大手企業の正社員になった一般男性が、「劣等感を抱かなくて済むポジション」のためにしていること

文=清田隆之
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日雇いバイトから有名グループ企業の正社員へ

 今はとある官公庁で、都市の新たなインフラ整備に関わる大きなプロジェクトに携わっています。そこは役所の中でも珍しく、先進的なことをやるために業界各社からメンバーを集めて結成されたチームで、所属しているP社からもそれなりに期待されて送り出された感があります。プロジェクトの性格上、政治家と関わることもあり、プレッシャーはあるけどそれなりにやりがいも感じられる仕事です。出向手当が付き、給料も少しだけ上がりました。

 でも正直、他人事感というか現実味のなさというか、そういう気持ちが心のどこかに常に付きまとっているんですよね。「なんで自分はここにいるんだろう……」って。

 僕は子どもの頃から絵を習っていまして、大学も美術系に進みました。ところが、どこかの地点で絵の道で食っていくことはないだろうと悟り、2年留年して卒業したあとはしばらく日雇いバイトをしながらフラフラしていました。当時メインでやっていたのはコピー機を運ぶ仕事です。それは運送会社の人が配達する際、トラックが駐禁を取られないよう助手席に残しておくための人員で、仕事がめちゃくちゃ楽だった。駐車場のある現場では搬入の手伝いをすることもあるんですが、コピー機は重くてデカいけどタイヤで転がせるからほとんど手を添えてるだけという(笑)。ひとつの現場に行って3000円。多いときは1日3現場とか入ってました。

 当時はもうひとつ高級居酒屋でもバイトをしていまして、運送会社と居酒屋の両方から「社員にならないか?」とお誘いをもらいました。いい人たちばかりだったから一瞬迷いましたが、トラック運転手になるイメージは持てず、居酒屋のほうもお試し期間だけ社員をやってみたんですがあまりにキツくて結局バイトに戻してもらって。ただ、20代半ばでこれじゃヤバいなと思えてきて、派遣会社で紹介してもらった広告会社でフルタイムの派遣社員として働き始めました。

 そこで関わったのはホームセンターのチラシを制作する仕事でした。構成を考えたり、撮影のアシスタントをしたり。若い男がいないからという理由で作業着のモデルをやらせてもらったりもしました。ありがたいことにここでも社員に誘っていただいたんですが、こんなこと言うのは失礼だけど名前も聞いたことないような会社だったし、もっと大きいところに行きたいってミーハーな気持ちもあったので辞退し、契約期間が終わって次に派遣されたのが老舗メーカーの子会社でした。

 その頃僕はエミちゃんという同い年の女性と付き合っていまして、彼女に「次に行く会社は結構有名なところなんだよ」って報告したことを覚えています。そこはインフラ事業にまつわる機器の生産や実際の現場仕事を請け負う会社で、内容的には完全に理系職です。高校時代は文系、大学は美術系という僕にとってまったく未知の世界でしたが、役員の偉い人に「あいつはあいさつがいいな!」と気に入られたこともあり、上司や先輩たちからすごくかわいがられて仕事も熱心に指導していただきました。

 入社して1年くらい経ったとき、またもや「正社員登用の試験があるんだけど」という話をもらいました。ちょうど会社が採用に力を入れていた時期で、ふたつ枠が空いてるから受けてみないかと。環境もいいし、誰もが知る老舗メーカーの子会社だし、これはいい話だと考え試験と面接を受けました。通常、派遣社員の引き抜き行為はルール違反なんですが、直属の上司が派遣元にちゃんと話をつけてくれ、子会社ながら晴れて有名なグループ企業の正社員になりました。

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