「3密」の精神科病院が「夜の街」同等の対策の対象とならない理由

文=みわよしこ
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精神科病院への新型コロナの影響の特徴とは

 まず、消毒用アルコールや、マスクや手袋などの防護具の入手が困難になったり、価格が高騰したりした事情は、精神科病院も一般の病院と同様であり、経営を圧迫している可能性がある。

 入院患者数に関しては、急激な増減は考えにくい。新型コロナの影響下では、ふだんから行われにくい新規退院が、さらに行われにくくなっている。新規入院患者の受け入れも、感染リスクを低減させる目的から、抑制傾向となっている。それでも、たとえば警察からの連絡により措置入院患者を受け入れる場面はある。そして、措置入院患者から新型コロナの集団感染が引き起こされる可能性は、すでに現実となっている。

 25万人を超える多数の入院患者が課題となっている日本の精神科病院ではあるが、長期入院患者を増加させない取り組みは、少しずつ進んできた。特に、若い患者に対しては、短期間の入院にとどめて社会からの隔離を最小限に留める傾向が定着しつつある。しかし、頻繁な入院や退院は、それだけで新型コロナの感染リスクを高める。本来あるべき姿に向けた取り組みは、当面、縮小せざるを得なくなる。

 もしも入退院がゼロであっても、外来患者や病院のスタッフなどを通じて、外部から新型コロナウイルスが侵入することは避けられない。前回紹介したとおり、精神科病院での集団感染は、すでに多数発生している。6月29日現在も、東京都の武蔵野中央病院の精神科閉鎖病棟において、59人の新型コロナ感染が確認されている。しかし精神科病院の場合、「病棟を閉鎖して患者を退院させる」という対策は取られにくい。他に行く場がないから精神科病棟にいるのか、精神科病棟にいるから行き場がなくなってしまったのかはともかく、入院患者たちは退院後の行き先を失っていることが多い。さらに現在、地域生活の場を新しく見つけることは、平常時よりも格段に困難だ。入院患者たちは、新型コロナ感染が発生したその病院にとどまらざるを得ない。

 武蔵野中央病院には、208床の精神科入院病棟がある。新型コロナに感染した患者は、他の医療機関で治療を受けていると報道されている。もともと日本では、精神科入院病棟の病床利用率は、一般病棟に比べて10~15%ほど高くなる傾向がある。厚労省が2018年度に行った調査によれば、一般病棟の病床利用率が76.2%であったのに対し、精神科病棟は86.1%であった。もしも、新型コロナ集団感染発生した時点での病棟使用率が86%であったとすると、武蔵野中央病院には179名が入院していたことになる。感染して隔離されている患者を除くと、少なく見積もって数十名、おそらく100名以上の患者が現在も入院していると見られる。しかし現在、感染していない入院患者全員をいきなり退院させることは、事実上不可能だ。他の医療機関で新型コロナ感染症の治療を受けている入院患者も、多くの場合、治癒後に戻る場所は元の精神科病棟とならざるを得ないであろう。かくして、通常の病院なら当然の選択肢の一つとなる「病棟閉鎖」は、精神科病院では選択肢となりにくいこととなる。

精神科病院が新型コロナに“強い”背景とは?

 精神科病院には、新型コロナに関して、他の病院とは異質なリスクがある。対処法の選択肢も限られている。しかし経営面から見ると、患者の急激な減少は考えづらく、病棟閉鎖は最初から選択肢になりにくい。すると、経営面では影響を受けにくいことになる。

 精神科病院では、すでに「夜の街」クラスターとは比較にならないほど多数の感染クラスターが発生し、多数の患者が発生している。原因は、「密閉」「密集」「密接」を避けられない環境と運営のあり方にある。根本的な対策は、そのような環境や運営のあり方を維持しにくくすることであろう。「夜の街」クラスター対策では、すでに行われている対策だ。しかし、精神科病院に対して、そのような対策が検討されているという話は聞かない。

 そもそも、精神科病棟が長期にわたって暮らしの場となってしまうこと自体が、解消されなくてはならない課題である。いつでも退院できる状況があれば、感染症発生に際しても、「感染者は個別に隔離のうえ治療」「感染していない患者は全員退院して病棟閉鎖」という当然の選択ができる。「患者がそれぞれ分散して地域生活を行い、入院が必要なら入院し、治癒したらすぐに退院する」という精神科以外での常識が精神科でも常識になれば、精神科に対する特別な新型コロナ対応や対策は不要になる。そもそも、分散して地域で生活することは、集団感染リスクそのものをなくすことにつながる。しかし現在、コロナ禍下でその方向性を追求することは困難だ。

 いずれ、コロナ禍下の精神科病院の経営状況は、何らかの形で明らかにされるであろう。精神医療の管理下から患者を手放すことが出来ないという現在の宿命がもたらしたコストも、明らかにされるであろう。わざわざ特別な環境に隔離することは、一般的に社会コストの増加をもたらす。もちろん、患者自身の人権侵害や人生の剥奪というコストが、最初から存在する。

 事態が収束したら、ぜひ、精神科病院という環境が存在すること自体の“コスパ“を計算し、数値を明らかにする必要があるだろう。そして、それでも精神科病院というものを維持すべきかどうか、社会全体で判断する必要があるはずだ。

 コロナ禍がメンタルヘルスに及ぼす影響は、精神科病院の経営にとどまらない。次回は、メンタルヘルスの多様な側面から、誰にどのように費用を手渡すのが最良の経済効果をもたらすのか、考えてみよう。

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