ダウン症のある息子が「地域の一員」であるために、貫いた母の子育て軸

文=玉居子泰子
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古市さんと息子さん(13歳当時)。写真家の宮本直孝氏の展示企画「母の日の写真展」撮影時に展示とは別に撮ってもらった一枚。(C)宮本直孝

 夫と大学生の娘と、ダウン症がある16歳の息子とともに都内で暮らす古市理代さん。彼女は、ダウン症の啓発活動を行うNPO団体アクセプションズの理事長を務める。

 アクセプションズ然り、日本ダウン症協会然り、彼らは「ダウン症は持って生まれた特性で、体質のようなもの」という。だから「ダウン症の人」ではなく「ダウン症がある人」。突然変異により染色体が人より1本多くある状態で生まれてきたからといって、イコール病気ではないということだ。

 古市さんの息子さんは、心臓疾患を始め様々な病気や障がいを併せ持っているが、それでも、地元の小中学校を卒業し、16歳の今は日常生活における身の回りの多くのことを自分で行うことができる。好奇心旺盛で、新しいことにチャレンジしながら日々を過ごしている。

 これまで古市さんがこだわってきたのは「障がいがあっても、地域の一員である」を実現すること(前編はこちら)。そのために、彼女がこれまで貫いてきた”子育ての軸”とは。

小さな違和感を見過ごさない勇気を持つ

 古市さんの息子さんはこの春に地元の公立中学校を卒業し、現在は家から歩いていける範囲にある”フリースクール” NPO法人 特別支援教育研究会 未来教室に通っている。ここは、児童福祉法に基づいた児童発達支援事業の一環として設立された福祉型スクールだ。児童発達支援センターや、療育センターなど未就学児の支援施設は多いが、学校に変わって毎日通える場所として18歳未満の子どもを受け入れる事業所は全国にも類を見ない。義務教育を終えた後、困難を抱えた多くの子どもたちは、進学先として就労を視野に入れた特別支援学校を選ぶことがほとんどだからだ。他に選択肢が少ないのである。

「もちろんお友だちを含め、特別支援学校で楽しい高校生活を送っている人はたくさんいらっしゃいます。合う人もいると思います。でも、今の息子にとって、それが果たしてぴったりな進路なんだろうかと考えたとき、私はどうしても納得ができなかったんです」

 息子さんの中学卒業を前に、古市さんは何度も特別支援学校を見学した。確かに個々にあったカリキュラムで学び、専門家の先生たちに、就労を見据えた指導をしてもらえるのは安心かもしれない。でも……小さな何かが胸に引っかかった。

「様々な合併症や重度の知的障がいがある息子は、学びのペースもゆっくりです。でも地域の学校に通いいろんな経験をすることで、少しずつですが確実に成長してきました。何も、あと3年で急いで就労を目指さなくても、彼のペースで経験から学び、成長を続けられる場所はないか、という気持ちが強くなりました」

 古市さんがこだわったのは、「障がいがあったら特別支援学校に行き、18歳で就労を目指すもの」というレールをただ歩くことへの違和感だったのかもしれない。他にどんな道があるかを探り続け、たまたま近くにあったフリースクールを見つけた。それは単純にラッキーだったと片付けられるものではない。求めて、諦めずに探したから見つけられたとも言える。

 古市さんは、これまでも息子さんに障がいがあるから、という理由で「できないこと」をただ受け入れることはしなかった。地元の小中学校に通っていた時も、小さな違和感を覚えたときには、それがどんなに相手の善意からくるものであっても、疑問を口にし、相談を持ちかけた。もちろん、簡単なことではなかった。

ダウン症がある息子がいることでいい影響があると信じる

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小学5年生の運動会では、憧れの応援団に立候補した。(写真提供:古市さん)

「小中学校では、通常級の先生方もとても良くしてくださいました。でも、何か新しいことを通常クラスでする時、『これは古市くんには難しいかもしれません』『何かあったら危ないので』と、支援級で過ごすことを勧められることもありました。その度に、『難しいかもしれないけど、それでもみんなと一緒に過ごせるよう工夫してもらえませんか?』と食い下がっていました。諦めが悪いんです(笑)。先生にとっては正直、迷惑だったでしょうね」

