別姓を選んだ夫婦の子ども「かわいそうな存在だと思うか」に意見

文=和久井香菜子
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GettyImagesより

 選択的夫婦別姓についての認知は日に日に進み、朝日新聞が今年1月に実施した全国世論調査では、69%が選択的夫婦別姓に「賛成」。50代以下の女性においては、賛成派が8割にのぼる。自民党支持層でも賛成63%は特筆すべき変化だろう。

 一方、根強い反対論の理由のひとつに「子どもがかわいそう」がある。「親の名字が違うと、子どもがいじめられる」「家族の絆が薄れる」というのだ。

 では本当に事実婚夫婦の子どもは「かわいそう」なのだろうか。名字を理由にいじめられ、家族の絆は薄いのだろうか。当事者の声を聞く貴重な機会があった。

「かわいそうと思ったことは一度もない」

 6月22日、事実婚や国際結婚をした夫婦の子どもたちが本音で語り合う「別姓家庭で育った子どもたちの座談会」が開催された。「選択的夫婦別姓・全国陳情アクション」が主催するこの座談会には、小学4年生から28歳までの別姓夫婦の子どもたち6人が参加した。また会場には14名もの国会議員が参加し、子どもたちの意見に耳を傾けた。今回はこの模様をレポートしたい。

 座談会ではまず全国陳情アクションの代表・井田奈穂さんがダイレクトに、「自分たちをかわいそうだと思うか」と聞いた。すると全員が「NO」というカードをあげた。

「皆さんも幼少期に、友達の親の姓がどうかなど気にしなかったと思うんですよね。それで僕自身いじめられた経験はありません。『子どもの姓が親と違うとかわいそうでは』という意見はけっこう的外れだなと、個人的には思っています。子どもは自分の環境をありのままに受け入れて育つと思っているので、『かわいそう』という意見には真っ向からノーと言わせていただきます」(日髙稔基さん 25歳 弁護士)

「同じく物心ついたときには両親は別々の姓でした。それでも家族として同じ空間で生活をしています。一体感もありますし、家族だなと認識できる生活を送っていましたので、かわいそうということは一切なく、幸せな人生を歩んできたと考えております」(松浦将也 24歳 金融機関勤務)

「(自分をかわいそうだと思ったことは)今まで一度もないです」(小池真実 18歳 大学1年生)

 参加者のなかで最年少となる小学4年生のひびきさんも「自分をかわいそうだと思うか」という問いには「ないです」と即答していた。

 そもそも全員が「両親の名字が違うことを意識したことがない」といい、「選択的夫婦別姓」という言葉も最近まで知らなかったという。

 いじめを受けた体験についてはどうか。

「両親は事実婚ですので、ずっと家の表札が父親の姓と母親の姓の両方が掲げられていました。小学生のときに友達が家に来たときに『なんで姓違うの?』みたいに聞かれたんです。特段どうとも思っていなかったんですけど『かっこよくね?』って流していました。そうするとだいたいみんな『ほー』みたいになって、結局その場はスルーでいつも通り遊びに戻るんですよ」(日髙さん)

「小学校のときはそもそも自分自身も両親が別姓であることについて、きちんと理解はしていなかったので、疑問に思いませんでした。友達に『自分の両親は名字が違うんだよ』って教えたとして、『なんで?』って言われても『いや、なんでなんだろうね。僕自身も普通の家族だと思うんだけど、なんかあるらしい』みたいな感じで説明していました。で、中学高校と上がるにつれて、僕は少しずつ田舎から東京のほうに出てきたので、両親の名前について語る機会が減っていき、とくに両親が別姓であることで友達関係に問題をきたすことはなかったです。成長につれて認識が変わったというよりは、そもそも両親について話す機会が減った、っていう感じですね」(小泉知碩 21歳 大学4年生)

「高校生になるまで別姓について知らなかったので、友達に『なんで?』って聞かれても『べつに離婚はしてないけど』って答えていたので、自分もよく知らなかったし、友達もそんなに踏み込んでくる子もいなかった」(小池さん)

