最低賃金で貯蓄はできるか。困窮を招く最賃凍結に異議

文=宮西瀬名
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GettyImagesより

 東京地方最低賃金審議会は8月5日、東京都の最低賃金を「現行の1013円に据え置くこと」を東京労働局の土田浩史局長が答申した。たとえ微増でも、最低賃金は毎年引き上げられてきたが、新型コロナウイルス感染拡大による景気悪化を考慮し、事業の継続性や雇用の維持を優先するため、凍結する形となったのだ。

 この動きは東京都だけに限らず、北海道も時給を引き上げず昨年同じ861円とする答申を出し、栃木県や山梨県などではわずか1円増に留まるなど、最低賃金の据え置き、あるいは雀の涙ほどしか引き上げないという流れが全国各地で見られている。

 日本の景気悪化は深刻だ。8月17日に内閣府が発表した、4~6月期の国内総生産(GDP)速報値は、年率換算で27.8%も減少し、リーマン・ショック後を超える戦後最大の下落を記録した。ない袖は触れないということで、「最低賃金を引き上げるよりも、失業を減らすために最低賃金を据え置きにする」という決断は一見、筋が通っているように見えなくもない。

 しかし最低賃金引き上げについては「コロナ禍だから仕方ない」ではなく、「コロナ禍だからこそ」と考え、継続的な議論が求められるものではないか。この問題について、静岡県立大学短期大学部准教授の中澤秀一氏にコメントを求めた。

最低賃金引き上げと雇用維持は別もの

 緊急事態宣言が発令された今年4月、休業者は約600万人に達しましたが、全てが休業手当をもらえたわけではなく、収入が激減もしくはゼロになり、住むところさえ失ってしまった労働者も少なくない。

 たった1~2カ月の減給または無給でも、住むところを失うほど生活が困窮してしまう理由は、このような緊急事態に備えて“蓄える”ことができないからだ。なぜ貯蓄ができないか。それは個人の資質や怠惰によるものではなく、社会構造に問題があるためである。

中澤氏「あるべき賃金(最低賃金)とは、日常の生活費だけではなくて、家電製品が故障したら買い替えられるとか、友人の結婚式があったらお祝い金を用意できるとか、“非常事態”に対応できるようなものでなければなりません。ところが、現在の最低賃金額は本当に生活をするギリギリの金額であり、これだけで生活することは大変困難です。非常事態にも耐えられるように、最低賃金は引き上げるべきです」

 たとえば手取り10万円台でもギリギリに切り詰めれば家賃や食費、光熱費を払って生活できるかもしれない。だがいざというときのための貯金は厳しい。ギリギリの生活を前提とした“最低賃金”で良いはずはないのだが、ここがまず共有されていないようだ。

中澤氏「私が監修を務めた東京地評と東京春闘共闘会議が昨年末に発表した試算結果では、『東京都内に住む25歳単身世帯が最低限の生活をするためには時給1642~1772円が必要』ということがわかりました。全国で最も最低賃金の高い東京都(1013円)でさえ、700円以上も足りていません。

 このことを鑑みると、コロナ禍で多くの労働者の生活が脅かされている状況下での、凍結という判断はあり得ません。東京地方最低賃金審議会では、雇用維持、事業継続を優先しましたが、雇用維持と最低賃金引き上げを二項対立とするのではなく、別の問題として考えるべきです。

 最低賃金法11条では、『最低賃金審議会の意見に係る地域の労働者又はこれを使用する使用者は、前項の規定による公示があつた日から十五日以内に、厚生労働大臣又は都道府県労働局長に、異議を申し出ることができる』とあります。

 東京都で働いている人は東京地方最低賃金審議会、私であれば静岡地方最低賃金審議会に対して、『現在の最低賃金額では低すぎて暮らしていけません』といった内容の異議申立書を送ることは有効です」

 今回、東京都の最低賃金「現行の1013円に据え置き」という答申に、66通の異議申し立てがあったという。だが審議会の結論は変わらず。それでも、声を上げ続けなければ変化は望めないという。

中澤氏「そもそも、『自由闊達な意見交換ができなくなる』という理由から、審議会の傍聴は人数が制限され、議事録も非公開になっているケースが多く、実際にどのような議論がされたのか、不透明な点が非常に多いです。これでは最低賃金がどのように決められたのか、そのプロセスを知ることさえできません。

 本来は透明性のあるものにする必要があり、公開しなければいけないものです。私たち国民が声を上げ、議論の透明性を確保していきたいですね」

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中澤秀一/静岡県立大学短期大学部准教授
静岡県立大学短期大学部准教授。専門は、社会保障・社会政策。これまでに全国22都道府県で最低生計費試算調査の監修を担当する。近著:『最低賃金1500円がつ くる仕事とくらし―「雇用破壊」を乗り越える』(共著、大月書店、2018年)、「ひとり親世帯の自立―最低生計費調査からの考察―」『経済学論纂』第59巻(共著、中央大学経済学研究会、2019年)。他に、座談会「最賃1500円」で暮らせる賃金・雇用をつくる (共著、『経済』2019年3月号)、「ひとり暮らし高齢者の生活実態と最低生計費」『社会政策』(共著、ミネルヴァ書房、2018年)

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