
生後5カ月。寝返り、ズリばい、声を出して笑うなど、順調な発達を見せていた頃。(写真提供:古市さん)
21番目の染色体が突然変異により1本多くなることから起きるダウン症候群。ダウン症のある子どもが生まれる確率は約1000分の1と言われている。
初めに断っておくと、ダウン症自体は生まれつきの体質、“特性”と言えるべきもので病気とは言えない。ただ、多くの合併症を併せ持つ人も少なくはないし、知的障がいや発達障がいを併せ持つ場合もある。
その人の人格や特徴は一人一人異なるが、ダウン症のある子を育てる親には、それぞれに立ち向かうべき壁や困難が、今の世の中にはたくさんあることには変わりない。
そうしたところから、本連載「病いと子供と私」では今回、ダウン症の啓発活動をしているNPO法人アクセプションズ理事長・古市理代(みちよ)さんに、息子さんの16年間の子育てについて話を聞いた。
ダウン症の息子は、生後10カ月で表情を失った
ダウン症がある子の親数名が集まって2012年に生まれた団体アクセプションズは、ダウン症のある人と公園や街を歩くチャリティイベント「バディウォーク」開催を軸に、親同士のコミュニティを広げたり勉強会を開催したりと、多岐にわたる活動を行なっている。
初期からこの団体の理事長を務めている古市さんだが、2004年に第二子を出産した時には、ダウン症とは何か、ほとんど知識がなかったという。
生まれてきたのは3100gの健康そうな赤ちゃんだった。だが胸に抱いたのもつかの間、看護師がすぐに赤ちゃんを連れて行ってしまった。ダウン症は顔貌に特徴があると言われるが、古市さんは当初、我が子を見て何の違和感も抱かなかったという。
「医師から染色体の検査をしましょうと言われて。それでもまだ『生まれたら今はみんながする検査なのかな、娘の時はあったっけ?』なんて思っていたくらいでした(笑)」
検査結果が出るのは3週間後。元来楽天的で明るい性格の古市さんだが、染色体の検査と聞いて不安も湧いてきた。「そうでないといいなぁ」と思いながら、しかし主治医の口から出たのは、やはり”ダウン症候群”の言葉だった。
「驚きました。まさかって。調べてみたら、先天性心疾患から、消化器疾患、白血病、神経の異常、発達の遅れや知的障がい……と、とにかくいろいろな合併症を持つ可能性があると書いてある。『え、生きられるの?』って、そこからでした。夫もショックを受けて『なんとか手術で治せないのか』と一瞬、考えたようです。誰もが通る道だと思いますが、受容にはやっぱり時間がかかりましたね」
幸いなことに、生まれてからしばらくはなんの合併症もないように思えた。赤ちゃんはミルクもよく飲むしよく眠る。数カ月でニコニコと笑うようになった。お姉ちゃんは弟の世話をよくしてくれる。夫は仕事が多忙で、家事や育児はほぼワンオペだったが、息子の元気な様子を見て喜んでくれている。忙しい日々の中で古市さん自身、少しずつ幸せを感じられるようになっていた。
「8カ月頃にはおすわりをし、体重も順調に増えて表情も豊かでした。もしかしたらこの子は合併症なんてなくていわゆる健常の子と同じように成長するのかも、という期待さえありました」
ところが、そんな淡い期待も1歳を目前にして打ち砕かれる。
「生後10カ月ごろから、急に顔から表情がなくなったんです。おすわりをしていても、時折がくんがくんと大きくうなづくようになって、前に倒れて机などにぶつけてしまう。療育の先生にも指摘され、病院で検査をしてみると、脳波はぐちゃぐちゃ。びっくりするくらい激しく波打っていました」
診断名は点頭(てんとう=うなずくの意)てんかん。1歳未満の乳児にごく稀に発症する、予後不良の難治性てんかんだった。即入院が決定した。
1歳からの長期入院。多くの合併症を背負って
当初は2週間と言われていた入院が、2カ月、5カ月、7カ月と伸びた。いくつもあるてんかん薬のうち、副作用が出ず体に合う治療薬を探し続けたためだ。
「結局、2歳の誕生日を過ぎるまで1年間、ほぼベッドから離れられない生活が続きました。白い壁に囲まれた世界で、息子がただベッドで過ごすしかないことが何より辛くて。私は毎日病院に通い、小学2年生になっていた娘は、学校から病院に帰宅することもよくありました」
古市さんが“暗く長いトンネルのような日々”と表現した入院生活がようやく終わり、1年後に退院した後も、息子は薬が一生手放せない体になった。さらにこの入院中、それまで順調だった発達が完全にストップし、ようやく彼がハイハイを始めたのは、2歳を過ぎてからだった。そしてこの頃から、息子さんの体には次々と異変が起き始めた。
まず入院中に甲状腺ホルモン値が極端に低くなる機能低下症を発症。ようやく歩けるようになった3歳で足裏が反り返る両側外反扁平足が発覚。強度の乱視・遠視に加え6歳の時には視神経の炎症による失明の危険に陥り、再び入院治療をした。小学1年生になってすぐの学校の心電図検査で、心臓に穴が開いていることが判明。その後も心臓の穴は増え続け、10歳で開胸手術も経験した。
