ビジネス書や教育本が、期待通りの効果を生まない理由

文=畠山勝太
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Getty Imagesより

 元気ですかー? ちまたには教育に関する情報が溢れています。大人向けの教育学(アンドラゴジーと言います)に基づくビジネス書であったり、初等・中等教育に通う子供の保護者向けの教育本であったり、就学前の子供の保護者向けの育児本であったりします。

 その中の少なくない割合の本が、科学的な吟味がなされていない個人の体験や見解に基づくもので、信用にたる情報でない場合がほとんどです。そうした本にすがってしまう人々がいるのは、残念ではありますが、最近のイソジン騒ぎなどを見ていると、さもありなんという感じがします。

 しかし、「科学的な吟味がなされた知見に基づく教育本を読んで実践してみたが、効果がよく分からなかった」という体験をしたことがある人もいるのではないでしょうか。

 実はそのようなことは比較的よく起こるものなのです。一つの理由が効果の異質性です。最も有名な事例の一つとして、幼児教育の重要性が挙げられます。

 元々「貧困層の黒人の子供に対する良質な幼児教育は費用対効果が大変高い」という研究だったのにもかかわらず、「貧困層の」という部分が抜け落ちて広まったことで、家庭の育児環境が良く、追加的に幼児教育への投資を増やしてもそこまでのリターンが見込めない層でも実践されてしまったという話を少なからず聞きます。あれだけ幼児教育に投資したのに思ったほどは効果が無かったと感じる人々が、タイミング的にそろそろ多く出てくるんだろうなと思っています。

 もう一つの理由が、研究室での実践の再現の難しさです。今回はこれに関連する面白い論文が出ていたので、以前の記事でも紹介した成長思考を事例にお話してみようと思います。

成長思考は「知力も鍛えれば成長する」ということ

 以前、「女子の理系離れが起きる6つの理由 男女の賃金格差解消の肝となるSTEM教育を促進するには」という記事の中で、日本の女子教育に取り組むための一つの武器としてGrowth Mindset (成長思考)について言及しました。

 成長思考を簡潔に説明すると、知力も鍛えれば成長するものなのでどんどん難しいことに挑戦して鍛えていこう、と訴えかけて行動変容を促すものです。対比となる「固定思考」は、能力は生まれつきのものなので鍛えても意味がなく、難しいことに挑戦するよりも、失敗しない事の方が大事、というもの。成長思考を持った人は固定的な思考を持った人よりも、大人であれば社会的に成功しやすく、子供であれば成績が良くなりやすい、と言われています。

 米国も、トップエリートを除けば、日本に負けず劣らずジェンダーに関して保守的な国です。この成長思考を使えば、理系は男子のものという固定的な思考を打破して、「STEM系への女子進学」という課題を解決できるのではないかと考えられています。

 しかし、アルゼンチンで、成長思考が勉強への意欲や学力を向上させるのかを分析した実験で、何も向上されなかったという結果が出てしまったのです。

 ただしこの実験結果は「成長思考は存在しなかった」ということを意味するものではありません。

「成長思考は存在しない」は本当?

 アルゼンチンでの実験では以下の事が行われました。

 まず、サルタという地域の公立学校をランダムに二つのグループに分け、一つのグループには何もせず、もう一つのグループには研修を受けた教育省の人を派遣して次の事をしました。

①筋トレをすると筋肉が強化されるように、勉強をするとニューロンの繋がりが強くなる
②研究でもそう証明されている
③知性は難しい問題に挑戦していく事で向上していくものなので、バカとか賢いと人を分類することは意味がない

 という3つのパートからなる文章を生徒たちに読ませて、文章から学んだ事と今後どのようにクラスメイトを助けていけるかを書いてもらい、それをクラスに掲示する、という比較的シンプルなものです。

 これまでの研究に基づくと、成長思考が子供達に根付くと、①生徒の自尊心が向上し、難しい問題にも挑戦していき、②どんどん勉強するようになり、③成績が向上する、という事が起こると予想されます。

 しかし、アルゼンチンでの実験では、①生徒の自尊心も向上しないし、難しい問題に挑戦するようにもならない、②勉強の熱心さも向上しないし、③成績も向上しない、という散々な結果となったのです。

 ただし先ほども述べた通り、この結果から「成長思考で子供の学力が向上するというのは誤り」だと考えるのは早計です。なぜなら、実際に「成長思考で子供の学力が向上した」となっている研究結果も多数あるからです。

 重要なのは、結果が出た研究と、出なかった研究で、何が違うのか?、という点です。論文の著者は色々と要因を探っていますが、一つの重要なポイントは、結果が出た研究の多くは研究者が小規模な実験を自分で行ったのに対し、この研究を始め、他の結果が出なかった研究は、行政が実施した大規模な実験であったという点です。

思考はなかなか変えられない

 国際教育政策の分野では、教員研修はほとんどの場合で効果がないと考えられています。これに照らし合わせれば、研修を施した現地の官僚を学校に派遣して成長思考を子供達に植え付けようとしたところで、まず上手くいかないだろうなとは思われます。

 なぜ教員研修を通じて変化を起こすのが難しいのかというと、教員も人間だからです。つまり、教員自身が教員になる前に受けてきた教育経験というものがありますし、研修の前まで教員として行ってきた教育実践というものがあります。教員の経験に沿ったものを研修を通じて教員に身に付けてもらうことは容易ですが、そうでないものは難しくなります。

 一例として体罰防止が挙げられます。体罰はダメですよという研修を実施しても、自身が体罰を受けてきたし、教員として体罰を行使してきていた場合、ちょっとやそっとの研修では、「体罰はダメだ」という思考に変えることはできません。

 このアルゼンチンの事例でも、教育官僚がこれまで成長思考に近いものを持って学んできた・職務に当たってきたのであれば、研修で成長思考を理解させ、それを学校に行って生徒達に教えてきてもらうことは可能ですが、固定思考を持っていたのであれば、そもそも生徒達に成長思考を適切に教える事すら不可能となります。

 これはスケールアップ問題と呼ばれるものの一つではあるのですが、理想的な状況で小規模に実験したらよい結果が出たのに、大規模に実施したら、理想的な状況で行われたものが変質してしまい、良い結果が出なくなってしまった、ということはしばしばみられるものです。

まとめ

 科学的な知見に基づいて執筆された教育本通りにしたのに、上手くいかなかった場合にも、アルゼンチンの事例と全く同じことが起こっている可能性があります。

 科学的なプロセスを経た知見であっても、結局のところそれを実行するのは、研究室の中のトレーニングを受けた研究者ではなく、自分自身の教育経験があり、それに基づく何らかの価値観を有している読者です。その科学的な知見が、自身が持つ経験や価値観から離れたものであればある程、正確に知見を読み解いて実施したつもりでも、そこから外れてしまい、中身が変質してしまいがちです。

 言い換えると、たとえ教育本に書かれている内容が科学的な知見であっても、個人の経験に拠って合う合わないが出てきてしまうので、一気に内容通りのことをするよりも、ステップバイステップで合わせていったり、まずは合いやすいものを選択していくことが必要になることもある、ということです。

 かくいう私も、いきなり国際機関に戻って成長思考を広めるプロジェクトを実施しろと言われても、やはり自分の知識や経験に基づいて成長思考を解釈してしまうので、なかなか上手くいかないはずです。成長思考の、「訓練で能力は伸びるし、努力は大事」、というエッセンスの部分を何度読んでも、「元気があれば何でもできる。行くぞー!」という燃える闘魂との違いが分からず、途上国で成長思考ではなくストロングスタイルを広める結果となりそうです。

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