性産業の禁止は、働く人にどんなリスクを生むか Save us from saviours!
社会 2020.08.28 15:30
スウェーデンではセックスワーカーを「不適切な母親」と判断する
反対に、セックスワークが非犯罪化されている国、つまりセックスワークが他の職業と同じように平等に扱われる国では、セックスワーカーの健康や安全、人権が守られやすいことがわかっている。
2003年にセックスワークの非犯罪化を遂げたニュージーランドにおける具体的な効果としては、セックスワーカーと客に性感染症予防具の使用を課す売買改善法(2003年)や「ニュージーランドの性産業における職業上の健康と安全に関する手引書」(2004年、労働省)が作られたことが大きい。
労働条件/環境の改善だけでなく、セックスワーカーの市民的権利保障も確実に進む。2014年、風俗店のオーナーからのセクハラ被害を訴えたセックスワーカーの裁判では、セックスワーカーが約200万円の損害賠償を勝ち取る判決が出された。この裁判では、風俗店も、他の職業で採用されているような、セクハラ防止のポリシーに則った職場環境であるべきという判断がなされたのが画期的とされている。つまり、労働者が嫌だと感じる、本人の容姿や体重についての不適切なオーナーの会話なども、風俗店の職場であろうがセクハラはセクハラだと認められたのだ(※7)。
裁判所だけでなく、警察からもちゃんと守られるようになったという。もしお金を払わない客がいた時、警察が客をATMまで連れて行き、現金を引き出させ払わせてくれるそうだ。セックスワーカーが一般の労働者同様に市民的扱いを受けている。
1995年にセックスワークが非犯罪化されたオーストラリアのニューサウスウェールズ州では、セックスワーカー団体SWOPが警察への研修を行なっている。研修では、複雑で多様な性産業について知り、警察官自身が性産業に抱いている印象や見方について検証し、それが、実際にそこで働いている人たちと関わるときにどのような影響をもたらすかについても考えてもらう研修内容となっている。ステレオタイプな見方や考え方は、公的サービス・機関にアクセスしなくなるセックスワーカーを増やしてしまうからだ。
SWOPが警察研修に使う資料の一部(SWOP提供写真)
こうしたセックスワーカーの市民的権利保障は、買春者処罰法の先駆国・スウェーデンなどではまず考えられない。スウェーデンではセックスワーカーであること、たったそれだけの理由で、社会福祉から不適切な母親と判断され、親権を得られない。子育てに何ら問題がないと公的な評価を受けていたとしてもだ。スウェーデンの買春者処罰法においては、セックスワーカーは救済されなければならない対象で、他の人より劣った人とされているため、それが社会福祉にも反映される。あるセックスワーカーの母親はそうした“スウェーデン・モデル” といわれる法律の社会化された理念によって、子どもを元パートナーに奪われた。子どもを取り戻す闘いのその過程で彼女は元パートナーに殺された。彼女が “スウェーデン・モデル” といわれる法律の犠牲者と言われる所以だ(※8)。
日本もセックスワーカーの市民的権利は保障されていない。裁判所は、セックスワーカーの暴力被害に対する抵抗感は一般市民のそれとは違うと言って、被害に遭っても自業自得だとし、セックスワーカーに正当防衛の権利を認めなかったし(※9)、コロナの持続化給付金も風俗店や一部のセックスワーカーは受けられない(※10)。これを変えていかなければいけない。
セックスワーカーは女性差別の犠牲者というイデオロギー
セックスワーカーの労働を健康に安全にするための、そしてセックスワークをしたくない人がしなくて済むようにするための議論と過程において、「そもそも就労や賃金面で男女格差がなくなればセックスワークをする人なんていなくなるはずだ」という解決策だけを求めすぎる人々に、最後にお伝えしたい。
女性の割合が多い非正規労働者と正社員の賃金格差が解消されれば、性産業で働く人が減り、搾取されずよりましな生活が送れるようになるというわけでもない。風俗で働いている人というのは、お金になれば何の仕事でもいいから9時-5時で働く勤め人になれればそれでいいと思っている人ばかりでもない。
