桜井誠を支持する都知事選18万票という衝撃 民主主義とは一体何か?

文=金村詩恩
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GettyImagesより

 7月5日に投開票が行われた東京都知事選は、小池百合子氏が約370万票を集め、下馬評通り2回目の当選を果たした。投票率は55.00%で、2016年の59.73%から4.73ポイント下回っていた。

 今回の選挙では、「在日特権を許さない会」(在特会)の元会長である桜井誠氏が候補者の中で第5位に位置したことが注目されている。ヘイトスピーチを繰り返し、排外主義的な政策を掲げる桜井氏は、前回の選挙からおよそ7万票を上回る約18万票を獲得していた。

 日本に住みながら民主主義にとって最も重要な選挙権を持たない人々が、東京、そして日本には数多く存在する。今回の都知事選をみて何を考えたのか、作家の金村詩恩さんにご執筆いただいた。

民主主義ってなんだろう

 新車特有の匂いに吐き気を催しつつ、カーテレビから流れる漫才を観ていた。紋付き袴でツッコミを入れる姿に正月を感じた。

「大丈夫か?」

 ハンドルを握る父が尋ねる。

「うん。あと何分?」
「15分ぐらいだな。」

 じっとこらえるために窓の向こうへ目を移す。ベビーカーを押すカップルとどちらかの両親と思われる夫婦が歩いていた。まっすぐ歩けば、大きな神社がある。家族で初詣でだろうか。新年最初の日は親類縁者と一緒にいたいのは皆、おなじかもしれないと思った。

 疎遠だった親戚の家へ行くようになったのは、祖母が亡くなった6年前からだった。最初は家族全員でお邪魔してたが、今年は母や妹たちに用事が入り、父と成人の挨拶をするわたしだけになった。「どこで曲がるんだっけ。」

 右折の目印を忘れてしまったようだった。

「コンビニじゃなかった?」

 年に1度しか行かない場所の記憶を掘り出した。

 道なりにセブンイレブンがあった。

「ここだ。」

 ハンドルを切った。

 車はやがて、団地の敷地に止まった。「着いたぞ。」といわれる前に外に出ていた。清々しい外気を浴びて、さっきまでの吐き気がおさまった。

 入るなり、サッカー天皇杯の試合が映っているテレビが観えた。隅には小さく前半とあった。前には、伯父、昨年、生んだ子どもを膝に乗せた従姉と彼女の夫が白濁色のトックとマンドゥのスープ、カルビチム、チャプチェ、野菜のジョン、シリット、キムチの並んだ食卓を囲み、義伯母は台所に立っていた。

「なにかやりましょうか?」

 一族が集まる元日は長男の妻を筆頭に、女性たちが飲食の準備をするのは昔からだった。しかし、かいがいしく働く横で、なにもしないのは後ろめたい。一言、訊ねてみたが、「いいのよ。座ってて。」といわれてしまった。どうにかして手伝えないか様子を探っているうちに、彼女は皿を洗い終えて、座った。

「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。」

 正座して、おでこに手をつけ、床につくぐらい深くお辞儀する。

「いくつになったんだ?」

 伯父が尋ねる。

「20歳です。選挙に行ける年になりました。」
「こいつが小学生のとき、警察官になりたいっていってたから家族で帰化してね。手続きはカミさんがほとんどやったけど。」

 父がわたしを指さしながら割り込むように話した。

「元気でいれば国籍なんかどうでもいいよ。日本籍取るのは裏切り者だって、仲間はずれにするやついるけど、そんなバカなことしないから。」

 上座に座る彼はきっぱりいった。

「わたしもこの子のために申請考えてるんだよね。」

 従姉が話すと、膝の上の子どもがどこかへ行こうとしたので、動かないように抱きかかえた。

「近いうちに選挙があるらしいが、どこに入れるんだ?」

 家長からの唐突な質問に驚き、2、3分考えた。せっかく、政治学を学んでるんだから、公約に目を通してみなさいと授業でいわれたのを思い出す。

「まだ決めてないですけど、いろんな党の政策を観てからにします。」
「困らしちゃってすまんね。普通なら聴かないが、俺たちは韓国籍で選挙に行けないから。」
「アイゴー。なんで投票できないんだろうね。」

 義伯母は嘆息した。

「戦争に負けたあと、朝鮮や台湾の人間たちは選挙権を奪われたんだよ。そのあと、GHQから独立するとき、国籍も取られちゃってね。」

 答えると、向き直った。

「知らない話がたくさんあるだろ? だから、いろんなひとたちの話を聴いたり、本を読んだりして、よく考えてほしいんだよな。最近の政治についてはこう考えてるんだ。」

 東日本大震災以降、首相が交代し、消費税増税のうわさがささやかれている現在について話はじめた。熱心に語る姿を観たのははじめてだった。

 テレビがちらっと見えた。時間を知らせる画面の隅は、いつの間にか後半になっていた。

 総選挙の噂はSNSで目にしたが、党首討論で首相が解散を宣言するのは、だれも予想してなかった。苦々しい顔の議員たちが万歳してる場面がニュースで流れる。公約と実績のちぐはぐさを体現してると面白く観ていた。

 何日かして、ポストに案内が入っていた。家にいた母に渡したら「一票入れるために苦労したんだから絶対に行きなさい。」といわれた。期間中はマニフェストを読み、駅前の演説に耳を傾けた。