 子どもたちは意外と、よその家庭の事情に踏み込まないようだ。あれこれ詮索し、偏見の目を向けたがるのは、大人たちの方なのだろう。そもそも「別姓婚の子どもたちはいじめられる」のだとしたら、問題はいじめる側にあり、いじめられる側が“いじめられる理由”を改善すべきだなどというのは言語道断である。

 興味深いのは、「聞かれて煩わしい」という意見があったことだ。人は状況が自分と違うこと、珍しいことを聞く。聞かれたほうは、1度なら気にしなくても10回聞かれれば煩わしくなる。別姓が選択できるようになり「同姓の夫婦もいれば別姓の夫婦もいる」ことが周知されれば、つまり別姓が珍しくなくなれば、このような問題はなくなり、解決してしまうだろう。

「自分自身は父方の名字ですけれども、母親の名字で呼ばれたり、とくに深い意図もなく『なんで違うんだ?』と聞かれたりなどということがありました。個人的にダメージはなかったんですけども、正直煩わしいとは思いました。みんなが夫婦別姓を認知することによって、とくに聞かれもしない状況は、今後目指していくべき姿なのかなと考えています」(松浦さん)

 また、新聞社勤務の花沢葵さん(28歳)はこう言う。

「愛媛県に赴任しているときに選択的夫婦別姓の取材をしていて、地方議員の方にお話を伺う機会も多かったです。自民党のある愛媛県議の方の『夫婦別姓を導入すれば、犯罪が増えるのではないか』という発言に、耳を疑いました。その方とお話をしたときも、やはり当事者の声を聞いたことがないんです。私が取材した事実婚の方の状況を説明させていただいても『自分の周りにはそういう人がいない』と言われました。やはり当事者の声を届けることが偏見を解消していく一番の手段になるのではないかなと、取材をしていて痛感しました」

 彼らが、両親が別姓であることを意識するのはどんなときだろうか。

「小学生か中学生のころに、母親宛に届いた宅急便に僕の名字のはんこを押してしまい『大丈夫なのか』と聞いた覚えがあります。あとは家族で食事に行ったときに、自分だけが遅れて行った場合や、自分が先に行ったとき、どちらの名前で予約をしたのだろうと考えると『確かに別姓だよな』と意識をすることはあります。だいたい店の好みで分かるんですけど(笑)」(日髙さん)

かわいそうと言われることが「ショック」

 選択的夫婦別姓制度に反対するとき、「子どもがかわいそう」だと言えば、賛成派を「子どもを思いやらず自分勝手な人々」だと非難することができる。しかし実際の子どもたちは、自分の知らないところでかわいそう扱いをされていることそれ自体を「正直、ショックだった」と語った。

 私個人は、サラリーマンである父と、専業主婦の母という典型的な中流家庭で育った。けれども、それを理由に自分が幸せだと思ったことは一度もない。家族が信頼し合って一体感があったとも思わない。家族全員が同じ姓でよかったと思ったこともない。

 反対に別姓夫婦に育てられ、家庭環境に不満がある子どももいるだろう。つまり、家族の一体感や子どもの幸福度は姓が同一であることが理由ではないのだ。

 もっとも重要なのは、夫婦がお互いを尊重しているか、そして子どもの人権意識があるかだろう。

 選択的夫婦別姓制度がなぜ必要か。「選べる」ことは民主主義の大前提だからだ。

「別に僕自身が必ず別姓婚がいいと思っているわけではないので、(自分が結婚するとしたら)姓をどうするかは相手次第です。万が一そういう話になったときに、選べる制度があったほうが可能性は広がりますよね。今の制度だとお互いが姓を変えたくないときに、そこで確実に争いが起こるという制度です。どちらも変えたくない、『じゃあ変えずに結婚しようか』でいいんじゃないのかなと思う。制度があったほうが楽だなと思います」(日髙さん)

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