ビートルズが歌う‘Boys’はなぜ面白いか 歌手のジェンダーと歌詞のジェンダーステレオタイプ

文=北村紗衣
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『please please me』(ユニバーサル ミュージック)

 英語圏のポップスでは、女性視点の歌を男性歌手が歌ったり、男性視点の歌を女性歌手が歌ったりする習慣があまりありません。

 日本ではぴんからトリオが、耐える女の心境を女言葉で歌った「女のみち」(1972)のように歌手のジェンダーと歌の語り手のジェンダーが一致しない歌はかなりあり、中には女性である太田裕美がひとりで男女のやりとりを歌う「木綿のハンカチーフ」(1975)のような凝った構成のものも存在します。

 しかしながら、英語圏の歌ではこうした作品はあまり多くなく、歌い手と視点人物のジェンダーを一致させることがふつうです。今回の連載では、このことをテーマに英語圏のカバー曲と歌手のジェンダーについて考えてみたいと思います。

カバー曲と性別を示す単語

 英語圏では、曲のカバーをする際、歌い手のジェンダーが変わると歌の内容が自分のジェンダーやセクシュアリティに一致するよう、代名詞や細かい単語の性別を変えるという習慣があります。つまり、女性歌手の歌を男性歌手がカバーする時は‘he’「彼」を‘she’「彼女」に変えるなど、名詞の性別を変えて歌い手の視点にあうようにします。

 たとえばジュディ・ガーランドの‘The Man That Got Away’(「立ち去った男」)をフランク・シナトラがカバーした時はタイトルが‘The Gal That Got Away’(「立ち去った女」)に変わりました。

 逆に男性歌手の歌を女性歌手が歌う時は、‘she’「彼女」を ‘he’「彼」に変えるなどの処理を行います。たとえば男性であるジャック・ホワイトが歌っていたホワイト・ストライプスの‘Fell in Love with a Girl’(「とある女性と恋に落ちた」)を女性のジョス・ストーンがカバーした時は‘Fell in Love with a Boy’(「とある男性と恋に落ちた」)というタイトルになりました。

 これは歌い手のジェンダーにあわせて内容を変えるということをしない場合、歌詞に同性愛などの含意が出るため、それを避けるための処置だと考えられます。

 ジェンダーが違う視点の歌を歌うこと、とくに男性が女性視点の歌を歌うことについては、アメリカなどではかなりおさまりの悪いことと見なされています。2004年にシボレー・コロラドが作ったコマーシャルはこの感覚をよく反映したもので、完全に女性の視点で歌われるシャナイア・トウェインのヒット曲‘Man! I Feel Like a Woman!’を、男ばかりの車の中でひとりの男性が熱狂的に歌い出したせいで周りの仲間たちが居心地悪そうにするという内容です。

 別に歌詞に同性愛的表現があっても、男性が女性の気持ちになって歌っても何も悪いことはないのですが、ジェンダーとセクシュアリティに関するステレオタイプ、とくに男性はマッチョでヘテロセクシュアルでないといけないという同性愛嫌悪的な固定観念が強いためにこうしたことが起こると考えられます。

 こんな中、代名詞を変えなかったり、変えても最小限にとどめたりすることで解釈に幅が生まれて、クィアな読みが可能になっている歌もあります。有名なところでは、中性的な美声で通常は女声が担当するような音域も歌えたジェフ・バックリィは女性歌手の歌を歌う時でもあまり代名詞などを変えておらず、男性が女歌をそのまま歌うことで独特の効果をあげていました (Goldin-Perschbacher, p. 214)。興味深い例はいくつかありますが、今回はビートルズとホワイト・ストライプスの例を紹介しようと思います。

ビートルズの‘Boys’「ボーイズ」

 ビートルズはアメリカのガールグループの曲をいくつかカバーしています。1950年代から60年代頃までにアメリカを席巻したガールグループの曲にはジェンダーステレオタイプがあまり前面に出ないシンプルで親しみやすい内容のものも多く、こうした曲は代名詞などを少しいじれば男性歌手でもカバーしやすかったと言われています(Perone, p. 132)。

 ビートルズがガールグループの曲を再解釈した例としては、モータウンのグループであるマーヴェレッツの曲をカバーした‘Please Mister Postman’やドネイズのカバーである‘Devil in Her Heart’(この曲の原題は‘Devil in His Heart’です)などが知られていますが、ここで注目したいのはシレルズのカバーでリンゴ・スターが歌った‘Boys’です。