 投票日がやってきた。朝早く、指定された場所までママチャリをこぐ。適当なところに止め、会場に入る。

「おはようございます。入場券はお持ちですか?」

 受付に差し出した。

「有難うございます。あちらまでお進みください。」

 指し示した方向に行くと、用紙を貰えた。手触りのよさを感じつつ、仕切られた記載台の前に立つ。

 置かれていた鉛筆を握った瞬間だった。

“俺たちは韓国籍で選挙に行けないから”

 伯父のことばが頭をよぎった。

 ここに来られないひとたちを生かしてくれるのはこのひとかな。

 目の前に貼ってある候補者名を見ながら書く。用紙を二つ折りにして、ジュラルミンの箱に入れた。

 2票目を入れて、投票所から出た。目の前で背広の記者がわたしとおなじぐらいの男性に話を聴いていた。

「無関心な若い世代が多い現状をどう思いますか?」
「票を入れて、意見を示すのはこの国に住んでるひと全体の義務なのに……。」

 権利のないひとだっているんだよ。

 耳に入ってきた彼らのやりとりに、心のなかでつぶやきながら横切った。

 帰る道すがら、さっきのことばが頭のなかで反響する。

「民主主義ってなんだろう。」

 ため息混じりの独り言と油が差されていないチェーンの音が聴こえるだけだった。

 家に着いたら父がいた。挨拶もなしに「来年の正月、伯父さんのとこに行くか?」と訊かれた。

 一時帰国以来、半年ぶりの成田空港で、キャリーケースを引きながら、動く歩道を歩いていた。留学先の釜山では会話が濁流のように耳へ入ってくるのが当たり前だったから、空調の音しか聴こえない静けさがとても不気味だった。日常を取り戻すにつれ、1年前に旅立ったときとなにか変わったように感じた。日本の若者は参加意識が低く、デモも少ないと教わったが、テレビをつければ、学生が国会前で声をあげている光景が流れるし、SNSを開けば、ヘイト投稿が目につくようになった。キナ臭さを感じつつ、復学後は友人の出演した映画撮影の手伝い、発表の準備、卒論の発表に追われていた。

「法案に反対ですけど、デモはなんか違うんですよ。皆でおなじことばをいうのが嫌で。」
「すごく分かる。だけど、行かなきゃって感じがするし……。」
「行くべきみたいな圧力感じません?」

 西日が差し込む教室で、平和安全法制について議論していた。留学前に通いはじめたころからいろんな話が飛び交うゼミだった。知ってる顔ぶれはわずがだったが、スタイルは変わっていなかったようだ。壁にかけられた時計に目が入る。授業が終わるまで、わずかだった。

「白熱してるときにすみません。皆さんに伝えたい話があるんですけどいいですか?」

 最近入ってきた後輩が手を挙げた。

「なにか告知でもあるの?」

 先生が指す。

「きょうの夜、国会前で抗議があります。いろんな意見があるみたいですけど、実際に足を運んで、考えてもらえればって思います。何度か行ってるんで、参加したいひとは声をかけてください。」

 画面の向こうの出来事が近くにあった現実に気づかされた途端、チャイムが鳴った。

 教室を出た。なにが起きてるのか知りたくて、永田町にひとりで行った。

 暇なとき、よく散歩してたので、4、5キロほど歩くのは苦じゃなかった。進むにつれ、「参加される方へ」と書かれた看板やドラマで観た機動隊を乗せる青いバスが現れた。普段なら背広のひとたちばかりなのに、Tシャツに黒いスキニーの若者やのぼりを持った初老の女性が歩いていた。

「会場に向かう方は左、通行のみの方は右側をお通りください。」

 語りかける警官の後ろには、国会議事堂がそびえていた。いろんな場所が観たくて、右を歩いた。

 交差点近くにあげられた旗。

 公衆トイレの前に立てかけられた「NO WAR」と書かれたプラカード。

 ベンチに置かれたトラメガ。

 殺風景な街が時間経るごとに変わっていく。

 最初、通行人ばかりだったが、仕事着のひと、ドラムを持ったひと、髭面のいかついひと、中学か高校の制服を着たひとが狭い左側に列をなした。そのなかに、後輩によく似たひとが誰かといた。声を掛けようと思ったとき、「戦争法案絶対廃案」と聴こえはじめた。

 声の方向へ近づく。

「民主主義ってなんだ?」
「これだ!」

 リズミカルな掛けあいに、高揚感が高まる。

 なかに入ってみたいと思って、反対に移ろうとした。

「国民なめんな!」

 だれかの叫びが暗くなった空を突き抜けた。

“俺たちは韓国籍で選挙に行けないから”

 伯父が歳のわたしへなにか託すように語っていた正月を思い出した。

「国民じゃないひともいるんじゃないの?」

 勇気を出し、聴こえる大きさで口にしてみたが、すぐにはじまった学生のスピーチでかき消された。疲れが一気に襲ってきた。駅に向かって、歩きはじめた。

 向いのホームにたくさんのひとが降りる。これからまだ増えるのかと思ったら、電車が来た。いつもより空いてる車内で席を見つけるのは簡単だった。さっきとは違って、スマホを観たり、目をつぶったりするひとたちばかりで、とても静かだ。

「民主主義ってなんだろう。」

 ささやきは列車の走行音にかき消されてしまった。

「行った方はいますか?」

 翌週のゼミで、後輩がたずねた。

「行きましたよ。」と答えたら、「どうでした?」とすかさず、訊かれた。
「うーん。」

 2、3分、のあいだ、静けさが漂った。

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