スティーヴン・スピルバーグが描けないもの~ロマンス映画の不遇

文=北村紗衣
【この記事のキーワード】

『カラーパープル』のキス

 『オールウェイズ』であまり男女のロマンス映画が撮れないことを示してしまったスピルバーグですが、さらに苦手としているのがレズビアンのロマンスです。スピルバーグがおそらく初めてこのテーマに取り組んだのは『カラーパープル』(The Color Purple, 1985)で、アフリカ系アメリカ人の女性作家アリス・ウォーカーが1982年に刊行した書簡体小説の映画化です。アメリカ南部に住む黒人女性セリーをヒロインとする大河小説で、性差別や人種差別の生々しい描写が特徴です。

 この小説には、少女時代は父から、結婚後は夫から虐待を受けているヒロインのセリーが、夫の愛人であるバイセクシュアルのブルース歌手シャグと恋に落ちるという女性同士のロマンスが描かれています。

 原作ではこの恋愛は相当なページ数を割いて非常に情熱的なものとして描かれ、セリーの精神的な成長に大きな影響を及ぼします。しかしながら映画ではセリーとシャグの恋愛はあまり重点が置かれなくなり、キス程度の描写に抑えられました。エロティックだったり、ロマンティックだったりするような雰囲気もそれほどなく、むしろやたらほのぼのした感じになっています。

 原作の情熱的なレズビアンのロマンス描写をトーンダウンさせたため、映画は著者のウォーカー自身を含めたさまざまな人々から批判を受けました。

 ウォーカーは「映画では女性はほとんど皆お互いにキスをしているので、セリーとシャグのキスの意味が弱くなってしまった」(The Same River Twice, p. 168)と回想しています。スピルバーグ自身が後のインタビューで、原作をそのまま映画化するとPG-13(子供でも見られる指定)にならないと思ったし、エロティックな恋愛を描くという点では自分は「シャイ」で「向いていない監督」だったので「単純なキス」にまで描写を減らしたと言っています。

 ただし、スピルバーグは同じインタビューでこの場面を変えたいとは思っておらず、自分の作る映画のトーンにはあれで合っているのだという考えを述べています。

 『カラーパープル』の恋愛描写はあまりうまいとは言えないものの、1985年に作られたという背景を考えれば仕方ないと思えるところもあります。この映画はそれまでSFやアクションなどで活躍していたスピルバーグが初めて人間ドラマに挑戦した作品で、露骨なアカデミー賞狙いだと言われますが、1985年にアフリカ系アメリカ人女性を主役にレズビアンのロマンスを織り込んだ大作を作ったというだけで先進性は評価できるでしょう。

 35年前のハリウッド大作のレズビアン描写としては、ほのぼの系が精一杯だったのかもしれません。また、スピルバーグの経歴からしても、大人の恋愛を情熱的に描くにはいささか慣れが欠けていたのかもしれません。ただし、背後にアカデミー賞狙いがあったとしたら、わざわざ苦手分野の中でも難しいほうの地雷原に突っ込んで行ったように見えるところもあります。

『レディ・プレイヤー1』の逃げ

 スピルバーグはその後、さまざまな人間ドラマを撮り、女性の描写などについても相当に腕を上げました。

 脇役ではありますが、『リンカーン』(Lincoln, 2012)でサリー・フィールドが演じたメアリー・トッド・リンカーンはこれまでのリンカーン夫妻に関するステレオタイプを避けたしっかりした描き方だと評価されましたし、『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』(The Post, 2017)でメリル・ストリープが演じるヒロインのキャサリンは極めて奥行きのある女性です。

 しかしながらこの作品の次にスピルバーグが作った『レディ・プレイヤー1』(Ready Player One, 2018)では、『カラーパープル』同様、レズビアンを描く時におそろしく「シャイ」になってしまうという欠点が出ています。この映画にはヘレン(ヴァーチャル空間では男性のエイチ)及びサマンサ(ヴァーチャル空間では女性のアルテミス)という女性が登場し、この2人の両方にレズビアンを連想させる描写があるのですが、キスなどの明確な描写は一切ないまま終わってしまっています。

 『レディ・プレイヤー1』でリナ・ウェイスが演じているヘレンは、明らかにレズビアンだと思われるキャラクターです。現実世界では黒人女性なのですが、ヴァーチャル空間である「オアシス」では強面の大男エイチのアバターを使っています。現実世界のヘレンは中性的なファッションセンスで話し方や立ち居振る舞いもボーイッシュな感じで、いわゆる「ブッチ」なレズビアンに見えます。

 ヘレンは原作であるアーネスト・クラインの小説『ゲームウォーズ』でははっきりレズビアンとして描かれているのですが、映画では注意して見ていないとわからないようになっており、さらに人種差別についての描写が映画でかなり省略されたことともあいまって批判の対象になっています

 唯一、ヘレンがおそらくレズビアンだとわかるのが、ホラー映画『シャイニング』のヴァーチャル模型空間の場面です。ヘレンはオアシスでエイチになっている時、『シャイニング』の部屋で全裸の美女に誘惑されてちょっとその気になってしまいます。美女にキスしようとした直前、エイチは相手の女性が実際は体が崩れかけた老女で、おそらく亡霊か何かであることに気付いて逃げ出します。

 実はこの場面ではエイチの正体が女性だということはまだ映画の中では明かされておらず、おそらくみんな男性だと思って見ているのですが、この後でよく考えるとたぶんヘレンはレズビアンだとわかるという展開です。この場面については、まあ『シャイニング』のオマージュなのでこうなるのも仕方ないのですが、男の姿であってもヘレンは女性とキスさせてもらえないとも言えます。

 もう一カ所非常にレズビアン的なのが、この直後、アルテミスがゾンビのダンスパーティをクリアしようとする場面です。アルテミスはゾンビを蹴落とし、このステージのヒロインと言えるキーラにダンスを申し込みます。ブルネットの短い髪を逆立ててスリムなズボンを履いたアルテミスが、ジャズエイジ風のドレスに身をまとったブロンドのキーラを社交ダンスの男役の仕草で踊りに誘うところは、おそらくこの映画で一番セクシーな場面です。しかしながらキーラが待ちわびていたと言って承諾した瞬間にこのステージは終わってしまい、アルテミスとキーラのダンスを見ることはできません。別にダンスくらいなら年齢制限の問題で子供が見られなくなるということはないと思うのですが、それでもこの映画では描かれないのです。

 『レディ・プレイヤー1』は、『カラーパープル』以来のスピルバーグがレズビアンを描く時にどうしてもシャイになってしまうという苦手意識が非常によく見て取れる作品です。女同士のエロティックな感情が描かれそうになると肩透かしみたいにそれがなくなる、という箇所が2つもあります。監督として成熟したスピルバーグですが、女性同士の情熱を描くことについては上達していなかったようです。

1 2 3

「スティーヴン・スピルバーグが描けないもの~ロマンス映画の不遇」のページです。などの最新ニュースは現代を思案するWezzy(ウェジー)で。