ネットで“議論”はできるのか?『オンライン・フェミニズムの限界と可能性』ルポ

文=雪代すみれ
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GettyImagesより

 私が「フェミニズム」という言葉の本当の意味を知ったのは2010年代前半、ツイッターがきっかけでした。痴漢、ナンパ、セクハラなど「怒っていいことなんだ」と知ったときの衝撃を今でも覚えています。

 2010年代後半には「#MeToo」や「#KuToo」などもあり、ネット空間がフェミニズムの広まりに影響を与えていることは間違いありません。

 しかし一方で、ツイッター上では物言う女性たちへの嫌がらせや、2019年秋には漫画『宇崎ちゃんは遊びたい!』のキャラクターを起用した日本赤十字社のポスターをきっかけに、「オタクVSフェミニスト」の構図の戦いが生じるようなこともありました。

 私たちの生活からネットは切り離せない存在となっています。特に最近は新型コロナウイルスの影響でなるべく外出を控える生活様式が推奨されてもおり、ますますオンラインでのコミュニケーションの需要は高まっていくでしょう。

 では現在、オンラインでの議論にはどのような問題があるか、そして、オンラインで有意義な議論を行うためにはどうすれば良いのか。オンラインの限界と今後の可能性について、ポスト研究会が主催するzoomを利用したオンライン配信のトークイベントが6月6日に行われました。本記事ではその一部をレポートします。

【登壇者プロフィール】

中村香住(なかむら・かすみ) 通称レロ
慶應義塾大学大学院社会学研究科後期博士課程在籍、NPO法人秋葉原で社会貢献を行う市民の会リコリタスタッフ。専門はジェンダーとセクシュアリティの社会学。現在は第三波フェミニズムの観点から、メイドカフェにおける女性の労働経験について研究している。レズビアン当事者としても活動を続けており、特に“恋愛至上主義にノれないセクシュアルマイノリティ”の居場所づくりに取り組んでいる。女性声優とテーマパークと百合のオタク。著書に、『私たちの「戦う姫、働く少女」』(共著、堀之内出版、2019年)、『ふれる社会学』(共著、北樹出版、2019年)、『「百合映画」完全ガイド』(共著、星海社、近刊)など。

Twitter Researchmap

梁・永山聡子(やん・ながやま・さとこ・ちょんじゃ)
非常勤講師、アジア女性資料センター理事、一般社団法人希望のたね基金(キボタネ)運営委員、在日本朝鮮人人権協会性差別撤廃部会委員、東京生まれの在日朝鮮人3世。専門は社会学。植民地支配・被支配経験のフェミニズム、グローバルフェミニズムと社会運動に関心がある。共著に『社会学理論のプラクティス』くんぷる(2017)、『私たちの「戦う姫、働く少女」』(共著、堀之内出版、2019年)などがある。現代思想2020年3月臨時増刊号 総特集=フェミニズムの現在での鼎談が掲載されている。

ふぇみ・ゼミ Researchmap

田中東子(たなか・とうこ)
大妻女子大学文学部教授。博士(政治学)。専門分野はメディア文化論、ジェンダー研究、カルチュラル・スタディーズ。第三波フェミニズムやポピュラー・フェミニズムの観点から、メディア文化における女性たちの実践について調査と研究を進めている。著書に『メディア文化とジェンダーの政治学-第三波フェミニズムの視点から』(世界思想社、2012年)、『出来事から学ぶカルチュラル・スタディーズ』(共編著、ナカニシヤ出版、2017年)『私たちの「戦う姫、働く少女」』(共著、堀之内出版、2019年)、その他『現代思想』や『早稲田文学』などに第三波フェミニズムやポピュラー・フェミニズムに関する論稿を掲載している。愛猫家。

竹﨑一真(たけざき・かずま)
1989年兵庫県生まれ。学習院大学、東京理科大学等非常勤講師。筑波大学大学院人間総合科学研究科体育科学専攻単位取得退学。専門は、スポーツ社会学、身体とジェンダーのカルチュラルス・タディーズ。論文に「身体とジェンダーの系譜学的思考:J・バトラーをめぐって」(『現代スポーツ評論』、創文企画、2019年)「戦後日本における男性身体観の形成と揺らぎ::男性美(ボディビル)文化の形成過程に着目して」(『体育学研究』、2020年)「戦後日本における女性身体美文化の系譜学的研究:”触発する身体” としての「八頭身」および「美容体操」の登場に着目して」(『体育学研究』、2020年)など。

ネット上で女性が攻撃されている実態は広く知られていない?

