性交痛当事者だから、わかることがある。
セイコウツウ――この言葉を聞いて脳内ですぐに漢字に変換できる人は、そう多くないかもしれない。セイコウツウは、性交痛と書く。機種によるだろうが、私のパソコンで初めてこの言葉を打ったとき、予測変換で“性交通”と出てしまった。おそらく、まだ一般的な言葉ではないということなのだろう。
けれども、性交痛の悩みは決して珍しいものではない。にもかかわらず、その症状に悩む多くの人は「恥ずかしくって」なかなか声を上げられない状況にあるという。
「私はそんな状況を変えたいんです。セックスが痛い、痛いから辛い、痛いから怖い。『その悩みはひとりで抱えこまなくってもいいんだよ、誰かに話したり相談したりしていいんだよ』と、性交痛で悩む人に伝えたくって。それで、性交痛に特化したサイトを作ることにしたんです」
そう話すのは、うるおいヘルスケア株式会社代表の小林ひろみさん。7月26日に、性交時の痛みの不安解消に特化したWEBメディア「FuanFree/ふあんふりー」を開設した。自身も30年間性交痛に悩んできた当事者。だからこそ、伝えたいこと、伝えるべきことがたくさんあるとの思いに駆られて「FuanFree/ふあんふりー」を立ち上げたのだという。
この記事を書いている私・日々晴雨は、小林さんとは友人関係にある。小林さんが「性交痛で悩む人のためのサイトを作りたい」という話はずいぶん前から聞いていたため、実際に動き出すことになったときには編集としてサイト作りに関わらせてもらった。チームに入り、性交痛について学び、多くの情報を得たことで、改めて性交痛がいかに当事者にとっては辛いものであるかを思い知ったのである。
ここではまず「性交痛とはなに?」ということから、小林さんの実体験も含めてお話をうかがっていきたいと思う。
性交痛の原因はひとつではない
――性交痛といわれても、どんなものかピンとこない人もいると思うので、そもそも<性交痛とは何なのか>というところから教えてください。
小林「性交痛は、セックスの際に生じる痛みのことです。医療サイドからみると<女性の性器の身体的な問題の痛み、潤い不足からくるセックスの際の痛み>ということになるでしょうか。ただ、『FuanFree/ふあんふりー』では、身体的な面だけではなく、性交時の痛み全般を性交痛ととらえています」
――と言いますと?
小林「女性の身体やこころが原因であるほかに、男性の知識不足やテクニカルな面が原因という場合もあるからです。その場合、婦人科で診察を受けて“どこも悪くないですけどね”と太鼓判を押されても、女性は救われないですよね。
たとえば、挿入時の角度や、激しく奥を突きすぎない、などがあります。腟の奥を強く突かれると痛みを覚える女性は、案外多い。でも男性はAVなどのカルチャーで『女性は奥をガンガン激しく突けば気持ちいい』という情報を刷り込まれてしまっている。双方のすれ違いは、『これは痛い』『この体位なら痛くない』とパートナー間で話し合うことで解決する場合もあります。
『FuanFree/ふあんふりー』では、身体的なことだけではなく、そういった情報もしっかりと世の中に伝える必要があると考えています」
――奥まで挿入しないとか、挿入時の角度を工夫したりするだけで、痛みが改善する人もいる。そういうことですよね。
小林「はい。でも、そういう話は医師にはなかなかわからないのだと思います。誤解のないように言っておきたいのですが、決してお医者さんを非難しているわけではありません。でも、お医者さんは体を診て、どこも異常がなければそこで診察は終わりですよね。もちろんそれが仕事なんだから、当たり前です。だからこそ『医療だけでは解決しない』という可能性があることを私はしっかりと発信したいし、それは30年間性交痛で悩んだ私だからこそできることだと思っています」
――性交痛の原因や解消策はひとつじゃない、と。
小林「いろんな可能性があります。『ひとつずつ可能性を潰して、自分の原因に辿りつくしかないんだ』――私は30年間でそういった考えに行き着きました。『FuanFree/ふあんふりー』では『性行為をする、しないは自由』としています。痛みに悩んでいる女性が『相手のために痛いけど頑張らなくっちゃ、自分さえ我慢すればいいんだ』と思い込むのは、違うと思うんですね。辛いのなら“しない”という選択もあるよ、ということを理解してもらった上で、それでも痛みの原因を探りたい人には、サイトに掲載している情報を読んでいただき、ひとつずつ自分の症状を当てはめてみてほしいんです」
――まさに性交痛に30年間苦しんできた小林さんだからこその視点ですよね。
小林「私は初めて性交したときから、ずっと痛みがあったんですね。相手を変えても、それは変わらなかった。長い間悩み続け、いろんな病院にも行きました。当時は情報も少なかったし、なかなか自分の知りたいことを知ることができない、というのはとても歯がゆかったです。『FuanFree/ふあんふりー』では、性交痛の原因のいろんな可能性を記事にしていますし、解決・回避のための提案もしています。コンテンツはこれからもまだまだ増やしていくつもりです」
性の健康問題って、なんのこと?
