イギリスで起きている暴力と破壊の連鎖、その背景にあるもの。映画『ブルー・ストーリー』が描く「ギャングの事情」

文=近藤真弥

エンタメ 2020.08.30 17:00

 ラップマンことアンドリュー・オンウボルの初長編映画『ブルー・ストーリー』。2019年11月22日にイギリスで公開された本作は、オンウボルがYouTubeにアップした短編シリーズ『シャイロ・ストーリー』(2018)を基にしている。全3パートで構成された『シャイロ・ストーリー』は合計2442万回以上再生され、大きな注目を集めた。そのことがきっかけでオンウボルの才能が広く知れわたり、長編映画の制作に繋がった。

 バーミンガムの映画館で上映中に鉈を持ったグループが乱入するなど、本作はトラブルにも見舞われた。それでも多くの支持を集め、第6回ナショナル・フィルム・アワードUKでは12部門にノミネートされている。

 これだけの話題作であるにもかかわらず、日本の映画館では公開が実現しなかった。しかし、2020年4月29日にパラマウントからデジタル配信されたことで、YouTubeやiTunesなどを介して観れるようになっている。いわゆる配信スルーという形だ。

緊縮財政が生んだ犯罪

 サウス・ロンドンを舞台とする本作は、ペッカムの高校に通うティミー(スティーブン・オドゥボラ)とマルコ(マイケル・ウォード)の物語を軸としている。2人は親友同士だ。くだらない雑談からシリアスな話まで交わし、一緒に街を歩くことも多い。

 ティミーはロンドン南東部のデプトフォード出身だ。ギャングの友人もいたりと、周囲を見渡せば暴力が目立つ環境で育った。それでも、マルコといった友人に恵まれたおかげで、犯罪行為へ走らず勉学に励むことができている。

 マルコもティミーと似た境遇だ。マルコの兄・スイッチャー(エリック・コフィ=アブレファ)はペッカムの有力ギャングを率いる男だが、ティミーをはじめとした良き仲間に囲まれ、暴力とは無縁の日々を送っていた。

 しかしある日、ティミーの仲間がマルコを襲ったことで、2人は否応なくギャング抗争に巻きこまれてしまう。抗争の影響で友情は瞬く間に壊れ、2人は敵対関係になる。それは終わりのない暴力と破壊への突入を意味していた。

 本作にはギャング映画の要素もあるが、それ以上に人間ドラマとして観れる映画だ。ギャングと呼ばれる者たちにも切実な事情があると示すことで、ギャングを暴力や破壊衝動に塗れた獣みたいな存在として描かないよう努めている。

 なぜ、こうした姿勢をオンウボルは選んだのか? それを知るには、イギリスの社会問題を理解しておく必要がある。

 2010年代初頭ごろから、イギリスではナイフを使った暴力犯罪が増えている。2013年9月20日には、イギリス発祥の音楽ジャンル、グライムの人気ラッパーだったデプスマンことジョシュア・リベラが心臓を刺され亡くなった。足をナイフで刺され亡くなった友人の追悼イベントにおける事件だったこともあり、デプスマンの死はイギリス中に衝撃をあたえた。

 ナイフ犯罪の増加は、イギリス政府の誤った政策のせいだと指摘する意見も多い。緊縮財政の影響で、生活苦や教育環境に悩む者たちを支える公共サービスの人手が減り、福祉の予算も削られていく。それに伴い、サポートが必要な若者の中には足を踏みはずし、犯罪に走らざるを得ない者も出てくる。

 近年のイギリスでは、このような背景を反映した表現が目立つ。特に惹かれたのはラッパーのカノことケイン・ロビンソンが発表した“トラブル”(2019)のMVだ。

 ジャーナリストのダーカス・ハウによる演説のサンプリングから始まるこのMVは、暴力によって命と日常が奪われる哀しさを描いただけでなく、犯罪現場をスマートフォンで撮る野次馬の視点も取りいれることで、歪な社会構造とそれが生みだす悲劇に対する冷たさを表した上質な映像作品である。

 緊縮財政でいえば、フリーライター/編集のナタリー・オラーによる著書『スティール・アズ・マッチ・アズ・ユー・キャン』(2019)も印象的だった。緊縮財政がイギリスの教育や文化にあたえた負の影響を炙りだす本書は、不平等と苛烈な経済格差を生む社会構造への怒りを示しつつ、その構造を変えるためのアイディアも提示する。プライマル・スクリームのボビー・ギレスピーが推薦コメントを寄せたことも注目された。

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