安倍政権の「公文書管理問題」を振り返る 説明責任を軽視する日本の政治プロセスの現実

文=三木由希子
【この記事のキーワード】

桜を見る会招待者名簿の廃棄という「成果」

 この用済み後の廃棄徹底という「適切な文書管理」を行った「成果」が、桜を見る会招待者名簿の廃棄問題だ。

 モリカケ日報問題での公文書管理問題を受け、政府は公文書管理法の実施指針にもなる行政文書管理ガイドラインの改正を2017年12月に行ったが、その中に一年未満の保存期間に該当する文書の新しい基準が含まれていた。

 この一年未満という保存期間の行政文書は、一年以上のものとは明らかに異なる管理のされ方をしている。一年以上の保存期間の行政文書は、行政文書ファイル管理簿にファイル名や保存期間、所管課などの基本情報が登録され、公表されている。また、保存期間が満了して廃棄をする場合は、内閣総理大臣の同意(実際には内閣府の審査)が必要で、各行政機関の判断だけで廃棄はできないし、廃棄簿にも登録される。

 一方、一年未満の行政文書はいずれも必要がなく、文書としての存否や廃棄の状況を客観的に確認する方法がない。その上、行政文書管理ガイドラインが改正されるまでは、どのような場合に一年未満保存文書に該当するのかという基準もなかった。もとから非常に不透明で、問題化した後に文書の廃棄が行われても確認が大変難しいものであったのだ。この不透明さが、情報隠ぺいに利用されたのが日報問題と森友学園交渉記録問題だった。

 ガイドラインの改正では、「別途、正本・原本が管理されている行政文書の写し」「定型的・日常的な業務連絡、日程表等」などと一年未満の行政文書に該当する場合を示し、各行政機関の課室ごとに定める保存期間表で一年未満に該当するものを定めれば可能という基準となった。この保存期間表で一年未満とされていたのが、桜を見る会の招待者名簿だった。

 桜を見る会の招待者名簿の保存期間は、以前は3年保存だったものが1年保存となり、ガイドライン改正後の2018年度から1年未満となったことがわかっている。招待者名簿を管理する内閣府人事課の保存期間表には、確かに桜を見る会招待者名簿に該当する文書を一年未満と定めている(ただし、明らかに桜を見る会招待者名簿のことであるような記述になったのは、2019年10月下旬のこと)。

 政府は、2019年度の招待者名簿の廃棄時期が、2019年5月に最初に国会議員から桜を見る会についての資料要求があった日と同日であるとしており、隠ぺいのための廃棄も疑われている。招待者名簿の廃棄が実際に問題になったのは、2019年11月以降に、国会で総理が招待者への関与について、否定から一部関与を認めるなど答弁が変遷した時期とも重なっている。実際の廃棄の時期が、2019年5月なのか、政治問題化された11月になってからなのかは、実のところ確認のしようがない。一年未満という保存期間はその存否を確認する手段がないので、廃棄時期についてはいかようにも言うことができるからだ。

 しかし、こうした疑問があっても、少なくとも招待者名簿が一年未満という保存期間であるという前提に立てば、速やかに廃棄・消去されたことは、「適切な文書管理」の「成果」ということになるだろう。モリカケ日報問題を受けて行ったガイドライン改正が、速やかな招待者名簿の廃棄を適当とする根拠を政府に与えたことになる。政治問題に関わる行政文書が残されにくいよう、公文書管理のルールが「活用」されているのではないか、という疑問が残る。

 この疑問は、一年未満という保存期間の問題に限られない。2017年12月のガイドライン改正には、他にも加計学園問題を受けて、政治責任にかかわる記録が残されにくくなるのではないかと懸念される内容が含まれ、それが新型コロナ対策で顕在化している。

行われたのは「記録に残す内容」の管理強化

 加計学園問題では、内閣府の国家戦略特区担当が新獣医学部の新設に関して、文科省に「官邸の最高レベルが言っている」「総理のご意向」など、学部新設の許認可を迅速に行うように圧力をかけていたと思われる文科省の記録が報道され、政治問題化した。報道を受けて菅内閣官房長官が「怪文書」と言ったことで、公文書管理問題にも展開したものだ。

 この件での行政文書問題に絞った政府の認識を筆者なりにまとめると、獣医学部新設を国家戦略特区で行うことの内閣府と文科省の間の打ち合わせ・協議の記録が、内閣府には一切残っていないとされ、文科省のみに残っていたことが一点目の問題。二点目が、文科省で保管されていた行政文書などの内容が不正確だったという内閣府や官邸の認識する問題。そして三点目が、文科省に残されていた文書は、本来、行政文書として保存されているべきではない個人的なメモが間違って行政文書として保存されていたということだ。

 簡単に言ってしまえば、官邸側からすると勝手に不正確な内容の文書を作成して行政文書として保存されていたので大変な目に遭わされた、ということになるだろう。

 このようなことが起こらないよう、ガイドラインの改正を行っているのだが、それは行政文書の管理強化というよりも、「行政文書として残す内容」の管理強化を志向したものになった。

 ガイドライン改正では、内閣府に、何の打ち合わせ記録も残っていなかったことは問題という認識はあったので、政策立案や事業実施の方針に影響を与える打ち合わせ等の記録作成を義務づけた。しかし、同時に文書の正確性確保の措置として新たな手順も設けた。文書を作成する場合は、複数職員に加えて文書管理の実務レベルの責任者である課長級の確認が内容を確認すること、打ち合わせ等で相手方の発言を記録する場合は、原則として発言内容を相手に確認することを求めるガイドラインになった。

 文書の正確性確保の措置の手順を設けることによって、相手方との率直なやり取りや見解の相違、政治的な指示や意向などが記録されるのだろうか、という疑問が改正検討段階から指摘されてきた。特に、官邸や政務三役から政治判断や政治的意向が示された内容などは、本来最も記録されていなければならないものだが、政治責任にかかわるものを相手の了解を得ずに記録することは期待できず、確認すれば差し障りのないものになるのではないかと懸念されてきた。

 これが単なる懸念ではないことを明らかにしたのが、毎日新聞の報道だ。2019年4月13日に「首相と省庁幹部の面談記録「不存在」 官邸1年未満で廃棄」と報じた記事がある。総理と省庁幹部が面談した際の資料などは、情報公開請求の結果官邸には保存されていないことがわかり、また、各府省側に情報公開請求したところ、資料が廃棄済みで存在しないものもあり、打ち合わせ等の記録も作成されていないことがわかったという。

 菅官房長官は同年6月3日の記者会見で、官邸が打ち合わせ等の記録を作成していないことを認め、「記録は、政策を所管する各行政機関が公文書管理法等に基づき必要に応じて作成・保存する」として問題ないとの認識を示している。

 しかし、該当する行政文書が、そもそもの各行政機関にも残っていないということに加えて、総理や官邸側が何をしていたのかということを政治的責任として体系的に残さず、各行政機関に記録の作成・保存するかの判断を委ねるということそのものが本来は問題なのではないか。官邸主導性が高まる一方で、官邸主導の記録を体系的に残すということが政治の責任であるという理解に欠いていることは、明らかだった。

1 2 3

「安倍政権の「公文書管理問題」を振り返る 説明責任を軽視する日本の政治プロセスの現実」のページです。などの最新ニュースは現代を思案するWezzy(ウェジー)で。