田中東子さん(以下、田中):インターネット上ではミソジニー(女性蔑視)の問題が見られます。例えば「#検察庁法改正案に抗議します」のタグをツイートをしたきゃりーぱみゅぱみゅさんに対して、<歌手やってて、知らないかも知れないけど、(中略)デタラメな噂に騙されないようにね。>というリプライや、小泉今日子さんに対する上から目線の否定的なリプライがつきました。

また、『テラスハウス』に出演していた木村花さんは、番組内の出来事について男性出演者に対し激怒した後、SNSで大量の誹謗中傷を受け自殺されたのではないかと言われています。

私もメディアに出ると誹謗中傷のリプをたくさん受けます。ネット上で発信をしている女性の多くは、「ブス」「ババア」といった攻撃を受けたり、“マンスプレイニング”と呼ばれる女性を見下すような説教を男性から受けるという経験をしていますよね。なので、女性が誹謗中傷されていることは広く知られていて、ただ見過ごされているのだと考えていました。

ところが、そうではないらしいと最近気づいたんです。登壇者3人は今回のオンラインイベント開催にあたって、「ミソジニストから誹謗中傷を受けないように」とかなり慎重に議論を進めていったのですが、その様子を見てポスト研究会の男性陣は驚いているようでした。もちろん、彼らは女性を誹謗中傷するような人たちではないですし、ネットミソジニーの問題では女性の味方になってくれる人たちです。そんな彼らでも知らないということは、女性が誹謗中傷を受けている実態が一般的にはあまり知られていないのではないかと。こうした実態を、もっとおおっぴらに発信していく必要があるのではないかと感じました。

梁・永山聡子さん(以下、聡子):韓国では、ネット上の誹謗中傷で何人も亡くなっていて、最近ではKARAのク・ハラさんが亡くなった件が有名です。日本でも木村花さんが亡くなって以降、ネット上の誹謗中傷の問題に急激に注目が集まっていますが、人の死がないと動かないのは非常に悲しいことです。隣の国では何度も起きていて、社会学者の方を始めとして警告している方はいたのに。

対応が遅れたのは、世代間ギャップやレイシズム(人種主義)の問題があると感じます。韓国の対策をマネしておけば防げたかもしれないのに、「韓国と同じことはやらない」という判断基準で動くと、悲しみは繰り返されるのではないでしょうか。レイシズムは単純な人種差別ではなく、人種差別をしている社会側も不利益を被っていると感じます。

中村香住さん(以下、中村):誹謗中傷されたことを「辛い」とSNSに書くと、「ネットで発信しているなら誹謗中傷は仕方ない」「気にしないように対処する術を身につけたほうがいい」とか、ひどいと「誹謗中傷されるお前が悪い」などとさらに攻撃されることもあります。味方してくれる人もいますが、二次被害を受けるくらいなら黙っておいた方がいいなと思ってしまうことがあるのも事実です。

聡子:ネット上の誹謗中傷が人権問題だと認識されていないように感じます。我慢できるレベルを超えていますよね。

田中:ニュースになるような(有名な)人たちは、1日に何千件・何万件という単位で誹謗中傷を受けています。そんな状況下で、「見なければいい」「無視すればいい」など、傷つけられていることへの感受性を麻痺させることでやり過ごすよう推奨されるのはおかしいと思います。

個人のレベルで我慢できる範囲を超えているのに、「自衛すべき」という意見がくる原因の一つには、被害実態が知られていないことがあると考えています。例えば、女性が痴漢被害に遭っていることは、多くの女性たちが知っていることですが、男性には知らない人も少なくない。そのような温度差を感じることがあります。

バズったツイートは“正しい”のか

田中:学生に最近関心があることを聞くと、「女性問題に関心はあるけれど、ツイフェミが怖い。ツイッター上の議論は恐ろしくて関わってはいけないような気がする」など「ツイフェミ」に言及したコメントが結構多いんです。ただ、私自身は「ツイフェミ」の明確な定義がわからないんですよね……。

