ネット上の誹謗中傷と司法の課題  被害者を救済するために必要なことを明らかにする

文=雪代すみれ
【この記事のキーワード】
ネット上の誹謗中傷と司法の課題  被害者を救済するために必要なことを明らかにするの画像1

GettyImagesより

 『テラスハウスTOKYO 2019-2020』(フジテレビ、Netflix)に出演していたプロレスラーの木村花さんが亡くなったことを端緒に、彼女が浴びていたようなネット上の誹謗中傷への関心が高まっています。

 6月9日、約170人が集まり、ネット上の人権侵害に関するオンライン院内集会が行われました。司会を務めた社会学者の明戸隆浩さんは「木村花さんの件から急速に関心が高まり議論が進んでいますが、最近始まった問題ではなく、20年ほど前からネット上の誹謗中傷やヘイトスピーチに晒されてきた人たちがいます」と話します。

 院内集会ではネット上の人権侵害の実態や、現状できる対応、被害者救済のための課題などが話し合われました。その様子を一部レポートします。

上瀧浩子弁護士
京都弁護士会。2009年、京都朝鮮学園が在特会を提訴した裁判の京都朝鮮学園の弁護団に加わる。2014年から李信恵氏が桜井誠氏、保守速報、在特会を訴える「ヘイトスピーチ裁判」の代理人弁護士。著書に李信恵さんとの共著『#黙らない女たち』(かもがわ出版)。

清水陽平弁護士
2010年11月に法律事務所アルシエンを開業。ネット中傷対策、ネット炎上対策、メディア対応を専門としており、Twitter、Facebookに対する発信者情報開示請求について国内第1号事案を担当。著書に『企業を守る ネット炎上対応の実務』(学陽書房)『サイト別 ネット中傷・炎上対応マニュアル 第2版』(弘文堂)。

師岡康子弁護士
東京弁護士会。大阪経済法科大学アジア太平洋研究センター客員研究員。外国人人権法連絡会。著書に『ヘイト・スピーチとは何か』(岩波新書)共著『Q&Aヘイトスピーチ解消法』(外国人人権法連絡会編・現代人文社)『インターネットとヘイトスピーチ』(第二東京弁護士会人権擁護委員会編・現代人文社)。

ネット上で自分を攻撃している人が、現実世界で近くにいるかもしれないという恐怖

 上瀧浩子弁護士は、フリーライター李信恵(リ・シネ)さんの被害をもとに、在日朝鮮人が受ける誹謗中傷の実態について説明しました。

上瀧浩子さん(以下、上瀧):李さんは「保守速報」という2ちゃんねるのまとめブログで繰り返し誹謗中傷の被害を受けました。彼女への個人攻撃だけでなく、在日朝鮮人に対する差別的な用語もたくさんあり、100ページ以上の膨大な書き込みがありました。

内容としては「ババア」「ブス」「追軍売春婦」「出ていけ」といった言葉や、容姿を勝手に晒されるなどさまざまです。こういった被害から李さんは、誰がネット上の投稿を見て敵意を持っているかわからないという恐怖心から、タクシーに安心して乗れなくなるなどの精神的被害や、突発性難聴や頻繁な嘔吐など身体的不調も現れました。

また、李信恵さんは、社会常識として「何か悪いことをしたら攻撃される」という考えがあるので、「こんなに攻撃されるのは何か自分に悪いところがあるのではないか」と悩んだとも話していたと報告をしました。

また、自分個人の資質等が全て無視され、「朝鮮人だから」として矮小化されて取るに足らない者とされるため、自分が地域やPTAなどでしてきた努力が全て無になる喪失感があったとも話しています。

度重なるヘイトスピーチは過去に封印してきた体験や、関東大震災のときの朝鮮人大虐殺といった民族的な記憶を思い起こし、「累積的トラウマ」として残っています。李信恵さんに対する中傷は、表面上は李信恵さん個人に対して行われているのですが、その枠を超えて、隠れたターゲットとしての朝鮮人女性を想定しています。すなわち、李信恵さんに対する中傷は、朝鮮人女性が生意気な口をきくとこのような目に遭うのだというメッセージを発しているのです。また、「朝鮮人の女」と指摘された場合であっても、圧倒的なマイノリティである朝鮮人女性が李信恵さんと同様の恐怖を感じることは同じなのです。

