東京都知事選で見えた「レイシズムの浸透」と抗う 差別のない社会をつくるために必要なこと

文=安田浩一
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Getty Imagesより

 7月5日に行われた東京都知事選。現職の小池百合子氏の圧勝というかたちで終わったが、この選挙を通して見えてきたことがある。それは、「都民の間でレイシズムが広く浸透しつつある」という恐ろしい事態だった。

 グロテスクな差別を肯定する社会といかに対峙していけばいいのか──排外主義の現場を取材してきたジャーナリストの安田浩一氏にご寄稿いただいた。

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 悪意と敵意をたっぷり含んだ怒声が響き渡る。

「多くの人を殺したのは他でもない、ここにいる”支那人”なんですよ」

 それが政治団体「日本第一党」党首・桜井誠氏の第一声だった。

 6月18日、都知事選告示日である。同選挙に立候補した桜井氏が最初の街頭演説先として選んだのは中国大使館前(東京都港区)だった。

 中国人の蔑称である「支那人」を連呼し、さらには新型コロナ肺炎を「武漢肺炎」と言い換え、聞くに堪えないヘイト街宣は続く。

 特定の地域や民族に対する偏見を防ぐために、世界保健機関(WHO)がウイルスの呼称に国名や地名などを付けることは避けるといったガイドラインを定めていることなど、彼にとってはどうでもよいのだろう。

 そもそも──桜井誠氏はかつて差別者集団「在日特権を許さない市民の会」を足場に、ヘイトスピーチを繰り返してきた人物だ。「殺してやるから出て来い」「皆殺しにしてやる」と在日コリアンの集住地域や朝鮮大学の門前で声を張り上げてきた。外国人に向けた悪罵や差別扇動に、何の躊躇もあるわけがない。

 「”支那人”は10万円を渡したら簡単に人を殺すんです」と根拠不明な持論を叫び、大使館から出てきた公用車に「”支那人”のそこのねえちゃん、答えてみいや」と怒鳴りつける。

 話題が「尖閣問題」に移ると、なぜか沖縄県の玉城デニー知事がやり玉に挙げられた。

「”支那”が送り込んだ工作員」

 民族差別。女性に対する侮蔑。デマと偏見。この日の街宣には、ヘイトスピーチを構成するに不可欠な要素がほとんど詰まっていた。

 支援者が撮影した当日の動画は、「日本第一党」の公式サイトをはじめ、動画共有サイトでも公開されている。多くの人が目にしたことだろう。

 そしてこの桜井氏に、東京都の有権者のうち約18万人が票を投じたのである。しかも前回(2016年)の都知事選立候補時よりも得票数は1.5倍、約6万票も増えた。

「恐怖でしかない」

 私の周囲では、在日コリアンの多くがそう口を揃えた。

 外国籍住民の排除や殺害を公然と口にしてきた人物に、これだけの支持が集まったのだ。ヘイトの矛先を向けられる当事者が「恐怖」を感じるのは当然だろう。

 ヘイトスピーチは人間の尊厳、存在を否定し、地域や社会をも破壊していくものだ。当事者ならずとも、刃物で体の一部を撫でられるような戦慄にじわじわと襲われる。

 もちろん桜井氏の得票は、約366万票を獲得し2期連続当選を果たした小池百合子氏には遠く及ばない。過去の極右候補と比較しても、たとえば14年の都知事選で元航空幕僚長・田母神俊雄氏が集めた約60万票を大きく下回る。そうしたことから、桜井氏に批判的なスタンスを取る人たちのなかからも、”躍進”を過大に評価すべきではないといった見方があるのも事実だ。

 だが、ここはヘイトの被害者の立場から想像してほしい。

 18万票なる数字は、東京都の有権者数(約1100万人)の61人に1人を集めたことになる。東京都心部で環状運転を行っているJR山手線を例にしよう。同線車両の1両につき備え付けられた座席は60。つまり、電車に乗って座席がすべて埋まっていれば、そのうちの1人は桜井氏に投票したと考えてもおかしくない。ラッシュ時ともなれば、その数は2倍、3倍にも増える。ソーシャルディスタンスを保つこともできない空間に、レイシストが潜んでいるかもしれない、いや、レイシストに囲まれているかもしれないという「恐怖」。ただの苦痛や嫌悪とは違う。「殺戮」に賛同しているかもしれない相手を想像することが、どれほどまでに戦慄を呼び起こすものなのか、脅威を与えるものなのか、そして社会に深い亀裂を強いるものなのか。日常の風景から色彩を奪い取られる怖さは、だれであっても理解できよう。

 都知事選を終えた直後から、私は国内外のいくつかのメディアから「18万票」について「なぜ」を問うたうえでのコメントを求められた。

 様々な事象が複雑に絡み合う選挙戦について、誰もがはたと膝を打ち、瞬時に疑問が解けるような分析は、私にはできない。これまで取材を重ねてきた差別の風景ばかりがよみがえり、事実の重たさを前にして、口ごもってしまうばかりだ。

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