『ゴッドタン』で女芸人が浴びる偏見をさらしたピン芸人・ヒコロヒーが普段考えていること

文=ヒコロヒー
【この記事のキーワード】

『ゴッドタン』で女芸人が浴びる偏見をさらしたピン芸人・ヒコロヒーが普段考えていることの画像1

 第7世代を筆頭にお笑いブームが続く今、若手芸人がテレビに出る機会が増えている。そんな中、若手の発掘に定評のある『ゴッドタン』(テレビ東京)で話題をかっさらったのが、松竹のピン芸人ヒコロヒーだ。

 6月14日に放送された同番組の「お笑いを存分に語れるBar」企画に登場した彼女は、芸人界のジェンダーをネタにした漫才を披露し、フリートークでも「上野千鶴子先生の本を読んでみてほしい」「女性がかわいくなったことに男性の存在があるって、男性の妄想ですね」と語り、視聴者にインパクトを残した。テレビのバラエティ番組で「当たり前のようにフェミニズムの話をする人」というのは、日本の芸能界において、特に芸人では珍しい存在だ。

 それから2カ月余りがたった今も、ヒコロヒーのもとには反響が届いているという。寄せられる共感に、恐縮しながら彼女が返す応答とは――。

『ゴッドタン』で女芸人が浴びる偏見をさらしたピン芸人・ヒコロヒーが普段考えていることの画像2

ヒコロヒー
1989年生まれ、愛媛県出身。「ヒッコロコント」と称するコントを行うピン芸人。松竹芸能所属。2019年の「M-1グランプリ」で先輩芸人みなみかわとユニット漫才を披露し、話題に。
Twitter:@hiccorohee0016
note:https://note.com/hiccorohee0016

 

 私みたいなものが世間様からジェンダーに関するおたよりをいただく事が増えている。

 自分のようないち芸人の端くれがそんなおたよりをいただくだなんてちゃんちゃらおかしな話ではあるのだが、きっかけは普段はピン芸人として活動している私が、昨年、男性芸人の先輩と即席で組んだ漫才ユニットで男女コンビとしてお笑い界のジェンダーバイアスを取り扱ったものをテーマとして選んだためだろうと思われる。

 それをM-1やバラエティ番組などで披露すると各所から想像以上の反響をいただき、その名残として皆さんから「こいつそんな感じなんやな」というあんばいでおたよりをいただいているような雰囲気なのかなと理解している。

 特に男女問わず10〜30世代くらいからの反響は凄まじく、その悩みの種類の多さとジェンダー問題への関心の高さに驚かされ、そして自分が作り出した漫才がまさかこのような社会派媒体でコラムを書かせていただくところに行き着いている事にひどく恐縮な思いすらある。もしかしたらこれは完全に爆誕させていただいているのかもしれない。

 数あるおたよりの中で、最も多かったのは「自分が日頃思っているけど言えない事を代弁してくれて嬉しかった」的なものだった。

 私としては、いち芸人として自分が感じる日常の不満をお笑いに変換しただけのことだったので、そんな良いものではないんですという恐縮な思いがあり、ましてや自分の不平不満を述べているだけで誰かの何かを代弁しようという気合いは皆無だったので「ちょっとすんません、そんな言うてもらえるようなあれでは……」という気まずさもあるのだが、それほど世間の人たちの悶々としているものが大きかったのだろうという事も強く感じた。

 「上司にこういう事を言われても空気を読んで笑っている」「飲み会でこういう事をされても受け流している」「受け流さないと自分がヒステリックな感じになる」「嫌な事を嫌だと言えない自分が嫌だ」などなど、内容はさまざまである。

 そんなつもりで作ったネタではなかったにせよ、そういったおたよりを読んでいると自分自身もいろいろと考える機会となった。

 ジェンダーバイアスというのは何も女性だけが感じるものではなくて、男性も「背が高くないと」「スポーツができないと」「女性に奢らないと」「仕事して稼がないと」「良い車と良い時計をしないと」などのバイアスを感じた事のある人はいるのではないかと思う。「男らしく」「女らしく」というスタイルが好きでそれが楽しい人はそれを目一杯に楽しむ事ができるし、はたまた「男だけど化粧が好き」「女だけど結婚したくない」という、いわゆる固定概念的ではないスタイルが好きで楽しい人はそれを目一杯に楽しむ事もできていいに決まっている。

