『オールナイトフジ』で覚えた素人女子の“品定め” 過激化した「女子大生ブーム」の終焉

文=小林哲夫
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GettyImagesより

 素人の「女子大生」を集め人気を博した、『オールナイトフジ』というフジテレビの深夜番組があった。『オールナイトフジ』にはデビューしたばかりのとんねるずなど芸人も多く出演。1983年から91年まで続いた。1960年代から週刊誌等のメディアは「女子大生」の特別性を率先して煽ってきたが、その流れは80年代からいっそう加速した。

 教育ジャーナリストの小林哲夫さんが上梓した『女子学生はどう闘ってきたのか』(サイゾー)から、今回は1980年代〜90年代の「女子大生ブーム」を紐解く。

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『オールナイトフジ』で覚えた素人女子の品定め 過激化した「女子大生ブーム」の終焉の画像2 ウェジー 2020.08.09

『オールナイトフジ』の衝撃

 1983年4月、女子学生に司会や進行を任せたバラエティ番組が誕生した。フジテレビで放映された『オールナイトフジ』である。

 女子学生が音楽、映画、ファッション、スポーツ、グルメなどさまざまなジャンルの最新情報を紹介する。ときにはミュージシャンと一緒に踊ることもあった。

 女子学生たちは必ず「東海大学文学部の山崎美貴です」と名のり、画面には大学名、名前がテロップで流れた。まったくの素人である。台本は棒読みであちこちでつっかえ、たどたどしい、漢字も読めない。だが、この素人っぽさが普通の女子学生と受け止められ、夜更かしする男子大学生、高校生から支持されていた。ネットのない時代である。『オールナイトフジ』は最高の娯楽だった。

  平均視聴率は深夜の時間でありながら3.5%を獲得する。 最高視聴率は1989年3月25日の7.2%と驚異的な数字をたたき出した。

 番組プロデューサーは、それまで数々の音楽番組を手がけた石田弘である。

 1980年代前半、フジテレビ編成局長だった日枝久(現、フジサンケイグループ代表)は石田たちプロデューサーに「もっとアパッチなことを考えろ」と檄を飛ばす。同局が「楽しくなければテレビじゃない」というキャッチフレーズを掲げ、視聴率獲得競争ではほぼ1人勝ちしていた絶頂期が始まった時代である。

 まだ、『オールナイトフジ』が企画段階だったころ、深夜放映ゆえ視聴率は望めそうないと思われていたようだ。制作費はゴールデンタイム(19~23時)放映のドラマやバラエティ番組のようにつぎ込めなかった。

 そこで、石田は出演料のかからない素人に注目する。当時、萩本欽一が素人をとりこんだバラエティ番組『欽ちゃんの9時テレビ』が人気を集めていた。それを逆手にとって素人そのものを主役にしてしまえ、という発想だった。

 石田はこう振り返っている。

「時代が一億総中流意識になってきて、みんな娘を女子大に入れるものだから、私立の女子高がやたらと女子大を増やしていった時期なんですね。あげく『うちの娘はアメリカの大学へ留学させたい』なんて言う家庭が増えていったから、『テンプル大学日本分校』ができて、『アメリカ行かなくてもアメリカの大学入れちゃう!』という現象が起きてしまったんですよ。そんな時代になっていったんですね。これは面白いなと思って、『よし! 有名校から無名校、ピンからキリまで含めて女子大生を並べて学園祭ノリのバカ番組を作っちゃおう!』と。『私たちはバカじゃない!』『いや、バカだ!』みたいな番組をね」(Musicman net 2009年11月17日)。

 石田が語る「私立の女子高がやたらと女子大を増やしていった」というのは、具体的にどの大学だろうか。正確には「女子高」ではなく、女子高を持っている短大が四年制大学を作った、あるいは四年制大学に衣替えしたことを指している。また、男女共学化したところもあった。

 1980年代後半から1990年代までの新設大学は次のとおり(カッコ内は前身の短大)。

1987年 東洋英和女学院大(東洋英和女学院短大)
1988年 川村学園大(川村学園女子短期大) 恵泉女学園大(恵泉女学園短大)
1990年 聖徳大(聖徳学園短期大)
1991年 文京学院大(文京女子短期大。文京女子大として開校。2002年に現校名に改称)
1998年 学習院女子大(学習院女子短期大)

 なお、「アメリカ行かなくてもアメリカの大学入れちゃう!」とは、アメリカ大学日本校のことをいう。1980年代前半から1990年代にかけて、全国に30校以上、誕生した。

 大学と名乗っているものの、文部省(当時)から正式に認可されたわけではなく、日本では大学として見なされておらず、大学卒の資格(学士)は得られない。私塾に近い。

 しかし、日本校とはいえアメリカの大学に入学し、やがて本校を卒業したら海外で就職できるという触れ込みもあり、はじめのころは人気があった。アメリカでのキャンパス生活を夢見る女子学生が少なくなかった。『オールナイトフジ』には、テンプル大学日本校などの女子学生が出演している。

 しかし、アメリカ大学日本校はいずれも短命に終わってしまう。アメリカ式の厳しい教育についていけない、カリキュラムがずさんでまっとうな教育を行っていないなど、学生にも大学にも問題があるところが、いくつか見られた。入試難易度は日本の大学に比べて高くない。なかには無試験に近いところもある。高校の進路指導教諭は生徒に勧めることができなかった。

 10年もてばいいほう。卒業する前に閉校して他の教育機関に転校を余儀なくされるケースもあった。1990年代半ばになると。アメリカ大学日本校の多くは消えてしまった。

 『オールナイトフジ』のコンセプトで注目したいのは、「ひな壇に並べて好き勝手にしゃべらせる」であろう。これは青年の主張の発想だが、似て非なるものだ。規範性、道徳性が求められないという意味で、野放図な自由さがある。ここで無知をさらけ出してもよし、知性をひけらかしてもいい。女子学生が発信する場を持てたという意味は大きい。いわば解放区である。闘って勝ちとったものではなく与えられたものだが、享楽だけではない。ときに社会に向き合うなかでの悩み、社会へのメッセージが発信された。就職、恋愛、家族の問題などだ。

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