 例えば小学校3年生で初めて行う書写の授業、グループで優秀賞を競う発表会、中学の課外活動や修学旅行。健常の子たちであっても、緊張し落ち着かない初めての経験がある。周囲がざわめき余裕がない中、ハプニングが起こるのは当然のことだった。

「難しいのはわかってます。先生が息子のためを思って言ってくれてるのもわかります。でも初めてのことは誰にとっても難しいし大変です。障がいがあるからといってチャレンジする機会がなくなるのはおかしいのでは?」

 そう言って、何かあるたびに「一緒にやらせてみてください」と言い続け、担任の先生と話し合い一緒に考えてきた。古市さんの熱意が通じ、やがて学校側にとっても、同級生達にとっても“古市くんも一緒に”挑戦することが、当たり前になっていった。

「でも、私も心が折れそうだなと思ったこともありました」

 中学3年の時、運動会で全校生徒によるクラス対抗リレーが予定されていた。この時ばかりは“一緒に”は、無理かもしれないと思った。

「中3のリレーなんて、一番盛り上がる競技です。真剣勝負でしょ。息子が入ったらどう考えても確実に負ける(笑)。コーナーに沿って走ることもできないんですから。さすがに先生に、『ひとり半周ずつ走るのを、うちの子だけ4分の1にして次の子に後の4分の3走ってもらうとかできますか?』って聞いたんです。そうしたら先生に『それはおかしいよ、古市さん』って怒られました(笑)」

<足が速い、遅いは個性です。なのに古市くんだけハンディをつけるのはおかしいでしょう。たとえリレーに負けたとしてもそれを古市くんのせいにするクラスじゃないし、古市くんを入れたクラスみんなでどう勝利に繋げるかを、全員で話し合います>

 そう先生は答えてくれた。何年もかけて、古市さんが訴えてきたことでもあった。

「『そんなことできるの?』って私は半信半疑(笑)。当日見に行ったら、バトンの受け取りが苦手な息子は第一走者になっていて、カーブをちゃんと回れるようにクラスメートたちが等間隔で立って『あっちへ行け』『そっちじゃない!』と指示を出しているんです。それでも次の走者にバトンをなんとか渡した時には、1周遅れですよ。冷や汗をかきましたね」

 古市さんの心配をよそに、なんとその後ランナーは徐々に遅れを挽回し、最後の最後に逆転で一位をとった。ドラマのようだが本当の話だ。

「もう、感動しちゃって。勝ったことよりも、生徒たちが自分たちで考えて工夫したことがすごいなぁって」

 だが古市さんは、やはりその感動話を「息子のためにそうしてくれて本当にありがたかった」と言って締めくくらない。

「でもそうやって思い切りみんなが力を出せたのは、息子があのクラスの一員だったからこそだな、とも思ってるんです」

 障がいがある子がそこにいるから、普通では起きない面倒ごとがある。最初は先生に言われて仕方なく、その子を一員に受け入れて、面倒を見たり、工夫をしたりすることになる。誰も好き好んで手伝っているのではないかもしれない。それでいい、と古市さんは言う。それでいいからその場にいる。「その場にいていい人」になる。やがて「古市くん」がいることが当たり前になっていき、みんなが自然に、どうやればみんなで楽しめるかを考えられるようになる、と。

障がいがあってもなくても「当たり前に」地域で暮らすために

 コロナ自粛が続いた今年3月からの数カ月。息子さんが通う中学校も休校になり、卒業式も簡易で済まされた。世の中は完全自粛モードだ。だが、進学したフリースクールは、福祉事業所としての役割を担う。利用者の生活を守るという意味で、時間短縮など様々な感染対策をとった上で開所していた。古市さんは、息子さんをできる限り毎日学校に通わせることを選んだ。

「本人にもコロナのことは説明しましたが、完全に理解できていたわけではありません。中学が休みだった時も『どうして?』『先生は何してる?』『お友達は?』となかなか理解できずにいました。息子は日常のルーティンが好きで、変化が苦手。毎日決まった場所に通うことがとても大切なんです。

 もちろん気をつけていても感染の恐れはあるし、誰かに感染させる恐れもある。それを覚悟した上で、登校することを決めました。それが息子にとっても、私にとっても、私たち家族にとっても健康にこの時期を過ごすために必要だったからです」

