運動が苦手でも、体育の授業がつらくても、スポーツは楽しめる。「スポーツ弱者をなくす」ゆるスポーツの普及

文=澤田智洋
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「スポーツ」に当たる言葉が、ドイツには3種類ある

 明治時代、近代化の波のなかで、様々な西洋語が翻訳された。それまで日本語になかった概念を漢字で表し、「社会」や「政府」といった言葉が生まれたのもこの頃。「スポーツ」はそこで「体育」と訳された。当時は国際戦争を戦い抜くための軍事教育としての趣が強かったのはいうまでもなく、現在でも体育という言葉にはスパルタでストイックなイメージがつきまとう。「体育会系」というと、縦社会において従順な人材を創出するシステムと捉えられることも多いだろう。

 しかし、本来の「スポーツ」の語源を辿ると、もっと多面的で、息抜きや余暇として楽しまれてもいいものなのだ。例えば、日本語でのスポーツに当たる言葉が、ドイツには3種類ある。

 「トゥルネン」運動と呼ばれる、愛国主義を高めるために用いられていた体操。一般的に私たちがスポーツ、ときいて思い浮かべるアスリート競技としての「シュポルト」。さらに、「フェラインシュポルト」と言われる、レクリエーションやリハビリとしての市民のためのスポーツ。この3つ目は、ゆるスポーツに近いかもしれない。人間の営みが繰り返されるなかで本質から外れていくことはままあるが、軍事体操の方に寄っていってしまった体育を、本来的なスポーツにチューニングして戻していく、というのもゆるスポーツの目的だ。

 2019年2月にスポーツ庁が発表した「スポーツの実施状況等に関する世論調査」によると、週1日以上運動・スポーツをする成人の割合は55・1%だった。これは逆にいうと45%、半数近くの日本人は日常的にスポーツを全くしていないということになる。娯楽としてのスポーツは、まだハードルが高いのだろうか。この45%の人たちも楽しんで参加したくなる「ゆるスポーツ」がさかんになったら、娯楽の面でも健康の面でも、より豊かな社会が実現できそうな直感が働いた。

 ちなみに、昨年の大河ドラマ「いだてん」が記憶に新しい、嘉納治五郎(かのうじごろう)が創設した大日本体育協会。これを前身とする日本体育協会は、2018年に日本スポーツ協会、と名称が変更となった。また、「国体」と親しまれてきた国民体育大会も、2023年から国民スポーツ大会と名称変更することが決まっている。かつての軍事教育としての「体育」から脱却し、レジャーや余暇といった意味も含んだ「スポーツ」へと、時代は変化している。

 これまでに私たちが生み出したゆるスポーツは、80競技を超えている。

 例えば、「トントンボイス相撲」。トントンと指で土俵を振動させて行う紙相撲をリニューアル。プレイヤーが「トントン」とマイクに向かって声を出せば、その声の大きさに応じて土俵が振動したり光ったりする紙相撲だ。これは、相撲が好きな高齢者の方々に向けて考案したゆるスポーツ。声を出さないことが増えて、喉の筋肉が弱ってしまう高齢者にとって、誤嚥性肺炎は命を落としかねない病気だ。トントンボイス相撲に興じれば、夢中になるうち自然と声が出るので、喉のリハビリができる。福祉の現場との協力で生まれたこの競技は商品化されて、すでに3万台を販売した。こういう方のために作ろう、と対象者を絞って考案したスポーツほど、結果的には広く楽しまれることが多いように思う。

 本来的なスポーツに戻していくのが目的、と先ほど書いたこととは相反するようだが、既存のスポーツの概念を覆していきたいという思いもある。先ほどの高齢者向けのスポーツであれば、三つの症状に効く「薬」としての役割を担えるのではないか。一つは、フィジカルな症状で、トントンボイス相撲でいうと、喉のリハビリになるという点。二つ目はメンタル面で、少し鬱っぽいなという人にも、気晴らしになるという点。三つ目はソーシャルな部分で、社会から孤立していると感じた人が、ゆるスポーツを一緒に行う人たちと繋がれるという点。スポーツをこうした諸症状に効く薬として処方する、という新たな可能性も感じている。

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