「無能だけどコミュ力がある」から大企業でやっていけるだけ…虚しさ抱える一般男性の自傷行為

文=清田隆之
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元カノの写真を使った自傷的な自慰行為

 新しい事業部での仕事は吐くほどのプレッシャーでしたが、頑張って打ち返すうちに少しずつ地力がついてきた実感があります。今いる官公庁のプロジェクトが立ち上がり、「各社のエース級を送り込んで欲しい」という要請があったときに、周囲のメンバーから「進藤さんどう?」と言ってもらえたのも自信になりました。まあ、その官公庁にいるプロジェクトリーダーが元々うちの社の出身で、実はトレーニング仲間で顔見知りだったというのも大きいんですが、それでも推薦してもらえたことは励みになりました。エミちゃんと付き合っていたときに目指していたのは、もしかしたらこういう自分だったのかもしれません。

 でも、仕事の世界で順風満帆にステップアップする僕は言わば“A面”の自分で、努力によって構築してきた部分なんですね。そうではない側面、嫉妬心やコンプレックスにまみれ、甘えたくて逃げたくて人の悪口を言いたくて、いいやつでもタフなやつでも全然ない“B面”の自分は、年を追うごとにこじれていっているような実感があります。

 変わったことをやって人からおもしろい人間だと思われたいって願望はずっと持っていたんですが、いろいろトライはしてみたものの「自分はどうやらおもしろのプロにはなれないかも」って思った瞬間があって。仕事のほうがうまく行き過ぎちゃってるわけじゃないですか。なんでも器用にできて体力もあって、偉い人たちとも上手くやれて、自己主張せず言われたことを真面目にやって……って、明らかにサラリーマンに必要な能力だけを持っている。こんなにサラリーマンに向いている人間はいないかもって思うわけですよ。それにお金もそれなりにもらえちゃうから辞めるつもりもない。これではおもしろのプロにはなれないなって。

 エミちゃんと別れたあと、僕は彼女の写真や動画で狂ったようにオナニーをしていました。彼女が出したCDのブックレットや、彼女が出演している動画なんかもiPadに落として。自己憐憫と性欲と甘えたい気持ちがごちゃ混ぜになってめちゃくちゃ興奮するんですが、終わったあとにズドーンと落ち込むという……ちょっとした自傷行為かもなって感じています。正直、今でもたまにやっちゃうんですよね。

 トレーニングへの依存もそうですし、一時期は母乳風俗にもハマっていたことがあります。それとこれは最近の傾向なんですが、ものすごくイライラしやすくなっているというか、電車で大股広げて座ってるやつとか見るとムカムカしてきて、わざと目の前に立ってその足にぶつかりに行ったり。前も引っ越しのとき、敷金の返却をめぐって不動産屋さんと揉めてしまい、普通に抗議すればいいところをなぜか大声で怒鳴ってしまったり。40歳を前に孤独感や将来への不安が高まってきているのか、それとも仕事でいいやつをやってる分だけ溜まってくる澱(おり)のようなものをどこかで吐き出さなきゃならないのか……自分でも何なんだろうって思います。

 あと、これは話すのが結構恥ずかしいんですが、ツイッターの裏垢やYouTubeのコメント欄で悪口を書くことが最近やめられないんですよね。簡単に言うと「クソリプ退治」って感じなんですけど、芸能人のツイートや動画にセクハラめいたコメントを飛ばしたり、意味不明の絡み方をしたりしているやつっているじゃないですか。ああいうのを見ると無性に腹が立ってきて、そこに「世の中には信じられないくらい頭の悪い人がいるってことをこのコメントで勉強しました。ありがとうございます」とか、「ちょっとやり直した方がいいんじゃないですか? 小学校あたりからwww」とか、そういうリプをいちいち飛ばしてしまうんですよね。で、それに返信が来て、アドレナリン全開でまた言い返すという。例えば「お前の親の顔が見たいわ」って返信に「親とっくに死んでるんだけど?」って返したり……自分で言ってて死にたくなってきました(笑)。

 実は今アプリを使って婚活しているんですが、それは好きな人を見つけたいというよりも、日々の出来事や思ったことなんかを話せる相手がいないと、自分がどんどん攻撃的になっていくような気がしているからなんです。いつか人を傷つけてしまうかもしれない。現に今ネットや電車の中で人を攻撃しちゃっていますし、これで喧嘩とかしたらどうしようもないし、やらないとも限らないと自分では思っているので。そのためだけにパートナーを作ろうとしているのもどうなんだって話ですが、心の平穏じゃないですけど、おしゃべりできる相手が欲しいなと思って婚活アプリを続けています。

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