「学校の先生が悪いことをするはずがない」教師による性暴力ーー学校の環境そのものが孕む暴力性

文=雪代すみれ
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Getty Imagesより

「教員による子どもへの性暴力」——ニュースでときどき報じられるものの、「一部の悪い教師のやったことでしょう」と、めったに起きないことだと思っている人もいるのではないでしょうか。

 文部科学省の調査によると、2018年度にわいせつ行為等により懲戒処分を受けた教員は282人で、その中でもわいせつ行為等が自校の児童だったケースは8.9%、自校の生徒だったケースは35.1%、自校の卒業生だったケースは5.0%と、約半数が通っている(通っていた)学校の教員から被害に遭っています。

 明らかになっているだけでも、年間100人以上の子どもが学校教員から性被害に遭っているのは深刻な問題です。

 中学3年生から19歳まで、教員からの性暴力被害に遭っていた石田郁子さんは、自身の体験を振り返って、「教員による子どもへの性暴力はまだまだ認知が足りないことに危機感を持っています。日本の教育の問題として普遍化していきたいです」と話します。

 石田さんの被害と、被害当事者として感じる学校の性暴力問題について伺いました。

※これ以降は具体的な性暴力に関する表現が含まれます。読まれる方は心身の調子と相談して無理のないようにされてください。

「先生が悪い人のはずがない」「先生の好意に逆らってはいけない」

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石田郁子さん

——石田さんはどのような被害を受けられたのでしょうか。

石田郁子さん(以下、石田):中学3年生から19歳まで、通っていた中学校の教員から性被害に遭っていました。中学校の卒業式前日に加害教員から「美術館の招待券がある」と誘われ、私は美術が好きで熱心に取り組んでいたこともあり、「自分の頑張りを評価してくれたんだ」と思い、行きました。美術館でお腹が痛くなり、教員の家で休むことになりました。教員の家で画集を見ていると、急に顔が近づいてきてキスをされ、びっくりして過呼吸になってしまい、長椅子に横になるよう促されたのですが、呼吸が落ち着いてきたら体を触ってきました。当時、私はキスはお互い好き同士の大人がする行為だと思っていましたし、何が起きたのかわからず非常に混乱しました。

——当時は性被害に遭ったという感覚ではなかったのでしょうか。

石田:性犯罪というとレイプや痴漢のことだと思っていて、キスされることを性被害だと認識できていませんでした。教員からは「好きだから性的な行為をするんだよ」とも言われていて、恋愛関係だと思い込まされていたんです。
 先生なんだから悪いことをするはずない、先生に誘われたら行かなくてはいけない、とも思っていました今思えば、嫌だと思いつつも、先生から向けられている好意に逆らってはいけないという気持ちもあったのかもしれません。不安や違和感がありつつも十分に認識できず、まして教員からの性被害に由来するものと気づくのは無理でした。
 こうした被害の話をすると、よく「なぜ関係を継続させていたのか?」と言われるのですが、自分でも説明が難しいと感じます。医師の見解では、解離状態(※)だった可能性が高いといわれています。

(※)解離状態…防衛反応の一つ。辛い体験を自分から切り離そうとするために感情がなくなったり、記憶がなくなったりと、さまざまな症状がある。

——自分の身に起きたことが「性被害だった」と認識したのはいつだったのでしょうか。

石田:37歳のときに、養護施設に通っていた子どもが職員に性暴力を受けていた事件の裁判を傍聴したことが、自分に起きたことが性被害なんだと気づくきっかけになりました。
その裁判では、加害者が「恋愛だった」と主張していて、自分に起きたことに似ていると思ったんです。今、私も、教員と札幌市教育委員会を相手取って裁判を起こしています。

子どもを守るために、制度の整備や教員への研修を

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——被害当事者として、子どもが被害に遭わないためにどんなことが必要だと考えていますか。

石田:子どもを守るための制度が整っていないと感じます。裁判傍聴後、2015年に直接加害教員に会いに行きました。教員は当時の行為を概ね認め、「教育委員会にばれたらクビになる」という発言をしています。その後、私は教育委員会に行ったのですが、「教員本人が否定していて事実がわからないので、懲戒処分にはできない」と言われました。今でも加害教員は学校現場にいますし、教育委員会からは加害教員に何か指導をする姿勢も感じられません。子どもを守るという視点から見て、制度に欠陥があるのではないかと感じています。非行・違法行為の調査方法や懲戒処分のルールなどは、文部科学省で統一してほしいと思います。(※インタビュー収録後の2020年6月11日、政府が「性犯罪・性暴力対策の強化の方針」を打ち出し、文科省を含む各省庁と連携して対応していく旨を発表している)

 また、私が教育委員会に行ったときに対応したのは、全く違う部門から異動してきた一般事務職の職員でした。わいせつ問題に限りませんが、教育委員会だけで対応するには限界があると思うので、第三者委員会など外部の相談機関や調査機関を設けることが必要だと感じます。子どもが相談できる場所も複数あった方がいいと思います。一つしかないと、もしそこが合わなかったときに相談する術がなくなってしまうためです。