その他、気管支喘息、無呼吸症候群の治療のためのアデノイド除去手術、白内障、顎変形症や側湾症と、トラブルが続く。中学生になってようやく落ち着いたかと思いきや、かつては低かったはずの甲状腺ホルモンが逆に高くなり、14歳でバセドウ病を発症した。
幼い時から現在に至るまで、一つ一つの不調に必死で対応し学び続けることが、古市さんにとっての育児のベースになった。どれも、ダウン症の合併症例としてあげられる疾患や障がいだが、ここまで多いとは思っていなかった。
「まさに合併症のオンパレード。おかげで、いろんな病気に詳しくなりましたよ(笑)。16歳になった今でも服薬や病院通いは続いています。でも、一番堪えたのは重度の知的障がいを伴う自閉症がわかったときでした。3歳ごろから意思の疎通が難しいことは感じていたけれど、だんだん多動傾向が強く出てきて、噛みつきや引っ掻き、こだわりからくる癇癪も多かった。ダウン症のイメージってもっと穏やかでニコニコしているというものだったのに、この子はどうも違うとも思ったりもしました」
「配慮」が「排除」にならないように

4歳。療育プログラムの乗馬セラピーを楽しむ。自閉傾向が強くなった頃。(写真提供:古市さん)
とはいえ、古市さんがずっと塞ぎ込んだまま育児をしていたわけではない。明るい娘さんは、“お友達の弟”とは少し違う彼をいつも「かわいい、かわいい」と大切にしてくれた。学校の行事や友達との遊び場に、ダウン症の弟を連れて行くことも一度も嫌がらなかったという。
「娘のお友達もそのお母さんたちも、みんな息子のことを当たり前のようにかわいがってくれました。ダウン症親の会にも参加するようになって、地域の幼稚園や小学校の情報も得られるようになってきて、横のつながりも増えていきました」
退院後、古市家は引っ越しをした。家選びの最優先事項は病院から近いこと。今後も通院生活が長く続くことがわかっている以上、家族の暮らしに無理がないよう、都心で便利な場所を探した。たまたまいい物件を探し決めたのが、現在も暮らす文京区だった。
「私は息子を地域の公立小中学校に進ませたいと思っていました。そしてできるだけ支援学級だけで学ぶのではなく、通常級で過ごす時間も多く持ってほしいと希望していました」
運がいいことにちょうど通える範囲内に、特別支援学級に籍を置く児童が可能な限り通常級で過ごす環境を作り上げている小学校があった。数年前に、障がいがある子を育てる親たちが働きかけ、学校と一緒になって作り上げてきたシステムだという。古市さんは、その小学校への進学を希望した。そして息子さんは支援学級に籍を置きながらも、朝礼から終わりの会まで、一部の教科を除き多くの時間を通常級で健常の子たちとともに過ごした。
「身体にハンディキャップがあったり、知的障がいがあったりすると、特別支援学校や特別支援学級に籍を置くことが、今のシステムでは常識になっています。同じ学校なのに支援級の子たちが通常級の子とはほとんど交流しないまま過ごすこともあります。私はそういう教育環境が息子にとっていいとはどうしても思えなかったんです。
できないことがあるから配慮として分ける、というけれど、それがいつしか排除になってしまうかもしれない。息子は他の子と同じようにできないことはたくさんあるけど、だったらどうやって他の子たちと一緒にできるかを考え、工夫することの方が大切じゃないか、と思ったんです」
“インクルーシブ教育”という言葉が、最近はよく聞かれる。だが、その理想を実践するのは、そうたやすいことではない。古市さんの地域社会を巻き込んだ戦いとも言える育児が、この頃から始まっていった。
<後編は6日に更新予定です
▼NPO法人アクセプションズ
ダウン症の啓発活動を通してインクルーシブな社会の実現を目指して活動している団体。ダウン症のある人と一緒に歩く世界的なチャリティウォーキングイベント「バディウォーク」を日本で初めて開催し、様々な事業を通してダウン症のある人の魅力を多くの人に伝えている。
https://acceptions.org/
▼告知
アクセプションズ 主催の勉強会Down’s Innovations にて、本連載著者玉居子泰子によるオンライン講座を実施します。
【伝えたい!ストーリーのある文章を書くには? ダウン症のある子どもを持つ親向け文章力スキルアップ講座】
日時:2020年8月2日(日)9時45分開場 10時開始 12時終了予定
会場:オンライン ZOOM(参加者に別途URLを送信いたします)
参加人数:30名程度
参加費:0円 or 500円 or 3000円
イベント詳細 お申し込みはこちら
「ダウン症」という共通の項目がある方であれば、当事者や親でなくても、地域や職種を超えて、年齢性別を問わずどなたでも参加可能です。