「無能だけどコミュ力がある」から大企業でやっていけるだけ…虚しさ抱える一般男性の自傷行為

文=清田隆之
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「同じくらい稼げるよう頑張るので」

 エミちゃんと知り合ったのは学生時代で、当時僕は絵を、彼女はバイオリンに打ち込んでいて、「お互い芸術を頑張ろう」って共鳴したことが仲良くなるきっかけでした。互いに片親で妙なシンパシーもあって、惹かれあって付き合うことになりまして。知り合った頃は二人とも恋人がいたんですが、たまたま別れるタイミングも重なってすごく盛り上がったのを覚えています。

 その後、彼女は音楽の道をどんどん突き進んでプロの演奏家として活動し始めたほか、ファンもたくさん付いていたので事務所に所属することになりました。エミちゃんが順調にキャリアを重ね、ちょっとしたタレントくらいの人気ぶりになっていった一方、僕は芸術の道も諦めて日雇いバイトの日々じゃないですか。それが耐え難くなってきて「今年こそ就職します」って宣言したりして。でも彼女は毎回「別にいいんだよ」って言ってくれるんですよ。それは「あなたの人柄や人格が好きで付き合ってるんだよ」という意味だったとは思うんですが、自分には何もない、稼ぎも全然彼女に届かないという劣等感から、「今は優しいけど、このままだとどう考えても捨てられる」って思いが拭えなかった。もっと偉くて金も持ってる人とかにめちゃくちゃ口説かれてたと思うし……。それで当時、「お願いします。捨てないでください」「あなたと同じくらい稼げるよう頑張るので」って呪文のように唱えていました(笑)。

 忘れられない出来事があります。彼女が仕事関係の人と夜中まで会食した日があって、僕は心配になって「迎えに行くよ」ってメールしたんですね。普通なら車で行くところですが、僕は免許を持っていなくて、しかもお金がないからタクシーという発想もなくて、当時住んでいた巣鴨から自転車で西麻布まで迎えに行ったんです。でもその姿を仕事関係の人たちに見られるのは嫌で、お店からちょっと離れたところで彼女を待って。それで真夜中に西麻布から彼女の実家がある五反田までママチャリの後ろに乗せて送ったんですよ。仕事や会食で疲れているはずの彼女と二人乗りって……もう最悪じゃないですか。

 そんな感じで7年半も付き合っていたわけですが、僕が日雇いバイトだろうがちゃんとした正社員になろうが彼女は変わらず優しくて、ずっと仲良くやっていた……つもりだったんですが、30歳のクリスマスを楽しく過ごした翌日、仕事から帰宅すると妙に部屋が片付いていて、見たらテーブルの上に手紙がポツンと置いてあって。いい内容じゃないことはすぐに察知しました。案の定それは別れの手紙でした。

 ただ、そこには「私と別れてください」とはハッキリ書いてあるものの、その理由がどこにも記されていないんですね。今まで楽しかった。優しい涼一くんにたくさん支えてもらった。あなたより好きになる人はもう現れないと思う。でもこれ以上は付き合えません。お願いします、私と別れてください──って。これじゃ全然納得できませんよね?

 ワケがわからなくてエミちゃんにめっちゃ連絡したんですが、ずっと音信不通で返信もなくて、それでも納得できないから彼女の友達にまで電話しちゃったんですよ。そしたら実はすでに新しい彼氏がいることが判明して。もうどう処理していいかわからなかったですね。例えば最後に冷たい顔を見て、もう俺から気持ちが離れてるんだなってことを悟って、それで別れるとかならまだ納得の余地もあると思うんですが、新しい彼氏のことも間接的に聞いた話だし、手紙の言葉も気になるし、最後に見たのは彼女の優しい顔だし……というので、気持ちが切り替えられないんですよ。本当はまだ俺のことが好きなんだけど、止むに止まれぬ事情があって泣く泣く別れを決意したんじゃないかとか、そういう陰謀論めいた発想も浮かびました。正直、10年経った今でも全然納得できていません。

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