WHOが控えめに述べた「酒類の販売禁止を」という意見
ヨーロッパで飲食店が閉鎖され、外出も禁止されたり制限されたりしていた4月14日、WHOヨーロッパ地域事務局は、「アルコール飲料は新型コロナからあなたを守ってくれないーロックダウン中は入手できないようにすべき」というオピニオン、およびファクトシート「アルコールと新型コロナについて知っておくべきこと」を公開した。
酒は、微量であっても心身の健康に有害である。外出禁止令のもとでは、まず、テレワーク中に飲んでは仕事にならない。子どもがいれば、まだ飲酒の習慣がないうちに、酒について話し合っておく必要があるだろう。間違っても、この機会に子どもに酒の味を覚えさせてはならない。
そうはいっても、新型コロナに否応なく変化させられてしまった生活様式そのものがストレスを増大させている。外出禁止や自己隔離は酒量を増加させうる。孤立状況と酒は、どちらも自殺リスクを高める。酒を減らしたり止めたりすることができればベストだが、どうしても成功せず自殺衝動に駆られる場合は、ためらわずに地域のメンタルヘルスの専門家の助力を得るべきである。ファクトシートには、このような内容が平易に述べられている。
しかしスーパーマーケットに行くと、食料品のついでに酒を買うことができてしまう。外出禁止令のもとでも、生活のための買い物は認められる。そもそも生活にのしかかっているストレスは、個人の責任で軽減させられるものではない。オピニオンによれば、根本的な対策は「酒へのアクセスを制限すること」となる。意味するところは「酒の販売を止めさせろ」ということなのだが、そこまで踏み込んだ記述はない。
新型コロナの感染拡大中、タイをはじめとするアジア諸国には、酒の販売を禁止したり制限したりした国もあった。南アフリカでは、酒とタバコの販売が禁止された。ロシアの一部でも、ウォッカなどアルコール度数の高い酒を中心に販売が禁止されたり制限されたりしている。しかし西欧では、3月には外出禁止によるDVや虐待の増加が報道されていたにもかかわらず、そのような動きとはならなかった。
米国は、ふだんから自治体によって酒への対応が異なる。もともと酒に寛容だったニューヨーク州は、国家非常事態宣言下でレストランやバーの店内営業を制限する一方、本来は専用の免許が必要な酒の持ち帰りや配達を事実上解禁していた。結果として、酒の販売量は日本と同様に増加したようである。米国では現在も、南部を中心に感染拡大やロックダウンの可能性が取りざたされているところだが、6月18日に公開された記事によれば、3月15日から21日までの1週間で、米国の酒の販売額は55%増加したという。おそらく新型コロナは、世界的に飲酒と健康の問題を増加させている。
アルコール依存症や、飲酒を背景とする暴力や自殺は、これから増加していくだろう。そして米国の産業レポートは、アルコール依存に関連する医薬品等のビジネスマーケット拡大を予測している。
「マッチポンプ」構造につける薬はないけれど
どの国も自治体も、酒の消費を増大させることを意図しながら新型コロナ対策を実施しているわけではなく、まして、アルコール依存症治療ビジネスのマーケット拡大に貢献するつもりはないはずだ。しかし、社会にストレスを強いる政策を実施するとき、酒の販売に歯止めがなければ、飲酒が引き起こす問題やアルコール依存症患者は、確実に増加する。
とはいえ、酒の製造や販売を制限すると、別の社会問題が発生する。酒に関係している職業だからといって、失業や減収を良しとするわけにはいかないだろう。一筋縄で対策できる単純な問題ではない。いずれにしても、ストレスが増大している時こそ、孤立は深刻化しやすくメンタルヘルスは悪化しやすい。せめて、備えることはできないものだろうか。米国の多数の精神障害者自助グループの試みは、大いに参考になりそうだ。
