会生活基本調査によると、共働き世帯の夫婦の家事分担は、妻が1日3時間16分にくらべて、夫は15分です。旭化成は、共働き夫が平均15分しか家事をしていない現状を知ってか知らずか、「このままでいいのです。家事をしっかりしろというのは、ハラスメントです」という現状追認メッセージを発してしまっていたわけです。

炎上しない企業情報発信のふたつのポイント

 では、炎上を避けつつ、ターゲットの心に届くような情報を発信するためには、何に気をつけるべきなのでしょうか? 『炎上しない企業情報発信』、『炎上CMでよみとくジェンダー論』では、2つの共通の見解が示されていました。

 ひとつは、「リアルだから、現実だからといって炎上しないわけではない。現状追認がむしろ炎上につながる」という事実です。

 時代は変わりつつあるのに、また変えなければならないという意識が強くなっているのに、現状を追認して役割の固定化を強化するようなCMは炎上しやすい。だからといって、極端に理想主義的なCMは現実から乖離しすぎていて共感されにくい。そのため、現実の半歩先を描くような、情報発信が必要になってくるのですね。この提言は治部さん・瀬知山さん共に一致していました。

 ふたつ目に、「女性の意見も入っているから炎上しない」は間違いだ、という点です。

 「広告業界、テレビ業界は男性社会であり、偏った意見になりがち。女性の意見も取り入れれば、女性に受け入れられるCMを作れるはず」……いいえ、そうではないのです。前述したように「女性」にも様々な属性の人がいるからです。

 男性社会で数少ない女性として働き、意見の通るポジションに昇進している女性の視点が入ったからといって、そのCMがターゲットにしている「女性」を代弁できるとは限りません。男性社会の価値観を自分に取り込み、内面化している場合もあるでしょう。女性がいれば大丈夫、なんてことはないのです。

役割意識や人権感覚は変化している。「変化についていけないこと」が炎上の原因

 今回ご紹介した2冊は広告・広報に関わる人にとって有意義な本だと思います。しかし、この本に書かれていることも、いずれは古くなります。

 『炎上CMでよみとくジェンダー論』では、批判が寄せられたNTTドコモのCM動画「あの子と別れてなんて言っていないじゃん」(男性が「ドコモ」をイメージさせる女性から、「LINE」をイメージさせる女性に心変わりしている様をコメディタッチで描いたもの)に対して「これが男女逆なら、自虐ネタとして成立する」と指摘しています。実際、同じ方向性のストーリーが男女逆で描かれた保険のヴュッフェのCMに対しては、一部「男性蔑視だ」などの声は上がりましたが炎上とまではいきませんでした。瀬地山さんは「男性の自虐ネタは炎上しにくい」とも指摘しており、実際、現状はその通りでしょう。

 しかし、なぜ、「男性が女性に二股かけるようなイメージ」は炎上して、「女性が男性に二股かけるイメージ」は炎上せず、「女性が自虐している風のCM」は炎上し、「男性が自虐している風のCM」は笑いになるのでしょうか? 個人差もあるものの、大別して男女の間には経済力・社会的地位・恋愛や結婚が人生に占める重要性の違い(つまりは経済力の違い)があり、不均衡だからではないでしょうか。女性の自虐や「二股かけられた」が哀れだったり弱い者いじめに見えたりする一方、男性にとっては笑えるレベルだ、と捉えられがちだ、という事実の根っこには、旧態依然の性別役割や女性蔑視がある、とみることもできるわけです。

 性別役割や人権意識は日々変わっていきますから、近い将来、男性の自虐風CMであっても、盛大に燃える日がくるかもしれません。すでに「そうしたものの見方はやめてほしい」と思っている人もいるでしょうし、それが多数になっていく可能性はあるということです。

 過去のCMを見ていると、「こんなものが公共の電波で流されていたのか!」と驚くものがたくさんあります。今流れているCMも50年後にはそう言われているはず。「今までこれでよかったんだから、これからもOK」とは言えないのです。

(原宿なつき)

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