 また、教員が持っている権力を自覚させるための研修も必要だと感じています。私が教員と会い続けていたのは、「先生の言うことだから聞かなくてはいけない」と無意識に思っていたためでした。教員と子どもという関係性だけで、権力関係が生じるのです。
 
 学校での教員から子どもへの性暴力の解決策としては、子どもへの性教育も挙げられます。ですが、被害当事者としては、子どもに性教育をしていたからといって、子どもが被害に気づけるかはわからないと感じます。私自身、最初の被害の時点で恋愛だと思い込まされていたからです。何より重要なのは、子どもが初めから被害に遭わないようにすることだと思います。

 もちろん、子どもが被害に気づくための環境を大人が整えていく必要はあると感じます。
ですが、子どもに自衛を求めるのは根本的な対策ではないと思っています。

構造上の暴力問題として考える必要性がある

 石田さんの被害当事者としての学校現場への問題提起を踏まえて、実際に専門家の間で学校の性暴力はどのような点が問題と考えられているのか、千葉大学大学院社会科学研究院教授の後藤弘子先生にお話を伺いました。

後藤 弘子(ごとう・ひろこ)
1987年慶應義塾大学大学院法学研究科博士後期課程を単位取得満期退学。立教大学法学部助手、東京富士大学助教授、2004年より千葉大学大学院専門法務研究科教授を経て、現在千葉大学大学院社会科学研究院教授。専門分野は刑事法。
「子どもと女性の犯罪被害・加害に対してどのような対応を社会や制度が行うべきか」について研究。

——現在、学校の性暴力の問題は専門家の間でどのように考えられているのでしょうか。

後藤弘子先生(以下、後藤):学校の性暴力の問題は主に二つに分類されます。まず教員から子どもに行われるもの、もう一つは子どもから子どもへの性的ないじめです。
 この二つの大きな違いが、教員と子どもの間には法的な権力構造がある点です。学校教育法11条では、<校長及び教員は、教育上必要があると認めるときは、文部科学大臣の定めるところにより、児童、生徒及び学生に懲戒を加えることができる。ただし、体罰を加えることはできない。>と定められており、これを懲戒権と呼んでいます。
 一方、子どもから子どもの場合は、スクールカーストなど事実上の権力関係はあるものの、法的な権力構造はありませんですが、いじめも態様によっては性暴力になり得ます。
 文部科学省の「学校教育法第11条に規定する児童生徒の懲戒・体罰等に関する参考事例」では、放課後等に教室に残留させることや、授業中、教室内に起立させることは体罰に該当しない例とされていますが,これは「体罰」ではないでしょうか。このような教員から子どもへの「体罰」が、子どもに「こういうときには人を罰してもよい」と学習させているのではないか。学校の環境そのものに、暴力性を感じます。

——教員から子どもへの性暴力についてはどのようなことが課題だと考えられていますか。

後藤:まずは発見が難しいことが課題です。性暴力自体、暗数が多いといわれていますが、子どもへの性暴力は特に発見しにくいと考えられています。
 また、現状では、懲戒処分かそうでないか、0か100かの判断になりがちです。例えば、周りの先生が「あの先生は特定の児童に対して、少し距離感が近いように感じる」と違和感を覚えても、相談しにくい状況があるのではないでしょうか。
 対策としては、こうした問題が起きないことではなく、問題を早期発見できることを評価する雰囲気を作ることや、教育委員会が主体的に早期発見の仕組みづくりに取り組むことだと考えます。学校や教育委員会だけで対応していると閉鎖的になってしまう部分もあるので、スクールカウンセラーなど第三者の介入を受け入れることが考えられます。

 また、教員の研修不足も感じます。性暴力の問題の根本には、差別や権力の問題があります。物理的な暴力だけでなく、広義の暴力とは何を示すのか、教員という立場そのものにどれだけの権力が持たされているかということについても学ぶ必要があると感じます。

 教員から子どもの性暴力をペドフィリア(小児性暴力)だけの問題として捉えると、「自分はペドファイルではないので関係ない」と無関心な教員が出てきてしまいます。構造上の暴力の問題と捉え、学校全体で取り組む必要があるでしょう。
 例えば、教員が褒めるために子どもの頭をなでる行為にも、場合によっては暴力性があります。虐待などが原因で、体に触れられることに強い抵抗感があるお子さんもいるためです。ですが、子どもとしてはNOを示しにくい。それは、教員と子どもという立場に権力構造があるからです。教員が自覚することが必要だと感じています。
 
——意識改革だけではなかなか先に進まないようにも感じるのですが、子どもの安全を守るためには、どのように制度やルール面を変えていけばいいのでしょうか。

後藤:性暴力を許さないという学校の姿勢を、法律で明示する必要があると考えます。体罰に関しては、学校教育法に、<体罰を加えることはできない>と明記されていますが、性暴力に関しては、学校教育法にも教育基本法にも条文がないのです。