――小林さんはECサイトで性行為の際に使用する潤滑ゼリーを販売されていますが、それもきっかけはご自身の性交痛にあるんですか。
小林「いや、それが違うんですよ(笑)。現在はオリジナルブランドの販売も行っていますが、会社を立ち上げた当初は海外の潤滑ゼリーの輸入販売からスタートしました。きっかけは友人が『海外にはこんな商品があるよ、日本でも売ってみない?』と、ひとつの潤滑ゼリーを持ってきたことにあります。自分が売る商品なんだから、自分でも試してみようと。そこで初めて潤滑ゼリーを使ってみたら、なんとこれまで経験してきた痛みの7割がなくなったんです」
――ずっと痛くて辛かったのに、その痛みの7割がゼリーで減少。これは大きいですよね。
小林「もう別世界に踏み込んだようでしたよ。それで輸入販売に着手したのですが、販売する以上は女性の身体の仕組みなどについての知識が欲しいと思うように。そこから、色んな面から女性の身体について勉強を始めたんです。そのうちに『性交痛で悩むことは恥ずかしいことなんかじゃない、これは性の健康問題なんだ』という考え方に辿り着きました」
――性の健康問題……聞きなれない言葉です。
小林「たとえば、体の健康については、みんな当たり前のように話したり、情報を共有したり、健康問題をケアしたりしますよね。それらについて話すことはなんら不自然なことではないし、恥ずかしくもない。性に関することも、それと同じです。身体同様に、性も健康問題だととらえていい。それは人間の権利なんです。“性の健康”とは、そういう考え方だと思ってもらえたらわかりやすいかと思います」
――たしかに特に日本では、性の話は“アダルトなエンタメ”という方向では盛んに語られるのに、自分事としてはタブーというか。悩みがあっても話しちゃだめ、秘密にしておかなきゃいけない、みたいな。性も健康であるべきだ、なんて考える人は少ないかもしれません。
小林「性の健康、というのは自分の人生に大きく関わってくることなんですね。妊娠や出産も含まれますから、ときには人生を左右することもある大きな問題となります。決して見ないふりや、おざなりにしていいことではないし、人と話し合うのを躊躇するような恥ずかしいことではないんです。性の健康というその概念を頭に入れておけば、性交痛で婦人科に行ったとしても『私は当たり前の話をしているんだ』という意識で淡々と医師に症状を説明できるし、少し踏み込んだ話ができるのではないかと」
――性の健康については、「FuanFree/ふあんふりー」の監修者である産婦人科医の早乙女智子先生も、サイト内で詳しく解説されていますよね。ほかにも様々なジャンルの専門家が、性交痛の不安解消のために協力しています。
小林「はい。早乙女先生だけではなく、長年にわたり「性(の健康)」「人間関係」などに関する発信やお悩み相談の活動にも取り組んできた柳田正芳さん、ラブライフアドバイザーのOliviAさんや、公認心理師の潮英子先生にもメンバーに入ってもらっており、それぞれの観点から性交痛についてお話してもらっています。現在サイトでは11の痛みのカテゴリーについて説明していて、治療・回避・工夫を説明したソリューションという項目の中には5つのカテゴリーがあります」
<後編では「FuanFree/ふあんふりー」の中身について、そして男性に届けたいメッセージを聞きました>