中村:私も定義はよくわかりません。「ツイッター上にいるフェミニスト」という意味なら、私も田中さんもツイフェミになります。ただ、ツイッターにいるフェミニストの研究者が「ツイフェミ」と呼ばれている場面はあまり見たことがないです。また、「ツイフェミ」という言葉の使われ方からはネガティブなニュアンスを感じます。定義が曖昧で定まっていないので、使い方に注意する必要があると思います。それから、フェミニストにもさまざまな考えの人がいるので、「フェミニスト」と一括りで捉えることにも疑問を抱きます。

確かに、ツイッターでフェミニストを名乗っている人のうちの一部の人の発信の中には、極端な主張やTERF(トランス女性を排除する一部のフェミニスト)発言など、同意できない内容もあります。ツイッターで議論している人の中には、ネットだけでフェミニズムに関する情報を得て話している人も少なくないので、一部の立場に偏ったり、事実誤認があったりする部分はあると思います。かといって、「学問の面から勉強しましょう」とすべての人に対して言うことが必ずしも正しいのかはわからないです。

聡子:私自身はツイッターでの発信活動は行っていないのですが、学生からツイッターに関する話を聞いていると、ツイッターは活字なので影響力が強いのではないかと感じます。影響力が強いゆえに権威性も感じて、ツイッターでの議論は危ういとも思います。オンラインは民主主義で話せる空間であるはずなのに、リツイートやいいねの数によって権威性が与えられています。

中村:たくさんリツイートやいいねされているツイートには、人は潜在的に影響を受けると考えられます。なぜバズっているかの根拠がわからない場合も多いのに、リツイートやいいねの回数が伸びるだけで重要なものとして位置づけられかねないのは怖いですよね。

田中:ツイッターでの議論は中身ではなく、バズることで権威を持ち、バズったツイートはネット言論空間の中で、「お言葉」のような力を持っていますよね。

聡子:発言内容が間違っていることは、内容を訂正すればいいだけですが、「承認されたい」「誰かに指針をもらいたい」という思考を助長している仕組みは怖いと感じます。

竹崎一真さん(以下、竹崎):学生からよく「先生はどう考えているのか教えてください」と質問されます。自分で答えを導き出すのではなく、「先生が言う答えが知りたい」ということだと感じます。バズったツイートは社会的に正解であるという雰囲気があるのかもしれません。

聡子:先日、自分の論考に対して「おそれ多いですが、直していいですか?」と聞かれて、驚いたんです。自分は権威を持っていないと思っていたのに、気づいたら権威を持っていた。私は仲間内でも間違っていると思うなら「あなたは間違っていると思います。根拠は~で」ときちんと話さなくてはいけないと考えています。自分は偉いつもりがなくても、「正解がほしい」という人間心理は、周囲の人に権威を持たせてしまうこともあるかもしれないので、気を付けなくてはいけないと感じました。

オンラインでも議論を深めることはできる

 質疑応答の時間には、参加者から「ツイッター以外で、オンライン上に議論の場はあるのですか?」という質問がありました。

聡子:現状、インターネット空間では難しいと思っています。私たちはリアルでのコミュニケーションの良さや感覚も知っているためです。私は「オンラインとオフラインで話すときの雰囲気が変わらないね」と言われるのですが、オンラインかオフラインか意識しながら話している人はまだ多いのだと思います。人が気にしなくならない限りは、同じように議論するのは難しいのではないかと感じます。

ただ、オンラインイベントにもメリットはあります。私が開催している「ふぇみ・ゼミ」は、「地方に住んでいるので東京開催のイベントには参加しづらい」「心身の体調の関係で外に出るのが難しい」「子どもが小さくてオフラインでは参加が難しい」といった事情がある人に参加してほしいため、オンラインを導入しています。

「オンライン議論のツールとして何が適切か」という問いには、これからみなさんでいろいろ試しながら考えていくのがいいのではないでしょうか。今回のイベントもコロナの影響でオンラインになりましたが、このようなチャレンジは有意義だと思います。

田中:炎上した出来事について、少し経つと忘れてしまうことも問題だと感じます。一時的には非常に注目を集めて盛り上がるのですが、その問題に重要な論点があったり、問題提起がされていても、一週間くらいでみんな飽きてしまうんですよね。