このようなヘイトスピーチは、民族的マイノリティの女性がターゲットになりやすいのです。同じことを話しても、男性以上に、女性、とりわけマイノリティ女性に攻撃が集中します。これも複合差別であるとして、裁判所で主張したのですが、このマイノリティ女性には攻撃が集中するという点は、残念ながら裁判所では認められませんでした。

李さんは2014年に保守速報を訴え、勝訴となりました。ただ、裁判で全てが終わるわけではありません。社会がヘイトスピーチであふれることは、その社会で日常生活を送らざるを得ない以上、日常が不安と恐怖に満ち戦場化するということを意味します。李さんの被害や負担が、200万円の賠償金で回復できるのかは疑問が残ります。二度と自分について酷く書かれたネットの情報が誰の目にも触れない・自分が標的にはならないという状況でなければ、将来的な恐怖はなくなりませんし、社会を信頼できないのではないでしょうか。

発信者情報開示のための被害者の負担は大きい

 法律事務所アルシエンの清水陽平弁護士によれば、「ネット上での中傷への基本的な対応は、削除と特定」です。

清水陽平弁護士(以下、清水):実は知的財産権を除き、削除請求できる根拠はないのですが、判例上、人格権に基づく削除請求権は認められています。削除は裁判外請求でも比較的認められています。ただし、海外プラットフォーマーですと、規約に反するものしか削除しない対応をとることが多く、規約違反に当たるかの判断もシビアです。そうすると裁判手続きが必要になってきてしまいます。

被害者にとっては一刻も早く消してほしいと思いますが、裁判を行う場合ですと、削除までに1カ月~2カ月程度はかかります。

 削除はスムーズに行える傾向にある一方で、発信者情報開示にはさまざまな課題があるといいます。

清水:まず、発信者情報開示をするために、少なくとも2回の裁判が必須です。手続きとしてはサイトを提供しているコンテンツプロバイダ(例:Twitter)に仮処分を行い、コンテンツプロバイダからIPアドレス等の開示を受けた後に、アクセスプロバイダ(例:OCN、ソフトバンク)への本案裁判を行う必要があります。

2回というのは最低限で、例えば投稿者がUQコミュニケーションズの格安スマホを使っている場合には、さらにもう1回、場合によってはもっと多くの裁判が必要になってくることもあるんです。

発信者の同意がない場合に、任意で発信者情報を開示してくれる例はごく一部で、実質的に裁判を行うしかありません。2回裁判をするため、発信者情報の開示を受けるまでに時間を要してしまうのです。

2回の裁判手続きのうち、1回目と2回目の内容はほとんど同じであるため、2回目の裁判は本当に必要なのか疑問に感じます。現在は、開示されるまでに1年弱かかりますが、任意開示がされれば開示までの期間を短くできる余地があります。

 実際上、裁判が必要になるため、弁護士に依頼せざるを得ないケースが多く、被害者の費用負担も大きくなってしまいます。清水弁護士からは費用負担と賠償の現実についても説明がありました。

清水:実際にかかる費用は弁護士によるものの、50~100万円です。対して賠償される金額は慰謝料としては30~60万円です。慰謝料とは別で相手を特定するまでにかかった調査費用も請求できますが、裁判所が全額認めるケースは多くなく、認められてもかかった費用の2~3割、少ないと1割です。慰謝料と調査費用を合わせると、弁護士費用と同程度かこれを下回るケースは少なくないです。

これでは相手を特定しても、本当に被害救済になっているか疑問に感じます。賠償額は裁判実務の問題でもあるため、慰謝料の金額を上げることについて検討する必要があるのではないでしょうか。

 発信者情報開示のハードルについても詳しく説明されています。

清水:発信者情報の開示はプロバイダ責任制限法に基づいて行うのですが、開示された情報だけでは通信の特定ができない場合もあります。開示される情報はプロバイダ責任法4条1項が委任する省令に書かれているのですが、最近は通信の特定のために省令記載以外の情報を要求されることも少なくなく、そのため特定できないケースもあります。

総務省の「発信者情報開示の在り方に関する研究会」では、SMS(携帯電話番号)を開示情報に含む方向で話が進んでいます。電話番号がわかれば、弁護士法で定められている弁護士照会に基づいて、相手の特定がしやすくなります。ただし実態としては、電話番号が登録されていないサービスも多く、結局は裁判が必要になり、時間がかかってしまうのではないかと思います。