 もちろん後者も現実的には可能なのだけれど、簡単ではないのかもしれない。それは私たちの中に潜む微妙な偏見によってなんとなく怪訝な目で見られるからだ。その怪訝な視線を当事者たちが繊細にキャッチして深い「怯え」を生み、その怯えが、「らしくない」というスタイルを楽しむ事の邪魔をしてしまうのではないだろうか。

 私自身、デパートの化粧品売り場に男性が一人でいると「オッ?」と勝手にドラマ性を感じてガン見してしまったり、男性に割り勘を提案されると(な、そんな……2800円の会計……? わし1500円……? お、多め……)と勝手に被害者づらをしてしまう事があるので、自分としても気を付けなければならないと気を引き締める次第である。(でもやっぱり2800円の焼き鳥代くらいは奢られる女になりたいと私は思うのだが、これもバイアスに加担しているのだろうか、ちょっとそのくらいの情けない愚痴は言わせてほしいところである。)

思っていた私じゃなくても、落胆したりしないでほしい

 そしてもっと大きな枠で言うとこの社会に潜むバイアスはジェンダーに限らない。「言いたい事を言えない」「嫌だと思っても我慢してしまう」「嫌だと言うと自分が組織の中で異質になってしまう」という怯えはきっと男女問わず全員が一度は経験した事があるだろうし、そしてそのたびに私たちは自分が傷ついているのに傷ついていないふりをして笑ったり、不愉快だという気持ちを自分でうやむやにして我慢する。私にも経験がある。きっと、みんな、ある。

 今そういうつらい思いをしている人には、そうしてあなたが場の空気を適切に読める力を、自分を苦しめるためではなく自分を幸せにするために使う事ができる事を忘れないでいてほしいと思う。あなたが本音を隠せる自制心も、傷ついていないふりをするしなやかさも、不愉快だと感じても笑って済ます穏やかさも、その場を耐え忍ぶ強さも、誰かや何かのバイアスに怯えてその苦しみを助長させるためにあるものではなくて、自分を幸せにするためにゴリゴリに使いまくっていけるし、あるいは他の誰かを救えたりするものなのだと知っていてほしい。

 そして何かの拍子に勇気を持って声をあげた人を、その声を、揶揄したり冷笑したり疑ったりする雰囲気が少しずつでもなくなっていけば良いし、そうして声をあげる事は、次の世代に私たちと同じ思いをさせない事に少しずつ繋がっているはずだという事も忘れたくはないねえと、誰にでも言えるような言葉を置いておく始末である。

 最後に、いやお前誰やねんどの立場やねんと思われていると思うので記しておきたいのだが、私はただのしがない芸人である。こんなふうに偉そうに社会のバイアスについて意見を述べさせていただいているが、私はお笑い芸人で、不謹慎なお笑いも好きだし、誰かや何かをばかにするような嫌~なお笑いも好きだし、自分自身、取りたくなればそういう笑いの取り方をする時はこれまで余裕であったし、これからもきっとある。

 いつかあなたが何かの拍子に私を見かけた時、あなたの思っていた「ジェンダーバイアスの代弁者」の姿の私じゃなくても、どうか落胆したり絶望したりブチギレたりしないでほしい。芸人として、面白くなくて落胆させてしまう事はないように努める気概はあるけれど、こういった発信だけで自分に期待をしていただいてもきっとどこかであなたの期待から外れる発言をする瞬間があると思う。なぜなら私にとって最も大切なものはお笑いで、それは私が10年の人生をかけてやってきた事で、優先順位はジェンダーバイアスについて物申すことよりも随分上にあるものだからである。

 とはいえ表に立つ人間としてさまざまな意識は高めていかなければならないし、私も引き続きいろいろな問題を勉強し続ける事を辞めてはいけないと考えている。そしていつかあなたが私を「ジェンダーの人」と思わなくなる日がくるように、私は芸人としてしゃかりき精進していく必要があると、いつも以上に尻を叩いていただいているような感覚である。「おい! あのジェンダーの人、ばりスベってるやんけ!」と思われないように、なんとかイケてる姿でお会いしたいものである。

「『ゴッドタン』で女芸人が浴びる偏見をさらしたピン芸人・ヒコロヒーが普段考えていること」のページです。などの最新ニュースは現代を思案するWezzy(ウェジー)で。