 古市さんが通うスクールだけではない。多くの福祉事業所も保育所と同じくエッセンシャルワークとしての役割を持ち、利用者のために開所していた。地元のダウン症の親の会では、自粛中の生活についてアンケートをとったが、やはり感染の心配から自宅にとどまることを選ぶ人も多かったという。だが、病気や障がいをかかえた人の日常を、24時間を家族だけで介助支援することは、不可能に近いほど困難だ。

「乳幼児のお子さんをお持ちの親御さんは、やはりリラックスする時間もない人がほとんどでした。ある程度大きくなれば、子どもが寝た後に映画を見るくらいのことはできるかもしれませんが、誰もが障がいがある子を抱えて困難に陥っていたのは事実です。特に感染を恐れて通院ができなくなり、健康不安が増した人も多かった。

 3.11の震災後にも、障がいがある方が周りに迷惑をかけないようにと、避難所に行けないというニュースがありました。今も、置かれている状況は同じ。ケアが必要な人がなかなか助けを求められない、福祉サービスを利用しないということが起きてしまいがちなんです。そんな社会はおかしいと思う」

 古市さんは、家族もきょうだいも、誰もがその人の人生を生きることが大切だ、と言う。古市さん自身、息子さんの通院や教育に多くの時間を費やしてはいるが、同時にNPO運営を通し、多くの人と繋がりを持って生きている。娘さんは、大学で法律を学び、自分の決めた道に進むべく就職活動中だ。夫は、子どもたちの成長を暖かく見守りながら仕事に打ち込んでいる。

「それぞれが健康で自立していることが理想。もちろん家族だから、私たち親も娘も、息子をずっと支えていくんですけど、それで自分の人生を犠牲にするのは良くない。だからこそ息子が、福祉の手を借りながら、地域で暮らしていく存在であり続けるために、諦めないことが大切だと思っています。

 私にとっての軸は、病気や障がいを言い訳にしないということ。“この子たちのため”という言葉のもと、他の人たちとの関係を制限されることが最も怖いと思っているんです。他の人と違うことはわかってます。だけど、それでも地域で当たり前のように過ごしていたら、いつの間にか当たり前になる。実際、息子を気にかけてくれる人が増えて『今日寄り道してたよ』なんて教えてくれる。それが本当のインクルーシブじゃないかと思っているんです。

 ずっと分離されていたら、大人になって『インクルーシブな社会を』と言ったってどうすればいいかわからないですよ。医療ケアが必要な子も障がいがある子も、小さい時からそこにいるってことが大事だと思っているんです」

 たとえ我が子に障がいや病気がなくても、親はいつも不安に囲まれている。子どもの将来を心配し、何かのレールの上に子どもを歩かせて安心を求めてしまいがちだ。だから、誰かと同じように、目立たないように、周りに迷惑をかけないように、と、目の前の子どもよりも周囲の言動に気を配ってしまう。自分の思いや違和感を見なかったことにしてしまうことがある。

 だが大事なことは目の前の我が子が、今、どういう状態でいれば幸せでいられるか。この子に本当に必要な手助けは何かを、正解はなくても、見極め、行動する勇気を持つことだ。古市さんのお話から、そんな基本的なことを再度教えてもらった気がした。

NPO法人アクセプションズ
ダウン症の啓発活動を通してインクルーシブな社会の実現を目指して活動している団体。ダウン症のある人と一緒に歩く世界的なチャリティウォーキングイベント「バディウォーク」を日本で初めて開催し、様々な事業を通してダウン症のある人の魅力を多くの人に伝えている。
https://acceptions.org/ 

▼告知
アクセプションズ 主催の勉強会Down’s Innovations にて、本連載著者玉居子泰子によるオンライン講座を実施します。

【伝えたい!ストーリーのある文章を書くには? ダウン症のある子どもを持つ親向け文章力スキルアップ講座】

日時:2020年8月2日(日)9時45分開場 10時開始 12時終了予定
会場:オンライン ZOOM(参加者に別途URLを送信いたします)
参加人数:30名程度
参加費:0円 or 500円 or 3000円
イベント詳細 お申し込みはこちら

「ダウン症」という共通の項目がある方であれば、当事者や親でなくても、地域や職種を超えて、年齢性別を問わずどなたでも参加可能です。

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