『ウエスト・サイド・ストーリー』に通じる構成
本作も、このような動きの一部としてとらえられる。そういう意味では、これまで誰も描かなかった事柄や題材を映像にした作品とは言えない。たとえば、ギャング要素がある映画の文脈を通して観たら、『ボーイズ’ン・ザ・フッド』(1991)、『ポケットいっぱいの涙』(1993)、『クロッカーズ』(1995)あたりの作品を容易に連想できる内容だ。
イギリスの現状が滲む作品の括りでも、『バレット・ボーイ』(2004)や『イル・マナース』(2012)といったUKフード・ムーヴィー、あるいはドラマ『トップボーイ』(2011~19)シリーズなどが脳裏に浮かぶ。
ギャング抗争が友情を引き裂く物語も、シェイクスピアの戯曲『ロミオとジュリエット』にインスパイアされたブロードウェイ・ミュージカル、『ウエスト・サイド・ストーリー』(1957)に通じる構成だ。本作は現代社会を扱う作品でありながら、古典への道も随所でうかがえる。
オンウボルによるラップをたびたび挟むなど、おもしろい演出が多いのも本作の魅力だ。ひとつの出来事に区切りがついたところで、唐突にオンウボルが登場し、観客に向けてラップで語りだす。劇中に出てくるキャラクターの気持ちを代弁したかと思えば、映像の代わりに物語を紡ぐときもある。
この演出はおそらく、本作がオンウボルの半自伝的映画なのも関係している。アイリッシュタイムズのインタヴューでオンウボルが語るように、劇中のシーンは個人的経験から生まれたものもある。だからこそ、オンウボルは自らの存在をアピールし、自分の話としても『ブルー・ストーリー』を語る。
その手法は、2018年にイギリスのロイヤル・コート・シアターで初演されたミュージカル、『ポエット・イン・ダ・コーナー』を想起させる。
『ポエット・イン・ダ・コーナー』は、劇作家でダンサーのデブリス・スティーヴンソンが作りあげた。ディジー・ラスカルのグライム・クラシック『ボーイ・イン・ダ・コーナー』(2003)を基にした物語でありながら、労働者階級の家庭で育った背景、さらにはパンセクシュアルとして生きる現在を反映したデブリスのパーソナルな側面が色濃い作品でもある。劇中ではヘヴィーなベースが際立つグライム・トラックを使用し、デブリスもラップを披露する。それが高い評価を受けたこともあり、2020年1月31日には同名の音楽作品もリリースされた。
暴力と破壊の世界へ足を踏み入れる前に
とはいえ、本作のほうが『ポエット・イン・ダ・コーナー』よりも社会的メッセージを強く打ちだしており、その点は大きな違いと言える。
本作で描かれる苛烈な暴力や破壊が行きつく先は、救いのない憎しみの連鎖だ。ティミーとささやかな愛を築いていたリア(カーラ=シモン・スペンス)は呆気なく死に、そのせいでティミーは暴力と破壊の世界に引きずり込まれてしまう。
リアの死があっさり描かれているのは、オンウボルが冷淡な人間だからではない。まるで空気のように、死という出来事が隣にあったからだ。そのような世界を見てきた者にとって、死はドラマティックになり得ない。普段はお目にかかれないからこそ、強烈な緊張感や感動というドラマティック性を抱くのだから。
もともとティミーは、死が隣にある暴力と破壊の世界とは無縁の少年だった。パーティー会場で性欲を満たさんと男たちが鼻息荒くしている中でも、ティミーだけはリアとの仲を深めるために悩んだりと、セックスではなく心の繋がりを求める。そうした態度は、周囲に〈ゲイかよ〉とからかわれても変わらなかった。そんな少年だからこそ、リアもティミーに惹かれ、肌を重ねあわせてもいいと思えたのだろう。自慢の道具として女性をトロフィー扱いせず、人として見ることができる優しい心の持ち主。それがティミーだった。
しかし、優しすぎたせいで、ティミーは暴力と破壊の世界に足を取られたのかもしれない。リアを大事に想っていたがゆえに、折りあいをつけることができないままギャング抗争に加わり、最終的には身を滅ぼしてしまう。
本作は創作である。だがそこには、いまイギリスを覆う現実の一端も滲む。その現実で生きる者からすれば、暴力や破壊に救いを求める姿勢は世間知らずの戯言でしかない。このことを理解しているからこそ、オンウボルは『ブルー・ストーリー』の中で訴える。暴力や破壊へ走る前に、考えてほしいと。
参考文献
Ciaran Thapar『UK Drill & Youth Violence: The Final Word』2018 Trench
Nathalie Olah『Steal As Much As You Can: How To Win The Culture Wars In An Age Of Austerity』2019 Repeater Books
Peter S. Goodman『In Britain, Austerity Is Changing Everything』2018 NY Times
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