コロナ禍の日本で炙り出された「体育会系」社会の問題点/サンドラ・ヘフェリンさんインタビュー

文=wezzy編集部
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――体育会系ですか。

サンドラ 日本ではいまでも社会のあらゆるところで「精神論」が幅を利かせています。
 たとえば、「仕事のやり方を工夫すれば能率が上がる」という考えは大事にされず、「とにかく気持ちが大事で、“効率化”などにコストをかけずとも、ひとりひとりが私生活を犠牲にして頑張れば膨大な仕事も終わる」といった感覚がいまだに支配的。
 それに加え、上長の方針に従わなかったり、疑問をもったり、私生活を大事にするといった、人間として当たり前の感情は許されず、そうした態度をとれば「仕事のやる気がない」と見なされます。
 最近では少しずつ改善されつつありますが、一部の企業にはやはりいまでもそういった考えが残っている。

――そうでしょうね。

サンドラ こういった働き方をさせる組織が社会のいたるところに存在する原因のひとつに、日本の教育現場にある「体育会系」という文化があるのだと思います。
 ちなみに、ヨーロッパでは「体育会系」といった考えは存在しないため、訳すこともできません。
 2020年2月に『体育会系〜日本を蝕む病〜』という本を出版した時、ドイツに住む友だちにも本を出したことを報告したんですけど、日本語が分からない友人には、タイトルをどう説明したものか困りましたね。「体育会系」と言っても、「運動とか筋トレの話なのかな?」と思われて伝わりません。

――そうした日本社会の気質が「マスク警察」「自粛警察」のような同調圧力や、感染者バッシングのような状況を生み出していると。

サンドラ 「体育会系」が社会の基盤にあるか否かによって、「人々のまとまり」という面で大きな違いが生まれます。
 たとえばコロナのことで言うと、日本ではみんな自分からマスクを着けましたし、法的な拘束力のない緊急事態宣言でも多くの人が不要不急の外出を自粛しました。
 でも、ドイツではそうはいきません。家族やパートナーではない人と数人で出歩くと違反の対象となるような厳しい外出制限が設けられましたし、4月27日からはドイツ全土でマスクの着用が法律で義務付けられました。でも日本では罰則や法律がなくても、多くの人が自主的に「自粛」をしているわけです。

――お上の指示や、多数派の意見に人々が率先して従っていく「体育会系」的な気質は、こういった災害時には役に立つというわけですね。

サンドラ はい。とはいえ、日本の人たちがマスクをしたり、外出を控えたりするのは、「感染症の拡散を防止する」という目的と同時に「世間の目」が怖いというのが大きい。
 ドイツでは法律によって行動を制限したため「していいこと・してはいけないこと」の線引きが明確ですが、日本では実はそのあたりが曖昧。
 明確なルールがないまま「世間の空気」で自由が制限されているために「マスク警察」「自粛警察」といったものが生まれている。これが本当に良いことなのかは微妙なところではないでしょうか。

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