——社会では、強制性交等罪や強制わいせつ罪として性暴力を禁止している法律がありますが、改めて定義することに、学校現場においてはどのような意味があるのでしょうか。

後藤:例えば、暴行罪では暴力をしてはいけないことが規定されていますが、刑法はあくまで国が“やってはいけないこと”を示しているだけです。学校教育法でも、<体罰を加えることはできない>と明文化されていますが、学校現場としては、“どうやって被害者を出さないようにするのか、被害者をどう支援するのか”などを考えていく必要があると思います。

 法律が変わることで、学校現場でも「今までと対応を変えなくてはいけない」という意識が働くのではないでしょうか。法律を変えることが難しければ、都道府県・市区町村条例でもいいのでまずできるところから始めるべきだと考えています。

 また、子どもの権利条約の第34条には次のように書かれています。

<締約国は、あらゆる形態の性的搾取及び性的虐待から児童を保護することを約束する。このため、締約国は、特に、次のことを防止するためのすべての適当な国内、二国間及び多数国間の措置をとる。

a.不法な性的な行為を行うことを児童に対して勧誘し又は強制すること。
b.売春又は他の不法な性的な業務において児童を搾取的に使用すること。
c.わいせつな演技及び物において児童を搾取的に使用すること。>

 この考え方を、学校教育に取り入れることも必要だと感じています。

子どもに「被害か被害じゃないか」をジャッジさせない聞き方を

——今後、性暴力被害に遭う子どもを出さないためにどのような対策が必要でしょうか。

後藤:まず、教員になりたい人のリスク分析です。長崎県では、教員の性的嗜好を自己分析するチェックシートを導入しましたが、私はこれには賛成できません。自己申告ですので、正しく測定できるか妥当性が低いと感じますし、憲法19条の思想及び良心の自由に反するのではないかと思います。個人の考え方を尋ねるような自己分析の調査ではなく、科学的根拠のある心理検査によってハイリスクな人を見つける方法でなければ、しっかりと子どもを守れませんし、憲法違反にもなってしまうのではないかと考えます。

 そして、過去に子どもへの性暴力で懲戒処分になった人を再び教職につけさせないために、懲戒処分のデータベース化も必要でしょう。加害者にも社会復帰の機会は必要ですが、子どもと接する仕事以外にすべきです。

 子どもへの性教育も進めていく必要があります。前提としては、子どもに自衛を求めることは最善策ではありません。ですが、制度や仕組みが変わるのはとても時間がかかるため、今すぐできる対策としては、子どもにプライベートゾーンや性的同意という考え方を教えることが有効だと考えます。保護者としても、日頃から何でも相談しやすいような関係づくりをしましょう。
 
 ただし、保護者が「何かあったら言ってね」と話していても、子どもから言い出すことはなかなか難しい。子どもの異変に気づいたときの保護者の聴き方もポイントです。子どもに「被害か被害じゃないか」を判断させないようにしてください。例えば、「変なことされたの?」という聴き方も、子どもに「変なこと」の判断をさせることになります。「肩を触られたの?」「何回触られたの?」という聴き方が望ましいです。

 小児性愛障害の加害者治療に携わっている斉藤章佳さんの著書『「小児性愛」という病—それは、愛ではない』(ブックマン社)には、次のように書かれています。

<教育の現場にいれば、彼らの多くはいい先生といわれます。教育熱心で、子どもたちからも慕われているからです。これは子どもに性加害をした者に共通していえることです。彼らは子どもから好かれるのです。(中略)それゆえ加害行為が発覚し事件化したとき、周囲は「まさかあの人が」と思うことになります。(p143)>

 筆者も子どもの頃、石田さんと同じように、「先生は悪いことをするはずがない」と考えていました。ですが、冒頭に挙げた通り、明らかになっているだけでも、年間で100人以上の子どもが通っている学校の教員から被害を受けているという現実があります。

 保護者の立場に立つと、「学校で子どもが性暴力被害に遭うかもしれない」と考えながら我が子を送り出すのは、とても不安だと思います。でも、実際に事件が起きているのに「うちの子にそんなことは起こらないはず」と考えてしまうことは、子どものSOSに気づく機会を逃してしまうかもしれない、とも思います。

 学校現場の性被害を防止するにあたって、変わるべきなのは加害者や学校現場、制度の方であり、子どもや家庭での自衛だけで解決しようとしていい問題ではありません。しかし現状、さまざまな課題があり、今日明日で解決ができない以上(もちろん、多くの先生は子どものために熱心に指導をされていると思いますが)、被害者を出さないための短期的な対策として、「先生は絶対に悪いことをするはずがない」という認識を変える必要があるのではないかと感じました。

■札幌市中学教諭性暴力事件の被害者を支える会
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