トランプ大統領が国家非常事態宣言を発令した2日後の3月15日から、ニューヨーク州の北方にあるマサチューセッツ州では、飲食店の営業制限や休校などの措置が次々に実施された。米国の精神障害者自助グループは、複数の拠点を持ち、病気との付き合いにとどまらず、生きて暮らすことに関わる多様な活動を行っていることが少なくない。さらに啓発活動などの社会的活動などを幅広く行い、雇用を創出している場合もある。それらの通常どおりの活動は、新型コロナ禍のもとで継続が困難になった。しかし、その週の週末を控えた3月20日には、ミーティングなどの活動が対面からオンラインへと移行しはじめていた。
マサチューセッツ州の西端を中心に活動する「Western Mass Recovery Learning Community」は、そのような団体の1つである。ふだん、拠点に毎日通ってきて時間を過ごすメンバーたちの中には、情報機器を使いこなすことの難しい「情報弱者」もいる。最初にオンラインで行われたのは、Zoomをはじめとするオンラインツールの使いこなし方とネットリテラシーに関する講座であった。
講師を務めたのは、自らも精神障害者であるスタッフの1名である。講義内容には、参加者各自がオンラインで集う場を自ら作るための方法が含まれていた。約3カ月が経過した現在、同団体のオンラインプログラムは対面で行われていたころよりも数多く、内容も幅広いものとなっている。
同様の方法は、米国の精神障害やアルコール依存などの「生きづらさ」を持つ人々の自助グループの多くで採用されている。プログラムで話される内容を「この場限り」にすることは、参加者の安全のために重要だ。しかしオンラインへ移行するにあたり、運営形態を「クローズド」にしておくことはできない。したがって、「ここに来なくては提供されない」という形態ではなく、参加者が自ら自分にふさわしい場を探したり作ったりできるようにすることを促進しているわけだ。
日本の課題はどこから解決できるのか
同様の動きは、もちろん、日本にもある。たとえば、アルコール依存症者が断酒を継続して回復するために活動する断酒会やAA(アルコーリック・アノニマス)は、公営施設の会議室などを用いて、対面でのミーティングを長年行ってきた。同じ課題を持つ仲間とともに時間と空間を共有する時間を持つことは、断酒の継続に対して極めて重要である。
しかし緊急事態宣言で公営施設が閉鎖され、ミーティングが開催できなくなったり、高額な貸し会議室を利用する必要が発生したりした。当然、オンラインへの移行が模索されたが、軌道に乗り始めた感が見えてきたのは5月後半であった(参考記事)。さらに、賃貸の事務所を構えている団体では、物販など事務所での作業が困難になり収入が減少する中で、事実上使用できない事務所の家賃を支払わなくてはならないことなど、経営上の課題が数多く発生していたはすだ。同じ課題は米国にもあるのだが、米国の非営利の草の根活動は通常時から、層の厚い寄付文化や公共の助成金に支えられている。公共の助成金は、行政の思惑どおりには動かない団体にも分配される。当然、コロナ禍は米国の団体の財政事情も悪化させているのだが、日本に比べれば相当の余裕が見受けられる。
現在の日本では、補償なき「自粛」を各自が「自己責任」でしのがざるを得ない。メンタルヘルスの悪化を食い止めるために有効な政策はなく、あっても「スピード感」のもとに緩慢に進められる。緊急事態宣言下でも酒の販売は止まらない。ストレスの一部は自動的に、酒へと向かう。そして数カ月から数年を経て、精神医療へのニーズの増大や医療費の増大として可視化される。その時、健康保険料や税金を含めた自己負担が増大することは避けられない。
このネガティブ・スパイラルを食い止める方法は、あるのだろうか? 筆者自身、思いつかない。しかし、止める必要があることは確かだ。そのために有効そうな方法の一つは、当事者や当事者組織を信じ、思想信条や活動目的や活動内容をあまり問題にせずに資金を預け、使途にあまり目くじらを立てないことではないかと思われてならない。
1 2