またTwitterやFacebookなど海外プラットフォーマーのサービスは、仮処分の呼出や送達に時間がかかってしまうという問題があります。解決案として、日本に拠点がある海外プラットフォーマーであるならば、日本法人への呼出・送達で足りるようにすればいいのですが、そのためには民事訴訟法の改正というハードルがあります。

 しかし、現行法で対応できる可能性もあるのではないか、と清水弁護士は考えます。

清水:会社法818条1項に<外国会社は、外国会社の登記をするまでは、日本において取引を継続してすることができない。>とあり、これに違反すると過料に処せられることが、会社法979条2項に書かれています。海外プラットフォーマーも日本で活動している以上、外国会社に登記をしなくてはいけないとなっているので、登記された場所に送達ができるはずです。しかし、きちんと守られていないのが現状でして、所管省庁がきちんと監督してほしいと思います。

誹謗中傷の定義を明らかにし、独立した第三者機関が迅速に対応できるように

 師岡康子弁護士は、総務省の「発信者情報開示の在り方に関する研究会」で挙がった課題と、議論していくべき内容について説明しました。

師岡康子弁護士:6月9日までに、2回研究会が開かれており、以下の4つの検討課題が出ています。

①制度改正にあたり、被害者の救済の円滑化と、適法な情報発信者のプライバシー・通信の秘密・表現の自由の両方の法益の適切な確保
②現行省令に定められている発信者情報開示の対象のみでは、発信者を特定することが技術的に困難な場面が増加していること
③権利侵害が明白でも裁判外で発信者情報が任意に開示されないケースが多いこと
④裁判外で開示がされない場合、裁判手続きに時間・コストがかかり被害者の負担大きいこと。特に海外の場合、訴状の送達に時間がかかること

 4つの検討課題は共有できる内容ですが、今後議論していくべき点がいくつかあります。①のバランスをとるためには、、「誹謗中傷」というあいまいな用語でなく、条文上に名誉毀損、プライバシー侵害、差別などのネット上の人権侵害情報の類型別の具体的な定義をした上で、禁止規定を置くことです。

ネット上に書き込みをする人やプロバイダにとっては、何をしてはいけないのか、何を削除しなくてはいけないのか明らかになり、また、権力による表現規制の濫用防止になります。

ヘイトスピーチ解消法では禁止規定がなく、実質ネット上のヘイトスピーチの歯止めとして機能していません。法律に差別的言動の禁止規定を入れ、違法とすることは抑止と被害者救済の面からも重要です。

また、③④で示されているように、被害者が裁判を行わなくてよい救済制度が必要です。この点、行政機関が直接介入すると濫用のおそれがあり、また、公人による人権侵害情報投稿に対応するのが事実上困難なため、独立した専門家による第三者機関の設置も重要です。最近では業界団体セーファーインターネット協会が「誹謗中傷ホットライン」を立ち上げています。業界団体の自主的動きは前向きな取り組みだと感じますが、公的枠組みなしでは海外事業者が従うのか等実効性の点で懸念があります。

そもそも被害者からすると、ネット上に誹謗中傷の書き込みがあり続けることは大変苦痛で、一刻も早く削除されたいものです。迅速な対応のためには、第三者機関が、発信者情報開示だけではなく、削除の可否についても審査し、業者に勧告できる仕組みにすべきでしょう。

以上より、技術的な改善のみならず、総合的なネット上の人権侵害対策のための法整備が必要なのではないでしょうか。

ネットに溢れるヘイトスピーチや誹謗中傷、差別する側の「表現の自由」が、差別される側の自由を奪っている

 インターネットはもはや生活必需品。スマホやパソコンは生活を便利にするツールだが、ネットの掲示板やSNSには悪意ある言葉が溢れ返っており、個人への誹謗中…

ネット上の誹謗中傷と司法の課題  被害者を救済するために必要なことを明らかにするの画像1
ネット上の誹謗中傷と司法の課題  被害者を救済するために必要なことを明らかにするの画像2 ウェジー 2020.01.20

(取材・構成:雪代すみれ)

「ネット上の誹謗中傷と司法の課題  被害者を救済するために必要なことを明らかにする」のページです。などの最新ニュースは現代を思案するWezzy(ウェジー)で。