BTSはなぜ日本語でも歌うのか? K-POPアイドルが「日本語バージョン」を出す理由

文=DJ泡沫
【この記事のキーワード】

韓国語の歌詞と日本語の歌詞

 実際はBTSのように「アイドルとしてのファンドム」が人気の根幹である場合、ファンとしては「何語でも彼らがパフォーマンスする事に意味がある」ということになるため、どの言語のパフォーマンスでも売上そのものは大きくは変わりにくいと思うが(日本語オリジナル楽曲も80カ国以上のiTunesで1位になっている)、その国の言葉で歌う事には言語的バイアスがなくなる事によるデメリットも出てくる。

 ネイティブである韓国ではBTSの楽曲の歌詞自体の評価はあまり高くない(むしろパフォーマンスの中では問題を指摘される事の方が多い)という事を考えると、翻訳を通す事で聴き手が自由に(勝手に)ファンタジー持つ余白が出来る事がメリットになるという事でもある。

 YGエンターテイメントのようにアーティストの活動場所での語学力そのものを強化(YG所属アーティストのライブでは、デビューコンサートから通訳が不在である)する事で「現地化」に説得力を持たせようとするパターンもあるが、日本活動ではそのデメリットと一般層へのアプローチとのバランスを考えると、日本語を熟知した日本側の制作陣に委ねた日本オリジナル曲を出す事が最善の選択かもしれないが、ほかの活動時間との兼ね合いで生まれるのが「日本語バージョン」という事かもしれない。

 「日本語バージョン」の「音のハマり方」、あるいは意味を重視しすぎるが故に歌詞の持つポエティックな側面がおざなりになったりという、クオリティ面での問題が出ることもあるかもしれないが、すでに韓国語バージョンに親しんでいる日本語ネイティブの「ファン」が日本語バージョンを聴いたときに感じる「違和感」に関しては、先述の「クオリティ」に起因するものなのか、「耳慣れない」という部分から来るものなのか、もしくは「意味がわからずかっこいいと思っていた歌詞だが、意味がダイレクトにわかってしまうとイメージが違った」という王様(欧米の有名な楽曲を日本語直訳詞で歌って笑いをとったアーティスト)的「言語バイアス」の魔法が解けたからなのかは、リスナー自身が韓国語と日本語を同じくらい理解できなければわからないのではないだろうか。

 また、近年K-POPでは海外の作曲家による楽曲が多くを占めているが、OH MY GIRLのプロデューサーを務めていたチェ・ジュヒョク氏は「海外の作曲家は通常英語で作詞した歌詞をつけて完成した曲を企画会社側に送り、関係者の方は一旦英語の歌詞がついた曲を聞いて本当に気に入ります。しかし、いざ韓国語で歌詞を付けてメンバーに歌わせると駄目なんですよ。(略)同じ曲でも言語で違いが出てくるんですよ。これはジャンルに関係なく、韓国歌謡が持つ特徴でしょうね」と述べており(http://idology.kr/8497)、K-POPの制作現場においても「言語的バイアス」というものが存在している事を明らかにしている。

「自作」としてのアイデンティティ?

 「自作しているアーティストの場合、現地化や日本語オリジナル曲では直接作ったものとの差異が出てくるのでは」という話に関してはどうなるだろうか。

 「BTSは自作している」という印象が一般的には強いと思われるが、実際のBTSの具体的な制作手法は神秘のヴェールにつつまれている部分もある。作曲に共同参加したアメリカの作曲家からの「制作の仕方に関しては守秘義務のある部分もある」という発言もあった。勿論メンバーが製作に参加している事は間違いないが、タイトル曲ではメインでメンバーが作曲している楽曲はまだない。アルバムのブックレットではデビュー当時からプロデューサー以外誰がメインなのかはあえてわからない表記にしているようだ(音源配信サイトのクレジットでは名前の順番で参加割合が確認できる)。

 個人のミックステープでも事務所所属のプロデューサーはもれなく参加しており、どちらかといえばメンバーも含めた「チームBTS」というべきスタイルでの制作なのではないかと思われる。メンバーの創作パーツや意見は反映されるとしても、基本は共同でプロデューサーや共同作曲の海外作曲家などもいる事を考えれば、日本の作詞・作曲家と共同で作曲することにも本質的には大きな差はないと言っても良いのではないだろうか。

1 2 3 4 5

「BTSはなぜ日本語でも歌うのか? K-POPアイドルが「日本語バージョン」を出す理由」のページです。などの最新ニュースは現代を思案するWezzy(ウェジー)で。