大手企業の正社員になった一般男性が、「劣等感を抱かなくて済むポジション」のためにしていること

文=清田隆之
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おもしろい人間だと思われたい

 プロとして芸術で食っていく道は大学時代に見切りをつけた感がありましたが、「おもしろい人間だと思われたい」という気持ちはずっと持っていまして、20代の頃は友達と一緒によくわからないことにいろいろチャレンジしていました。

 例えば「欽ちゃんの仮装大賞」に出場したり、ピカチュウの着ぐるみ姿で「ポケモンスタンプラリー」をめぐったり、新宿のロフトプラスワンで開催されていた「エアギター選手権」に出場したり。そういえば「いいとも青年隊」の書類審査に応募したこともありました。仮装大賞や青年隊はあっさり予選落ちでしたが、ピカチュウは子どもたちに大人気だったし、エアギターでは会場の爆笑をさらって3位入賞を果たしました。でも当時はまだSNSもないような時代で、表現する場があまりなかったんですよね。撮影した映像を自分たちで編集したり、ブログで活動報告したりというのがせいぜいでした。今だったら確実にYouTuberをやっていたと思います(笑)。

 正社員になった会社はさすが大手グループだけあって環境もホワイトで、無茶な残業も無意味な飲み会もなく、プライベートでも好きなことをやれてノーストレスな毎日でした。そんな中、インフラ事業の発注主にあたるP社へ出向することが決まりました。技術支援のため定期的に社員を派遣していて、経験とコミュニケーション能力を買われて僕が選ばれたようです。

 P社とは元から一緒に仕事をしていたので僕のことも認識してくれていて、「おお、進藤くん来るんだ!」ってみなさん歓迎してくれて。それでホント、入って3日くらいだったか、最初の飲み会でいきなり「もうちょっとしたらうちの正社員にならない?」と誘われたんですよ。これには驚きでした。でもさすがにすぐは無理があったので、1年半くらい常駐しながら検討を続けました。

 気持ちは100パーセント移籍するほうに傾いてました。特に悩みもなく、住めば都でP社の水に慣れていたし、元会社からはわりと放置プレーでやらせてもらっていて、しまいには帰属意識みたいなものも全然なくなってしまっていた。元会社は老舗企業のグループで、お役所体質みたいなカルチャーがあったんですね。それに比べてP社は全体的に若々しくて勢いがあって、テレビで企業CMもバンバン打っていた。それに服装自由という点もすごく楽だったし、仕事的にも明らかにこっちのほうが楽しくて、気持ちに迷いはありませんでした。

 でもちょうど正社員の登用試験の少し前、元会社のほうで上司から「昇進試験を受けろ」と言われていて、それに受かって主任に出世してしまったんですよ。出向中の社員が昇進するのは異例のことらしいんですが、どうやら部長が推薦しておいてくれたようで……。結局、黙って受けたP社の正社員登用試験も合格し、元会社を退職したのが主任になって初めてボーナスをもらった翌日という気まずいタイミングになってしまったんです。

 ただ、さすがに今度ばかりは揉めました。元会社の上司がP社に乗り込んでいき、「引き抜きってどういうことですか!」みたいに詰め寄るというひと幕もありまして……。もっとも、「本人が望んだことで引き抜いたわけではない」という建前があったので出向先もその一点張りで通し、上司としてはモヤっとしたまま認めざるを得なかったと思います。本当に悪いことをしました。

 辞めることが決まったあと、お世話になった部長から電話があったんです。僕を派遣社員から正社員に登用してくれた方で、その後も何かと気にかけてくれ……そんな恩人からの電話はさすがに応えました。「最初に俺に相談して欲しかったよ」みたいなことも言われ、その上司は高橋さんって言うんですけど、最後は「わかったから一度うちで飲もうよ」ってことになりまして。そこには仲の良かった先輩とかも集合して、「お前とまだまだ一緒に働きたいから残れないか?」「もっと伝えたかったことがあるから、せめてそれを覚えてから行け」って夜通し引き留められました。でももう決まってしまっていたので、ひたすら「すいません」しか言えず……特に高橋部長のことは、今思い出しても胸のあたりが苦しくなるくらい申し訳なさが残っています。

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