聡子:炎上したら、実際に発言した人を呼び、討論会を開くなどの取り組みがあってもいいのではないでしょうか。論争したいなら、オンライン上ではなく、きちんとした場が必要だと感じます。議論を深めていかないと、知の積み上げが乏しくなってしまうのではないかという懸念もあります。

中村:私はいわゆる異性愛の男性をメインターゲットとして作られている、登場人物が全員女性のアニメ作品が好きなのですが、そうした作品のファンコミュニティの中でフェミニズムの話はなかなか出ないですし、出ても「(フェミニストって)オタクを叩きたい人のことでしょ」といった単純化された話になってしまいまいがちです。そういった点で、オンラインで議論をすることの難しさは感じています。

ただ、「オタクであることとフェミニストであることは両立します。私はオタクでフェミニストです」とツイートしたときに、賛同する声もいただいたことは印象に残っていて……。今は「ヲタフェミ研究会」という、オタクでフェミニストな人同士で集まり、クローズドに議論をする機会を設けています。

また「#オタフェミセクマイ」イベントという、オタク・フェミニスト・セクシュアルマイノリティの複合的な当事者4人によるトークイベントもオンラインで行いました。参加費を1,000円にしたこともあってか、冷やかし目的の人はおらず、落ち着いて議論でき、参加者からのコメントも充実していました。実際にオンラインでの対話イベントを行ってみて、リアルと100%同じとは言えなくとも、議論を深められる可能性はあるのではないかと感じました。

聡子:対面でのコミュニケーションと、ネット上のコミュニケーションの両方をうまく使っていく必要がありますよね。

田中:日本に住んでいる女性たちは、性差別を受けるという経験をしてきて、これまでもおそらく言いたいことは色々とあったと思います。「女性が安心して話せる場を作ろう」とがんばって来られた方もいらっしゃるけれども、現実空間ではなかなか話せなかったのではないかと思います。そういった意味では、ツイッターは叩かれもするけれども、匿名で安心して本音を漏らせる限られた空間でもあったのではないでしょうか。

最近はツイッターで話題になったことを、テレビや新聞がフェミニズムに寄り添う視点で取り上げることも少しずつ増えてきています。オンラインだけでは限界があると感じるものの、今日のような企画をどんどん増やして、現実の空間での対話とつなげていく手法を一緒に考えていけたら良いですね。

 ネット上の情報だけでフェミニズムについて正しい知識を付けることは限界があります。筆者もアカデミックな世界からフェミニズムを学んだわけではなく、日々「勉強しなくては」と感じています。そこで、イベント終了後、「学術的なフェミニズムの入門書を教えていただけませんか?」と相談したところ、以下の本を紹介していただけました。

●皇甫康子編著・ミリネ編 『家族写真をめぐる私たちの歴史: 在日朝鮮人・被差別部落・アイヌ・沖縄・外国人女性』(御茶の水書房)

【おすすめする理由】
なぜ「家族写真」なのか。さまざまなルーツをもつ女性たち24人が語る、至極のエッセイ。日本に第3波フェミニズムがあるとすれば、彼女たちの「告発」を示すことは間違いないでしょう。インターセクショナリティーはすぐそこにあります。

●江原由美子・金井淑子編『ワードマップ フェミニズム』(新曜社)

【おすすめする理由】
ラディカル・フェミニズム、リベラル・フェミニズムをはじめとして、フェミニズムの様々な流派の中身が丁寧にかつ簡潔に紹介されています。ただし、ポストフェミニズム/第三波フェミニズム以後の議論は収録されていないため、他の本で補っていただければと思います。

『現代思想 2020年3月臨時増刊号(総特集◎フェミニズムの現在)』(青土社)

【おすすめする理由】
ポストフェミニズム以降、2010年代のフェミニズムを様々な角度から考える論集。それぞれの論文で展開される「フェミニズム」の間に矛盾や葛藤、抗争があることを、ぜひ読み取ってほしいと思います。

 今回のイベントはオンラインでしたが、個人的にはオフラインイベントに近い感覚でお話を聴けました。それは文章でのコミュニケーションではなく、声や表情が伝わる会話でのコミュニケーションだったからだと思っています。技術の進化に伴い、オンラインでのコミュニケーションでもより正確に言葉を伝え合うことができるようになっていくかもしれない。その可能性を感じました。 

(取材・構成:雪代すみれ)

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