 原曲はシレルズが女性の視点で、男の子とキスをするとどんなに素敵なのかということを歌うものです。ビートルズのバージョンでは、視点人物が男性になるよう少し歌詞が変えられています。原曲では ‘Mama’「ママ」が登場するところで、‘My girl’「僕のカノジョ」が出てきたり、‘when I kiss her lips’「僕がカノジョの唇にキスすると」のように代名詞herが使われていたりするなど、語り手が女の子にキスする話が出てきます。これだけだと、よくあるヘテロセクシュアルなラブソングに聞こえます。

 ところがビートルズはタイトルの‘Boys’をそのままにして、‘Girls’にしませんでした。また、シレルズの原曲で‘Don’t ya know I mean boys’「つまりね、男の子のことだよ」などとなっている、‘boys’に関する噂話のくだりがそのままになっています。このため、この曲は語り手が女の子とのキスについて考える部分と、やたらと男の子のことを考える部分からなっていて、バイセクシュアルな感じのする歌になっています。これは意図したものではないようですがファンの間では有名な話で、のちにポール・マッカートニー自身がゲイのラブソングのように聞こえる可能性もあることを示唆しています。

 意図したものではなくても、この歌詞の変更の仕方には面白いところがあり、クィアな読みの可能性が開けます。語り手の男の子は女の子とキスしたことがあり、キスのおかげで女の子が喜んでくれることが嬉しいらしいのですが、一方で男の子のことも考えていて、セクシュアリティについて迷いがあるように聞こえます。この曲が全体的に明るく楽しい無垢な感じの曲であるせいで、女の子と男の子、どっちのことも考えてしまう語り手の心境はとても愉快で微笑ましいものに聞こえ、深刻な悩みの要素はありません。ビートルズ自身は意識していなかったかもしれませんが、この曲はバイセクシュアルの男の子がいろいろ恋について思いを馳せている楽しい曲に聞こえるようになっています。

ホワイト・ストライプスの‘Jolene’「ジョリーン」

 ビートルズの‘Boys’は歌詞を少しだけ変えて後は変えなかったことから出てくる面白さがありましたが、一方で全く変えないで歌手のジェンダーが変わることにより解釈が変わることもあります。ホワイト・ストライプスがドリー・パートンによるカントリーの有名曲‘Jolene’「ジョリーン」をカバーした時には、性別に関する単語が一切、変更されませんでした。歌い手は女性のパートンから男性のジャック・ホワイトに変わりましたが、物語は同じです。

 この歌では、語り手は赤褐色の髪に緑の目をした美女ジョリーンに対して、自分の男性の恋人‘my man’を奪わないでくれと懇願します。パートンが歌った時には語り手が女性で、ジョリーンも女性なのでヘテロセクシュアルな恋愛の歌でした。

 一方、ホワイト・ストライプスのバージョンでは語り手が男性であるホワイトになったものの、語り手の恋人は男性のままで、それを奪おうとしているジョリーンは女性です。ホワイトはこの歌を絞り出すような声で哀願するように歌っていますが、解釈によってはこの曲はバイセクシュアルの男性の恋人を美女ジョリーンに奪われそうになった男の絶唱となります。

 ファンキーで不安な印象を与えるパートンのバージョンはやや曖昧で、どちらかというとジョリーンが本当に恋人を奪っていくつもりなのかわからないところがサスペンスになっています。かたや、ホワイト・ストライプスのバージョンはギラギラしたギターに泣きそうな叫び声が重なる絶望的なバージョンで、おそらくジョリーンと恋人は今にも出て行く瀬戸際なのではないかとも思えます。代名詞はそのままでアレンジを変えることで、この歌ははっきりしない不安に苛まれる女の歌から、悲劇的な男の恋歌に変わりました。

 このように、英語のカバー曲を聞く時は性別を表す単語の変更の有無などに注意すると、原曲とはひと味違う解釈が出てくることがあります。さらにアレンジの違いや背景などを加味して考えると、いろいろな面白みが出てくることがあります。日本のポップスに慣れていると、歌手と歌の語り手のジェンダーが一致しないというのはよくあるのであまり気付きませんし、別に歌手と歌の語り手のジェンダーが一致しなくても全く問題はないのですが、英語の歌に触れる時は英語圏の習慣に沿って聴いてみるのもまた面白いかと思います。

参考文献

James E. Perone, Listen to Pop! Exploring a Musical Genre, Greenwood, 2018.
Shana Goldin-Perschbacher, ‘“Not With You But of You”: “Unbearable Intimacy” and Jeff Buckley’s Transgendered Vocality’, in Freya Jarman-Ivens, ed., Oh Boy!: Masculinities and Popular Music, Routledge, 2013, 213 – 234.

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