芦田愛菜の「信じること」が腑に落ちなかった加藤浩次を、最後に納得させた言葉「自分は常に揺れる」

文=柴田さとみ
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『スッキリ』公式サイトより

 女優・芦田愛菜の“信じる”ことに関する発言が世代や国境を超え、大きな反響を呼んでいる。9月8日放送の『スッキリ』(日本テレビ系)でも芦田愛菜のこの発言を取り上げた。

 芦田は今月3日に都内で行われた、主演映画『星の子』(10月9日公開)の完成報告イベントで、“信じる”とはどういうことかについて質問され、以下のように自論を述べた。

<『その人のことを信じようと思います』ってけっこう使うと思うんですけど、どういう意味なんだろうって考えたときに、“その人自身”を信じているのではなくて、自分が理想とする“その人の像”に期待してしまっていることなのかなと感じて。
だからこそ人は『裏切られた』とか『期待してたのに』とか言うけれど、別にそれはその人が裏切ったとかいうわけではなくて、その人の見えなかった部分が見えただけであって。見えなかった部分が見えたときに、『それもその人なんだ』と受け止められる揺るがない自分がいるというのが、信じられることなのかなって思ったんですけど。でも揺るがない自分の軸を持つことってすごく難しい。
だからこそ人は“信じる”って口に出して、不安な自分がいるからこそ、成功した自分や理想の人物像にすがりたいんじゃないかと思いました>

 芦田の思慮深さに、居合わせたキャストやスタッフ、マスコミ記者らは感嘆。映画『星の子』では、芦田演じる少女・ちひろの優しい両親が“怪しい宗教”を深く信仰しており、また映画のキャッチコピーは「ちひろだけが、大好きな両親を信じた。」というもの。「信じる」ということがキーになっているからこその質問だったわけだが、芦田から上記のような答えが出てくるとは誰も思わなかったようである。

 この発言がなぜ大きな反響を呼んだのかを、『スッキリ』では言葉と哲学の有識者が各観点から解説。芦田を<言葉の意味を正確に捉え、語彙豊富に正確に話していて素晴らしい><信じるという当たり前の言葉を疑って本質にたどり着くという、これは哲学だ><相手をそのまま受け入れるためには自分自身が揺るがないことだというのは、かなり哲学的。哲学の学者並み>などと褒め称えた。

 しかしMCの加藤浩次だけは<哲学者のコメントは“哲学してる”とかよく分かんなかった>と素直な感想を漏らし、独自の意見を述べる。するとレギュラーコメンテーターで日本文学研究者のロバート・キャンベル氏は、「そういうことではないのだ」と丁寧に議論を重ねた。そんな二人の問答を紹介したい。

加藤<揺らがない自分の軸を持つというのは自分を“信じる”ことだと思う。そうすれば人への誹謗中傷や人から承認欲求を得ようとか、人を自分の考えで納得させようとかはなくなる>

キャンベル<自分を信じるというのは、人から見ると依怙地になってたり、凝り固まってたりする>

加藤<エゴではなく、しっかり自分を信じていれば相手の意見も受け入れられるようになるってこと>

キャンベル<自分を信じる信じないという問題ではない。(中略)自分は常に揺れる。同じにはなれないけど人と常に同期しようとする。それをどうやって埋めていくか(が大切)。知識だったり、経験だったり、妥協であったり。それが生きることだと彼女は見抜いた>

 この問答を通じて加藤は、<キャンベルさんの方が正しい。テレビの前の皆さん、僕の意見は忘れてください>と納得。<僕はキャンベルさんの意見を聞いて愛菜ちゃんの一部分しか見えてなかったことがわかりました。キャンベルさんはね、僕のこと信じてないで、いつも僕のこと疑うの>と、笑いを誘って締めくくっていた。

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