朝鮮戦争を「6.25」と呼ぶのはなぜか/斎藤真理子の韓国現代文学入門【1】

文=斎藤真理子
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Getty Imagesより

 昨年の9月から今年1月まで、下北沢の本屋B&Bで、「韓国現代文学講座」というものをやっていました。新型コロナウイルスの影響でストップしていたのですが、それをテキストの形で継続することになりました。今回はその1回目です。

 そもそも昨年、この企画を始めたのは、「韓国の小説、どれから読んでいいかわからない」という声をよく耳にしたことがきっかけです。確かにこの何年かで韓国文学の紹介数はかなり増えたのですが、予備知識がないとどこから手をつけていいかわかりません。また、それらを読む際、韓国の歴史が頭に入っているといないとでは「読み」に違いが出てきます。そこを埋めるお話ができたらと考えたわけでした。

 私は一介の翻訳者で、研究者ではありません。体系的な読書もしていませんし、知見も限られています。しかしその分、読者のみなさんに近い立場にあると思いますので、文学作品の背景を理解するお手伝いになる話を少しずつしていこうと思っています。この連載もいわば、ブックガイドの拡大版のようなものと考えていただければと思います。

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 今回は、朝鮮戦争(韓国では「韓国戦争」)を取り上げますが、このテーマは非常に重要なので2回に分けることとします。

 まずは1回目として、朝鮮戦争を描いた小説『驟雨』(廉想渉・白川豊訳・書肆侃侃房)について話します。
  
 これを読んでくださっているほとんどの方がもちろん、朝鮮半島が南北に分断されていることはご存じでしょう。しかしそれをもたらした朝鮮戦争は、日本に生まれ育ち日本の教育を受けた人々にとっては、なかなかイメージを持ちにくい戦争です。3年にわたる戦い、韓国側の民間人犠牲者だけでも200万人以上(諸説あり)、と聞けばすさまじいとは思うけれども、その実相に対するイメージは、例えばベトナム戦争と比べても漠然としているのではないでしょうか。隣の国のことなのに。

 朝鮮戦争を韓国では「韓国戦争」と呼ぶ、と先に書きました。しかしそれよりも、「6.25」(ユギオ)という呼び方が広く用いられます。これは1950年の6月25日に、朝鮮民主主義人民共和国の軍隊が北緯38度線を越えて大韓民国に侵攻し、ついに戦争が勃発した日付を指します。

 韓国では歴史的な出来事を日付で呼ぶ例が大変多く、6.25はその筆頭です。「6.25戦争」または「6.25事変」というように使いますが、単に「6.25」と言うことが多いのです。会話の中で「うちのおばあちゃんは6.25のときに10歳だったから……」といった言い方は普通のことです。

 そして、朝鮮戦争を「6.25」と呼ぶという事実自体に、この戦争を理解するきっかけがあると思うのです。

 それがあくまで「開戦の日付」であるということに着目しましょう。これを、「8.15」と対比させてみましょうか。日本では「8.15」といえばすぐに終戦の日とわかり、毎年この日に大々的に記念式典を行います。しかし、日本が真珠湾攻撃を仕掛けた太平洋戦争開戦の日である12月8日(日本時間)にはあまり重きを置きません。あるいは日本が満州事変を起こした9月18日についても、同じですね。つまり戦争の出口だけを記憶し、入り口は記憶しないのです。

 しかし韓国では、朝鮮戦争の入り口である「6.25」を重大な記号として扱ってきました。この戦争は1953年の7月27日に休戦協定が成立しましたが、誰も「7・27」という日付を重大には扱いません(近年はそれを見直す動きもあるようですが)。

 この戦争が常に「6.25」と呼ばれてきたことは、韓国社会が絶えず戦争の始まりに着目し、その勃発の責任はどこにあり、あの悲劇をもたらした悪者は誰かを想起してきたことを意味します。それは、韓国社会における社会秩序と国家の安全保障を維持する上で欠かせない条件でありつづけてきましたし、また、再びこのようなことがあれば国を挙げて戦うという意思表明でもありました。

 ちなみに北朝鮮ではこの戦争を「祖国解放戦争」と呼んでおり、南北の明らかな違いがはっきりと出ています。このように、呼称一つをめぐっても朝鮮戦争には、日本で生まれ育ち教育を受けた者たちには未知の部分がたくさんあります。

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