「制服で苦しむ子をもう増やしたくない」 高校生の訴えが社会を動かした瞬間

文=遠藤まめた
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「もしぼくが中学校のとき自由に制服が選択できたなら、より充実した3年間が過ごせたと思います。ぼくはこれ以上かつての自分のような子どもたちを増やしたくありません」

 今月中旬、江戸川区に住むトランスジェンダーの高校生が江戸川区長に面会していた。

 性別にかかわらず制服を選べるようにとインターネットで始めた署名活動には約1万名の賛同が寄せられていた。

 中学生の頃には誰にもわかってもらえず、大人は「ガマンしろ」「気持ち悪い」と言うだけで、そんな大人になるぐらいならその前に死んじゃおうと思ったこともある、と高校生はときどき声をつまらせながら、区長に話した。区長はじっと聞いていて、今回の署名提出のサポートを行った地元の団体・LGBTコミュニティ江戸川のメンバーは鼻水をすすっていた。

 そのあとLGBTコミュニティ江戸川のメンバーが要望書を読みあげたときには、みんながそれぞれアドリブで「自分も制服がいやで不登校にあった」「自分の子どもが先生の心のない言葉で自殺をはかったことがあった」と語り出し、そのあと区長はすみやかな制服選択制の導入検討を明言した。

 またひとつ世界が生きやすい場所になるための変化がうまれた瞬間だった。

 マスク越しの表情でも区長が、高校生の訴えによって心を大きく動かされていることは伝わってきた。政策は区長の気持ちだけで決まるわけではない。根回しも、政策の根拠となるエビデンスも必要になる。それでも、かつてだれにも分かってもらえないと絶望していた中学生が、地域の中で信頼できる大人と出会い、「否定しない大人もいるんだな」と気がついて、口グセだったという「ヤダ」「ムリ」以外に自分の想いをうまく言語化できるようになっていき、とうとう区長の前で作文を読むまでになったという変遷は、その場にいる大人たちの背筋を伸ばすのには十分だった。

 コミュニケーションというのは、本来こういうものなんじゃないかと思う。ちゃんと聞いて、ちゃんと応答する。自分の立場から見えることやできることに誠実でいようとする。

 ここ最近は、履歴書の性別欄がトランスジェンダーの就職を困難にしているとして省庁の担当者や文具メーカーの方とお話しする機会がある。こちらでもきちんと話を聞いてもらえているなと感じる。「変えるとしたらどのようなやり方がいいですか?」と向こうからも聞いてもらえて、それはこれまでずっと当たり前ではなかったことだからうれしい。

 トランスジェンダーを取り巻く環境は2020年の今がこれまでよりも一番話を聞いてもらいやすい。「あなたたちが困っているならなんとかしますよ」と言ってくれる人が、これまでにはないくらい見つかりやすくなっている。Yahoo!ニュースのコメントやTwitterの書き込みをみていると世の中はお先真っ暗だと思えてくるが、匿名の相手よりも責任ある立場の人たちや組織を相手にしたほうがいい。時間もエネルギーも限られている。

 江戸川区では制服選択制がはじまりそうだけれど、日本中の多くの学校ではまだ制服は選べないままだ。2020年代にはすべての学校で制服が選べるのが当たり前になってほしい。制服をめぐるトランスの古典的な悩みが、「かつて男子生徒は丸刈りにするのが校則だったんだよ」ぐらいに昔のものになったらいいと思う。みんなで議論をするなら「自分を女だと思うのと、ネコだと思うのはどうちがうの?」みたいなクソリプに付き合うよりも、このような困りごとを解決するためのロードマップを作ろう。

 「ぼくはこれ以上かつての自分のような子どもたちを増やしたくありません」という高校生の渾身の訴え。江戸川区だけ変わればOKなのではないはずだ。今後それを聞いてしまった大人としては「宿題」をもらってしまったので、たくさんの人の知恵や力を借りていきたい。

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