
『タイニー・ファニチャー』(TCエンタテインメント)
映画やフィクションの中で描かれるヒロインーーそれはたいてい、美人で賢く勇敢だったり、あるいはがんばり屋で愛嬌があったりして愛される女の子だ。観る者をエンパワメントするヒロイン像と物語が好まれてきた。しかしその形式は本当にどこにでもいる報われない女の子たちを取りこぼしてきたのかもしれない。
映画『タイニー・ファニチャー』(U-NEXT、Prime Video等で配信中)は大学を卒業したばかりで仕事も恋愛もままならず容姿も性格もいまひとつ、才能もなければ努力もしていない女性という、それまであまり表象されてこなかった存在を画面に登場させつつ、それを真剣に滑稽な存在として描いている。
監督・主演・脚本は、2012年からはじまったテレビドラマシリーズ『GIRLS』(HBO)で一躍時の人となったレナ・ダナムだ。しかしレナ・ダナムは本作を発表した2010年当時、この映画の主人公であるオーラ同様に何者でもなかった。映画同様、偉大なアーティストである母親、優秀な妹、そして広くて大きな家はあったが、レナ・ダナム自身はそのような大きな「家」に比して、非常に小さな存在だったのだ。
そんな前情報など知らなくとも、この映画はあまりにも生々しい。主人公はどこにでもいる若い女の子だ。しかし、映画やフィクションの中ではしばしばいないことにされていた、みじめでみっともなくて同情も共感もしようのない、ろくでなしの女の子なのだ。
世間を舐めきった女クズ主人公
映画はオーラ(レナ・ダナム)が大学を卒業してニューヨークの実家に帰ってくるところからはじまる。オーラには職もなければ恋人もいない。恋人にはフラれたばかりだ。大学では映画理論を学んだが、作品といえば辛辣なコメントで埋め尽くされたYouTubeの動画くらいのものである。アメリカでは大学に入学し、家を出たところで一人前の大人とみなされるため、すでにオーラの部屋は妹のものだ。妹のネイディーン(グレース・ダナム)になじられ嫌味を言われつつ、オーラは帰ってくる。
オーラはいわゆる美人というタイプではないし、スタイルのよい妹とは対照的に太っている。パサついた髪、あまり手入れされていない肌は画面越しに目立つ。家族以外の前でも下着で動き回る姿にはなんとなく目を背けたくなる。ちなみに性格がいいわけでもない。特に努力もしていないくせに自己主張が強い。見ていてイライラするタイプだ。
オーラが社会的に定義しがたく何者でもないだけならば、観る者はオーラに同情する余地もあるだろう。しかしオーラはそんな健気なタイプではない。再会した幼なじみ・シャルロット(ジェマイマ・カーク)の「25や30で経済的自立なんて無理よ」という舐めきったセリフを神妙な顔で聞いているし、母親(ローリー・シモンズ)のワインを無断で飲んでしまったときも逆ギレして「私はまだ若くて必死に頑張ってるの!」と声を詰まらせながら主張する。そのような態度に対して、母親は怒りで対抗したりしない。ただ呆れ、なだめる。居合わせた妹は思わず吹き出したりして、オーラのみみっちさはいっそう際立つ。
ちなみにオーラは男関係も微妙だ。男運がないのと男関係にだらしないのの間くらいの微妙さだ。この映画には二人の男性がオーラにちょっかいをかける。ジェド(アレックス・カルポフスキー)とキースだ。ジェドはパーティで出会ったYouTuber。木馬にまたがりながらニーチェについて語る動画をアップしている、「ネットの有名人」だ。ひょんなことからオーラの実家に居候することになるが、肉体関係になるというわけではない。オーラはそれとなく好意を示すが、ジェドはそれに気づいていながらのらりくらりとかわしつつ、実家に居座る。
キースはオーラのアルバイトしているレストランのシェフ。彼女と別れる気はないのにオーラといい感じになってセックスをする。ジェドにしてもキースにしてもオーラを舐めてるわけだが、観る者にはなんとなくオーラの自業自得という感じがしてしまう。とことん同情しにくい人物である、オーラ。
より象徴的なのは、妹のネイディーンとキッチンでけんかするシーンである。まだ高校生のネイディーンが家に大勢友達を呼んで、爆音で音楽をかけながら酒を飲んでいる。これがどの程度の非行かは観る者の倫理観によるが、映画現実においておなじみの大麻パーティでもなければ乱行パーティでもないことを考えれば、かなり規模の小さな悪であると言える。
しかしオーラは「大人として見過ごせない」としてネイディーンを叱る。ところがネイディーンには「悪影響はどっち? パーティを下着で動き回って!」(本当に謎なのだが、オーラが妹を叱りにパーティに乱入するとき、なぜか下の服を着ておらずパンツ姿である)、「ネット動画で恥をさらして! (男を)部屋に泊めてもヤれない女よ あんたと姉妹なのが恥ずかしい」と完膚なきまでに言い返され、反論できないオーラは近くにあった大きめの木のスプーンで妹を叩く。キッチンならばより攻撃力の高い武器はあっただろうが、負い目があるからだろうか、オーラはそれを使わない。とにかく迫力がない分、このシーンは滑稽だ。
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