コロナ禍で見直される学校教育「無責任に正解を教えず、子どもの選択を尊重したい」

文=玉居子泰子
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GettyImagesより

 コロナ禍で「学校」という場所は大きな変革を求められている。集団教育、クラス作り、体験学習……withコロナではいずれもリスクが大きい。

 これまでのように一斉授業や行事が行えなくなったことで、ICTを使ったオンライン授業など、新たな教育方法も実践されている。現場の教師たちはこの変化をなんとか受け入れようとしているようだ。

 今回、取材を受けてくれたのは、私立中高一貫校の高校教諭、石田雄介さん(仮名・47歳)。勤務先では3月から5月末までの休校期間を経て、6月から分散登校による授業を再開したという。

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コロナ禍で見直される学校教育「無責任に正解を教えず、子どもの選択を尊重したい」の画像3 ウェジー 2020.08.09

 後半ではまず、文部科学省をトップとした日本の教育システムにおいて、今、どのような挑戦がなされているかを聞いた。

GIGAスクール構想は自治体頼み

 2019年に文部科学省が打ち出したGIGAスクール構想は、全国の子どもたちに1人1台の端末環境と通信ネットワークを整備することでICT教育を学校現場で実現させるとしたものだった。

 GIGAスクール構想は当初、2023年度までの実現を予定されていたが、今回のコロナ騒動もあり、今年度の補正予算により前倒しで実施されると言われている。

 だが、文科省の調査によると、一斉休校とほぼ同時に双方向型のオンライン授業を行った公立小中高等学校は、わずか5%(令和2年4月16日時点)。5月26日の時点でも15%にしか増えておらず、まだまだ十分とは言えない。

「ご存知のように日本の教育のトップは文部科学省で、その下に各行政の教育委員会があります。そして各学校の校長先生の指揮のもと、指導が行われます。GIGAスクール構想の実施にしても、今回の自粛期間中の投稿回数や、オンラインを使っての授業の有無なども、自治体の教育委員会に一任されているケースが多い。各学校の校長は、自治体が動き出さない限りは、勝手には動けないですからね」

 そう石田さんが言うように、オンライン授業を実施するかどうかも、もっと言えば休校を実施するか、分散登校を週に何度実施するかなどの指針も、まず各自治体の教育委員会が公式声明を出し、その発表の通りに学校からの指示が発せられるという流れだった。

「その点、私学の経営や運営に関しては私学振興課という行政の管轄はあるものの、教育委員会は無関係。だから割合、自由に動けますし、校長先生の権限のもと一人一人の教員に授業を任せてもらえたというのはあるとは思います」

 さらに石田さんがオンライン授業を通して、個々の生徒に寄り添う「サイドbyサイド」の指導を行おうと決めたのは、文科省が発信したある動画がきっかけだったという。

環境が100%整っていなくてもとにかく始める

 2020年5月11日、文部科学省は「令和二年度補正予算概要説明〜GIGAスクール構想の実現〜」という情報環境整備に関する説明動画を配信した。(YouTubeでも閲覧することができる

 この中で、ICT教育推進の中心人物であり、GIGAスクール構想の責任者でもある、初等中等教育局情報教育外国語教育課長・高谷浩樹氏は、「新型コロナウィルス感染症拡大に伴う休校措置に伴うお願い」として、次のような資料を用いて説明。新型コロナウィルス感染の第二波、第三波は必ず来るとした中で、ICTを使用して学習を止めないでほしい、たとえ受け手側のWi-fi環境が100%整っていなくてもとにかく取り組みを始めてほしいと強く推進している。

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<使えるものはなんでも使って、できることから、できる人から、既存のルールにとらわれずに臨機応変に、なんでも取り組んでみる>

 文部科学省課長からのこのメッセージに、石田さんは驚いたという。

「『臨機応変に』と言いますが、教育現場では本当に実現困難なことなんです。常に責任の所在を明らかにしないとなりませんから、むしろ現場の教師は臨機応変に動いたらダメというのが定説。でも、この動画では『現場の教師が、やれることをルールを守らなくてもいいから、やってください』と言っていますからね。それが私には感動的で。

 もちろんこれはオンライン授業のことを言っているのですが、だったら、いいか悪いかは別として、私が感じるように、一人一人の生徒に寄り添うような形で授業をやってみようと吹っ切れましたね」

「学校以外にも居場所があるよ」と伝えたい

 実際、石田さんは生徒からフィードバックのメールを受け取る中で、子どもたちが実は様々なことに困っているとわかった。

「コロナ休校中はやっぱり、朝起きられなくなったりやる気がなくなったり、鬱っぽくなる子もいました。登校を再開しても休みがちな子もいますね。また、親御さんが困っている状況にある場合、大人の大変さを子どもは敏感に察知します。親の困りごとを見て自分も不安になっていることを、何気なく相談されたりもしますよ」