絵画や音楽のアーティスト、ダンサー、役者、お菓子や人形、家具を作って生計を立てたい人、その他、さまざまなやりたいことで食べていけない人がたくさんいると思う。そういう人たちが風俗で働かずに、本来やりたいことで食べていけるようにするには、賃金の男女格差の解消だけでは実現できない。
風俗で働きたくない人が本来やりたい仕事で食べていけるようにするには、例えばアート・音楽業界はすべての絵や音楽が金になる仕組みを作らないといけないし、エンターテイメント業界はオーディション合格基準の年齢制限やルッキズムをなくすこと、その他すべてのクリエイターが食べていけるにはどうすればいいのか、こうした問題は男女差別の問題の話ではない。もっといえば、毎日決まった時間に決まった場所に行き、決まった労働時間働くことが難しい精神疾患や鬱や発達障害の人が無理せずに休みたいときに休める労働システムをあらゆる職場で確立してほしい。
つまり、セックスワーカーが、ではなく、すべての人が嫌々無理な仕事、働き方をしなくて済むように、全ての労働者が労働の意味を資本家から取り戻せるようになることを目指すのである。そうしなければ、いつまで経っても、よりよい職場や労働条件を求めて消去法的にセックスワークを選ぶ人が居続けるのは当然だ。いまよりずっと景気がいい時代にも性産業で働く人が変わらず多かったのはなぜか考えてほしい。
そして、風俗で働きたくない人は働かなくていいという場合、風俗以外の仕事でも働きたくない人は働かなくていいと当然いうべきだ。いまの社会で「風俗以外の仕事で働いて……」と主張するのは、風俗以外の、または風俗以上の地獄へようこそと言っているようにしか聞こえない人もいる。つまり、誰もが風俗で働かなくて済む平等ではなく、誰もが嫌な仕事に就かずに済む平等が、人のしんどさの意味の平等が、そのためにこそ非日常の理性を持った議論がいま必要とされている(※11)。
(※1)セックスワーカーの悩み、相談、被害、問題については、31種類に分類し、社会的/法的フレームによる被害や問題のメカニズムについて、以下で詳しく分析・解説しているのでぜひ参照されたい。
要友紀子「どうすれば安全に働けるか──セックスワーカーの労働相談と犯罪被害」SWASH編『セックスワーク・スタディーズ』(日本評論社、2018年)所収、p.160-173
(※2)澁谷知美「韓国『セックスワーカーの日』レポート」論座掲載、2014年7月25日
(※3)「セックスワーカーたちはフランスの売春の法律についてどう思っているか」Médecins du Monde、2018年
(※4)要友紀子「出会い系/セックスワーク広告サイト弾圧のナンセンスを圧倒する、トランプ政権下のオンライン・セックスワーク・サバイバル」(電子マガジンα-synodos 2018年5月15日号所収)
(※5)「エビデンスを無視するな:買春処罰化はセックスワーカーを危険に晒す」ヨーロッパにおけるセックスワーカーの権利に関する国際委員会、2017年
(※7)Sex worker sues for sexual harassment…and wins(2014年3月14日)
(※8)ドキュメンタリービデオ「Jasmine and Dora 4-Ever」
(※9)1988年6月9日東京高裁、ホテトル嬢客刺殺事件・控訴審
(※10)風俗営業の届出を公安委員会に出していないセックスワーカーは風営法の対象にならないため持続化給付金をもらえるが、届出を出して働いているセックスワーカーは風営法の対象になるため給付金をもらうことができないとされている。
(※11)「非日常の理性」という言葉は高村薫氏の言葉を拝借した。詳細は以下を参照。
要友紀子「わかりやすさに対抗していける、女の闘いを」『fvisions』(アジア女性資料センター)No.1、2020年6月、p46-49
また、セックスワークを含むケア労働全般に女性の割合が高いことを問題化するとき、ケア労働従事は避けるに越したことないかのように語られがちなことも問題だ。セックスワークを含むすべてのケア労働は障害者や高齢者、患者が生きる上でも権利保障においても社会に必要不可欠な労働または営みである。このことについては別稿(次号の「geppo」掲載予定)で述べたい。
【参考URL】
各国のセックスワークの法的状況は、「Map of Sex Work Law」を参照。