三浦春馬さんの自死で次々と湧き出る“家族ゴシップ”の信憑性

文=wezzy編集部
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GettyImagesより

 7月18日に急逝した俳優の三浦春馬さん(30)。午後3時頃に民放各局が「都内の自宅マンションで自殺した」と速報を打ち、以降、厚生労働省が出している「メディア関係者に向けた自殺対策推進のための手引き」もそっちのけで、彼についての報道が繰り返されている。

 こうした報道の過熱は一定のニーズがあるからこその現象ではあるが、故人を傷つけるような内容も少なくなく、ファンならずとも心痛ではないだろうか。

 特に問題と思われるのが、三浦さんの家族のプライバシーを暴くものだ。7月22日発売の「週刊文春」(文藝春秋)、「週刊新潮」(新潮社)はともに3ページで三浦の自死と家族関係を報じているが、いずれも複雑な家庭環境と母親像について詳細に記していた。

 三浦さんは3歳の頃に父と生き別れて母子家庭に育ち、母親の再婚した継父とも良好な関係を築いていたという。母親は、三浦さんが役者としてブレイクすると個人事務所の社長に就任していたそうだ。このあたりまでは両誌共通している。

 しかし「文春」では母親がかつてスピリチュアルな世界に傾倒していたことを明かし、「新潮」は親族の証言として、母親と継父が過去に水商売をしていたことや、「金銭感覚がルーズで約束していた住宅ローンの支払いが滞」ったことを記すなど、三浦さんの家族を貶めるような内容だった。

 また、芸能関係者の証言として「芸能界の仕事に嫌気がさし、役者を辞めて農業をやりたいと言ったこともあったが、その度に母親から反対されていた」と報じ、売れっ子俳優へと成長し“金のなる木”となった息子を手放さない母親像が浮かび上がる記事構成だ。

 親戚らが今、息子を突然失った母親についてここまでネガティブに語っているのであれば、もともと三浦家の親戚関係が芳しくなかったのだろうと想像はできるが、さすがにあんまりではないだろうか。

 そもそも、こうした親族や近隣住民の証言にどの程度の信憑性があるのかも怪しい。文藝春秋が運営する「文春オンライン」の【《三浦春馬さん他界》名付け親・親族が涙の沈痛告白「春馬ちゃんは生き別れた父親と再会したばかりだった」】と題された記事で、三浦さんの父方の親族女性が「春馬と名付けたのは私」だと言っているのだ。その親族女性は「午年で春に生まれたから、草原を馬が力強く駆けていくような子になって欲しいという思いで『春馬はどう?』って」と父親に提案したという。

 しかし、名付け親に関しては、他でもない「週刊文春」が「母親が名付け親だ」と書いている。前出の記事中に、生前の三浦が12年の婦人公論のインタビューで『春馬』と名付けたのが母親だと話している……とあるのだ。三浦が生前に語っていたことと真逆の話を父方の親戚がしているという現象そのものが興味深い。

 結局のところ、溢れ出る情報の全てが事実とは限らない。そして語り部により視点が異なること、記憶は食い違うものであることから、たとえ本人にとって偽りなき証言であっても鵜呑みにはできないものだ。

 三浦さんの急逝が私たちに与えた衝撃はあまりに大きいが、家族のショックははかり知れない。遺族に鞭打つような報道を、読者は欲しているのだろうか。

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