 オンラインで使うテキストを自宅でプリントアウトをするにしても、それが大量にあるものだから、印刷代もバカにならないかもしれない。そんなことを心配する生徒もいた。

「話を聞けば、やっぱり今、家が苦しいと感じている。その子には全部私が自宅でプリントアウトして、テキストを送りました。もちろん勝手に特定の生徒だけにそういうことをするのは、許されているわけではありませんけどね」

 授業以外に何か取り組んでいる生徒がいれば、課題提出とは別に、応援し励まし、フィードバックを返した。休校解除後に、不登校気味で元気をなくしていた生徒には、休日にプライベートで参加する民間の討論イベントに誘ってみたこともあるという。

「その子は性的マイノリティについて周りに打ち明けられずに悩んでいて。でもその会にはいろんな世代のいろんな価値観を持つ人たちが集まるし、大人は絶対に説教や自慢話をしないというルールだから、来てみない? と誘ったのです。実際に参加して、すごく生き生きと自分の考えを話していましたね。そういう姿を見ると、学校じゃなくても、そういうところで友達を作ってもいいじゃないかと思いますよね。

 学校じゃなくてもいい。むしろ教師が『君の興味がありそうなこんな場所があるよ』と学校の枠を飛び越えた時に、新しい世界が広がります。そういうところで友達を作ってもいいんだよって、言ってあげられることも必要なんじゃないか、と思っています」

正解を無責任に教えるのではなく、子どもの選択を尊重したい

 学校が再開してからも、石田さんは子どもたちに「答え」を提示しなくなったし、求めなくなったという。

「何が正しいのか、正直大人だってわからないんだから。生徒たちに、『これが正解だよ』とは言えないですよね。『勉強を続けていたら絶対に目標が達成できる』とか『頑張れは夢が叶うよ』も、もはや言えないですね。甲子園はじめ、スポーツでも何年も目標を持ってやってきても、この事態で大会は中止になりました。『これを頑張れば、こうなれるよ』と提示して安易な動機付けや答えを与えるのは、無責任だと思うようになったんです。

 だから私は自分の授業を通して『あなたはどう思う?』と聞くようになりました。テストも、記述式で論じる問題を増やしましたね。情報がありすぎる世の中だから、それを選択して道を見つけるサポートをする意味も込めて。それがこれから教師に求められる仕事じゃないかという気がするんです」

 石田さん自身、中学3年生と中学1年生、二人の息子の父親だ。上の息子は現在、高校受験の勉強真っ最中。9月に延期になった修学旅行に参加するより受験勉強に励みたいと言うほど真剣に取り組んでいるそうで、塾通いを続けているという。

 一方、中学1年になったばかりの次男は、小学校時代にとあるスポーツの全国大会で優勝し、関西の私立学校から推薦を得て、スポーツ特待生として寮生活を送っているという。

「うちに関してはもう、自分のことは自分で決めろっていう方針なんですよ……。上の息子は公立中学に進んだけれど、あまり合わなかったんですよね。部活も先生とぶつかってやめてしまったし、生徒会の活動を『学校を変えたい』という思いで頑張っていたけれど、なかなか上手くはいかなかった。それで、高校はもっと自由なところに行きたいと志望校を決めて、今は受験勉強を頑張っています。それはそれで彼が自分で決めたことですよね。

 下の息子に関しては、もちろん中学生で親元を離れて欲しくはなかったです。親が寂しくて(笑)。でも、彼も自分のメンタルコーチと相談して将来像まで考えて決めたこと。応援するしかないですよね」

 withコロナの時代、学校のあり方や教師の役割は、これまで通りにはいかない。石田さんが言うように、子どもたちには大人や社会の矛盾がすでに見えていると、小学生二人を育てる筆者も感じる。学校ではない場所で、自分のやりたいことを見つける子どもたちも増えている。

 ただ、従来の教育機関がガラリと方向性を変えるのは難しいだろうとも石田さんは言う。

「枠組みの問題ですよね。これまで大きい枠を作ってそこに生徒たちを入れて、『ここなら安全ですよ』と言っていた。これからは小さい枠をたくさん用意して、個々にあった教育をしていかなきゃいけない。これまで何十年と築いてきた学校のシステムを変えるのは難しいし、教師にとっても大変なことです。元どおりの授業、学校のあり方に戻そうと必死で頑張っている先生方もいますから。でもだからこそ、そうした変化が実現できるかどうかは、やっぱり個々の教師にかかっているんじゃないか、私はそう信じています」

 学校を批判するのではなく、学校だけを信じるのでもなく、子どもたちが必要としているサポートを提供し続ける。それが今、教師だけでなく、保護者にも求められていることだ。新型コロナウィルスという病いのために苦しむ人は多いが、この困難の中、本当に必要なことを自分たちで選び取る強さを、子どもたちに伝えていけるようになりたい、と思う。

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