薄い胸は「貧しい」? 「痩せてるね」は褒め言葉? 身体にまつわる定型会話をやめたい

文=原宿なつき
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GettyImagesより

 「胸が大きい子」を、うらやましがる仕草をしたことがあります。

 しかし実のところ、うらやましいと感じたことは一度もありませんでした。むしろ、自分のすっきりとした胸を気に入っていました。なのになぜ、「うらやましがってるフリ」をしたのか。それは、会話の省エネのためです。

 「胸が大きい方がいいとされている」という誰かからの刷り込みがあり、その前提知識に沿って発言していただけで、自分の頭では何も考えていませんでした。

 なんとなくそういう流れができているから、乗ってみた、それだけなのです。何も考えないでいい、摩擦も生まない会話のことを、私は定型会話と呼んでいます。貧乳ネタもそのひとつでした。定型会話は他にもたくさんあります。たとえば、「年齢を重ねて、体力の衰えを感じる」とか。

 私は齢35歳なので、友人たちもそれなりに年を重ねていて、こういう会話がたまに出ます。私も「だよねー」と言いつつ、実はまったく共感していなかったのでした。なぜなら、もとからまったく体力がなかったからです。生まれてからずっと虚弱体質だったゆえに、衰えを感じずに済んでいます。

 さまざまな定型会話で会話の省エネをはかってきた私ですが、最近、「身体については定型会話はやめよう」と思うようになりました。なぜなら、身体について「そういうことになっている」で済ましているとヤバイことになる、と思うからです。

痩せているのに、さらに痩せようとして生理が止まった

 私は、比較的痩せています。はじめて会った人から、初対面にもかかわらず「がりがりやん」「痩せすぎ」と言われたこともあります。貶しているようでいて、実は彼らは褒めているつもりでそう言ったのです。太っていることはダメで、痩せているのがいい、という価値観に沿って。

 私の知人には、「太りたくて変な時間にわざと天ぷらを食べている人」も、「健康体重になれると聞いてヨガを始めたけどますます細くなってしまった人」もいるのですが、「太りたい人」は少数派で目につかないために、世の中「痩せたい人」ばかりだと思い込んでしまっている人が多いように思います。

 恐ろしいのは、私自身も、痩せているのが正義、という思いに一時流されてしまっていたことです。学生時代、十分痩せていた私は、「もうちょい痩せた方がスタイルがよいかも」と思い、一週間、ほぼグラノーラだけの食生活を送ったことがあります。すぐに生理が止まったので、やばいと気づき、普通の生活に戻しましたが。冷静に考えたら、痩せる必要は皆無だったのに。

 かように、自分の身体について自分で決める、というのは案外、難しいことです。周囲の価値観に流されまくるし、「そういうことになっている」こと自体がおかしいとは、なかなか気づけません。

 たとえば、先ほど、貧乳、と書きましたが、考えてみればおかしな単語です。なぜ、脂肪がついていない胸が「貧しい」のか。誰が脂肪のついていない胸に蔑称をつけたのか。「そういうことになっている」と受け入れる前に、考えてみる必要がありそうです。

自分の身体について自分で決めるために、「そういうことになっている」を乗り越える

 自分の身体について、他人やメディアから影響を受けすぎたり、自己決定権を制限されたりするシーンはたくさんあります。これは、ダイエットだけに言えることではない、と『エトセトラVOL3 私の 私による 私のための身体』(長田杏奈責任編集・エトセトラブックス)を読んで感じました。

 『エトセトラVOL3』のテーマは「体」。生理・避妊・中絶・女性の快楽、脱毛、性教育、など様々な女性の身体にまつわるトピックを取り上げ、身体および、身体にまつわる自己決定権について切り込んでいます。

 興味深かったのは、日本では「そういうことになっている」「これしかない」とされてきたものを、海外と比較してその他の選択肢を具体的に提示してくれた点です。ここでも、印象的だった日本と海外の違いの一部を要約し紹介させてもらいます。

産婦人科での対応・日本と海外比較

日本の産婦人科で使用している内診台は、腰から下をカーテンで仕切るものが多いが、これは日本と韓国以外の国にはほとんどないもの。カーテンがなければ、次に何をされるのか予測することもできるし、「ちょっと待ってください」と言いやすくなる。でも、日本の妊婦はされるがまま。

(産婦人科医/早乙女智子さんのインタビュー記事より)

避妊・日本と海外比較

スウェーデン留学中に低容量ピルをもらうために訪れた産婦人科で、「避妊インプラント、避妊注射、避妊リング、避妊シール」などの避妊法を次々と提示された。こうした情報を日本で得ることは難しい。世界では女性が避妊を通して自分の人生を自分でコントロールすることが当たり前になりつつある一方、日本では異常なほど男性主体のまま。

(#なんでないのプロジェクト代表/福田和子さんの寄稿より)

中絶・日本と海外比較

日本では世界でももっとも遅れた古い中絶方法が延々と使い続けられている。1970年代に女性の権利として中絶を合法化した国々では、子宮頸管拡張掻爬術(D &C)ではなく吸引法が導入され、今や中絶薬が主流。しかし日本では未だ、WHOが「廃れた方法・もし今使われているなら、より安全な方法(吸引や中絶薬)に切り替えるべき」と否定している掻爬での中絶を行なっている。

(中絶問題研究者/塚原久美さんの寄稿より)

 体は個人のものです。妊娠や中絶も個人の体にまつわる問題です。しかし日本では、安全な中絶方法や、女性主導の比較的手軽な避妊方法という選択肢に乏しいことがわかります。安全な中絶方法も、様々な避妊方法も、世界を見渡せば存在しているのに、です。つまり日本の現状は、「女性の身体にまつわる決定権」を国が制限している状態だ、と言えるのではないでしょうか。

 私は今後、もし中絶することがあれば、「廃れた方法」以外の方法を選びたいですし、もっと避妊のための選択肢がほしいので、今の状況に納得できません。「まあ、日本はそういうことになってるしなあ」と省エネ思考で、現状を追認することはしたくないのです。

 でも、「今のままではだめだ。もっと選択肢を増やしてほしい」と思えたのは、ほかに選択肢があることを知ったから。知らないままだったら、「こうするしかない」と思い込んでいたでしょう。

 「そういうことになっている」「これしかない」という思い込みを乗り越え、自分で自分の身体について選択するためには、まずは多様な選択肢について知ることです。これは避妊や中絶に限りません。痩せ信仰についても、同じことです。

 多様な選択肢を知るためには、他国の状況に目を向けるのが手っ取り早いですが、同時に、「そういうことになっている」をスルーしないという意識も大切だと思っています。「そういうことになっている」を強化しないためにも、「身体については、なるべく定型会話しないでおこう」と、私は決めています。

(原宿なつき)

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