東京オリンピック「中止なら違約金1000億」はウソ 東京都知事選の主要候補者の五輪関係公約を見比べる

文=本間龍

社会 2020.06.25 06:00

Getty Imagesより

 7月5日投開票の東京都知事選で、にわかに東京五輪の開催可否が注目を浴びている。本来なら今年の7月24日に開幕予定だったのが1年延期になり、その延期期間に新たな追加予算が発生すると見られているためだ。

 4月時点で大会組織委はその金額をおおまかに3000億円程度か、と言っていたが、未だに正式発表していない。その金額では安すぎるとの指摘もあり、実際はその倍程度、5000〜6000億円とする予想もある。組織委の当初の予算案がひたすら膨張してきた例から見て、組織委が3000億と言うなら、最終的にはその1,5倍程度に膨らむと考えるのが妥当だろう。

 たとえそれが3000億円だったとしても、これはとてつもない巨額である。今回、都はコロナ対策のため1兆円以上を補正予算として使ったが、その殆どは、都の貯金に当たる「財政調整基金」を取り崩してきた。3月末時点で9345億円あったこの基金は、6月時点で約95%が使われ、今は500億程度しか残っていない。五輪本番の東京都の負担金約6000億円は別途用意してあるが、追加予算についてはこの財政調整基金から出費される可能性が大きかったため、現状では財源が無い状態なのだ。

 もしコロナの第二波が到来しても、同様にすでに予備費は無い状態であり、そんな状況で最終的には中止の可能性もある五輪に巨額の追加予算を投入すべきかどうか、これは都知事選で都民の審判を仰ぐべき重大な争点である。そこで今回は、主要候補者5氏の公約、または考え方を比較してみたい。

都知事選主要候補者の五輪公約

 ではここで主要候補者5氏の、新聞社等メディアへの五輪開催に対する回答を見てみよう。

・小池百合子氏  大会の簡素化やコスト削減を図りつつ実施を目指す
・宇都宮健児氏  五輪開催中止の判断と招致以来の不正の追及
・山本太郎氏   五輪は即時中止
・立花孝志氏   五輪は2年後、または4年後に延期
・小野泰介氏   五輪は4年後に延期開催

 まず現職の小池氏は「簡素化やコスト削減を図りながら実施を目指す」という、穏当な回答である。開催都市の長として、これまで準備をしてきた立場から、極めて当然の回答と言える。だが、公式サイトには東京オリパラに関する表記はまったくない(6月22日現在)。追加予算等について極力触れたくない姿勢がよく見える。

 わざわざ簡素化やコスト削減に触れているのは、組織委同様、すでに民心が五輪から離れていることを感じ取っているからだろう。実際に3000億とも5000億とも言われる延期費用の大半を払うのは都であり、すなわち都民の税金である。コロナ第二波対策でも財源を食い潰すのに、さらに五輪に新たな税金を投入することなど、もはや都民の理解を得られないだろうと考える職員は都庁内にも大勢いる。だからわざわざ簡素化云々などの文言を入れ、取りあえず人心をつなぎ止めて、選挙は穏便に済ませようとしているのだ。

 しかし、小池氏は、前述した都の貯金(財政調整基金)の95%が取り崩され、すでに500億となっている事実を都民に説明していない。貯金が500億しか無いのに、どうやって上記の延期費用を払おうというのか。彼女にはその説明をする義務がある。

 開催維持としては立花氏と小野氏も同じだが、両者は来年ではなく、再来年または4年後の開催を主張している。それだけ延期すれば、さらに莫大な追加予算がかかるが、両氏は予算面には全く言及していない。さらに、2〜4年後ともなれば、選手村のマンション販売をどうするつもりなのだろうか。まさか、新たに建設しようとでも思っているのだろうか。

 そもそもIOCのバッハ会長自らが5月に「再延期はない」と表明しているので、立花氏らの主張の実現性はほぼあり得ない。ましてや2年後は北京の冬期五輪、4年後はパリ五輪が予定されている。両氏は共催にも言及しているが、スポンサー利権やテレビ放映権など、権利関係の調整が非常に複雑になる。また2国開催となれば、そうした利権も分割され開催する旨味も減るから、北京とパリの了解を取ることは難しく、実現可能性はほぼないと言えるだろう。そうした実際の交渉の難しさを無視して数年後の延期論を語るのは、極めて無責任である。あえて言うなら「空想的延期論」とでも言うべき類いだ。

 宇都宮氏は、専門家が来夏の実施は困難と判断すれば中止、としているが、その判断をいつ誰が行うか明確にしていない。専門家とは誰のことを指すのか、国内だけなのか、WHOなのかも分からない。つまり中止宣言がズルズルと後ろ倒しになる可能性がある。ただし、招致活動での不正解明を行うというのは弁護士である彼だけの公約であり、注目に値する。

 ただ一人、即時中止を掲げるのが山本太郎氏である。公約の最初に「東京オリパラの中止」が来ていて、「世界各国のコロナウィルスの感染状況を鑑みれば、来年の五輪開催は不可能。五輪開催にしがみつけば、第2波、3波への正常な判断が行えず、コストも余分にかかる。開催都市として、ハッキリと五輪中止をIOCに宣言」と非常に明確である。

 国と東京都が五輪開催にこだわって、感染第一波への対応が遅れたのは事実だ。専門家の間では危機が叫ばれていたのに、3月24日まで延期宣言をせず、国内の感染者を激増させた責任は重い。来年もまた開催にこだわれば、その二の舞を演じる危険性は十分ある。

 さらに、中止しなければ刻一刻と追加費用が発生する。3500人以上いる組織委の人件費だけでも月に20億、さらに様々な試合会場、メディアセンターなどの借り上げ費用も、月に数十億円ずつかさんでいく。中止にすれば、その支出を抑えることができるのだ。

違約金の記述はない。中止論に対する俗論を排除する

 中止論に対しては、「五輪開催による経済効果数兆円が無くなるから反対」という俗論が発生するが、そもそもコロナがあるから中止するのであり、すでに今回のコロナ禍で明らかな通り、海外からの観光客がいなくなって、今年のインバウンド効果は消滅している。たとえ来年奇跡的に五輪を開催出来ても極めて限定的になり、以前のような集客は望めない。今までに発表された五輪の経済効果はコロナ以前の世界での計算であり、ワクチンが世界に行き渡らない限り、すでに完全に過去のもの、机上の空論なのだ。だから、経済効果の消滅を理由に中止に反対するのは、意味が無い。

 また、日本側が中止を言い出すと、IOCに対して1000億程度の違約金が発生するという説があるが、HCC(開催都市契約書)にそのような記述はなく、都市伝説程度の話に過ぎない。そもそもIOCはコロナ禍を認めて延期に合意したのであり、同様にコロナを理由に中止を提案すれば、同意せざるを得ない立場にある。

 つまり、既得権益層が自らの利益保全を計ること以外、中止に対するハードルなどほとんど存在しないのだ。都知事選の結果がどうあれ、一刻も早く五輪を中止すべきである。

(本間龍)

本間龍

2020.6.25 06:00

1962年東京生まれ。1989年に博報堂に入社し、2006年退社。博報堂時代の経験から、広告代理店とメディアの癒着によって起こる諸問題について告発を続けている。主な著書に『電通と原発報道』(亜紀書房)、『メディアに操作される憲法改正国民投票』(岩波ブックレット)などがある。

twitter:@desler

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