日本とスウェーデン、出産・育児を取り巻く社会ネットワークの違い

文=和久井香菜子
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GettyImagesより

 2020年6月、東京都大田区蒲田のマンション一室で3歳の女児が死亡した。同居する父親はおらず、母親は3歳の娘を自宅に閉じ込め、何日間も家を開けて恋人のもとへ行っていたという。ネグレクトは常態化していたと見られ、母親は保護責任者遺棄致死容疑で逮捕されている。

 その後の報道で、この母親は幼い頃に母から日常的な暴力を受けていたこともわかった。小学2年生の時、彼女への暴行などで両親は逮捕され、以降、児童養護施設で育っているという。また、母親は警察から任意の事情聴取を受けて身柄を解放された直後に自殺を図っていたことも報じられている。

 この悲惨な事件に、筆者はとても腹が立っている。なぜ、何度も同じような事件が起こるのか。もうすでにこの社会で母親ひとりでの育児が不可能なことは、さまざまな悲しい事件からわかっているはずではないか。

 また、どうしていつも報道は父親について触れないのかも大きな疑問である。子どもは一人で作れるわけではない。一方で7月、性暴力被害を受けて妊娠した場合でも、人工妊娠中絶手術を受けるにあたって医療機関から加害者の同意を求められることが話題になったことも、記憶に新しい。妊娠・出産をめぐる社会の歪みがそこにあるのではないか。

「シングルマザーの悲劇などといって、彼女たちを叩くのは簡単です。でもその背後には、ものすごくたくさんの問題があると思うんですよ」

と語るのは、大阪大学言語文化研究科の高橋美恵子氏だ。

 母親が、産んだ子どもを死なせてしまう……環境や理由はさまざまだが、これまでも同じようなことが何度もあった。これは個人の問題ではなく、社会の問題なのだ。

 高橋氏は福祉大国であるスウェーデンの家族政策に詳しい。そこでスウェーデンではどのような施策が行われているのか、具体的に話を聞いた。

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高橋美恵子(たかはし・みえこ)
大阪大学大学院 言語文化研究科 教授。ストックホルム大学大学院 社会学研究科修了(Ph.D.)。スウェーデン社会、家族政策、ジェンダー平等、ワーク・ライフ・バランスなどに詳しい。

妊娠したら、産婦人科ではなく母子健診センターへ行く

――日本も国や自治体による出産・育児支援は多くありますが、福祉国家であるスウェーデンはさらに充実していると聞きます。

高橋:産後の母親へのサポートと、同時に産まれた子どもへのサポートは、確かに充実しています。出産と育児に関する全国統一のシステムが出来上がっています。

ーー日本では先日、レイプで妊娠した場合でも堕胎するのに病院で相手のサインを求められることがあると問題になりました。

高橋:スウェーデンでは子の父親にあたる人物の同意を必要とせず、女性の一存で、「産む」「産まない」を決められます。未成年でも親の同意は必要なく、個人の権利として、一切の社会的制裁を受けずに産まない決断をすることができます。望まない性的関係を持ち妊娠した場合ももちろん同様です。

 そして18歳未満(未成年)の場合、中絶の費用は基本的にかからず、「望まない妊娠を続けない権利」が公的に確保されています。プライベートのクリニックを敢えて選択した場合は、その限りではないとは思いますが。

ーー日本は、妊娠を疑ったらまず妊娠検査薬を買い、陽性なら産婦人科に行くという手順を踏む女性が多いですね。ただ、結婚して子どもを望んでいる女性ならともかく、そうでない女性にとっては産婦人科ってとても敷居が高い。これも大きな問題だと思います。アフターピルもドラッグストアで買えませんし高額ですよね。中絶したくとも身体的にも負担がかかる掻爬を選択せざるを得ない女性が少なくありません。スウェーデンでは産婦人科は女性にとって身近なものですか?

高橋:日本では検査薬も病院もお金が必要ですよね。スウェーデンでは望まない妊娠を疑ったら、地域にあるスウェーデン性教育協会(RFSU)のサポート窓口に相談することができます。同協会から中絶クリニックに繋いでもらえます。10週未満なら人口妊娠中絶薬が処方されますが、それを超えると中絶手術を受けることになります。18歳未満の場合、基本的に無料です。

 ただ、ピルや子宮内避妊具の使用が浸透していることもあって10代の中絶は少ないんです。中絶する人の多くは20代ですが、そのうち約90%は手術ではなく薬による処置です。産科医による掻把手術は10%未満です。

ーーカウンセラーの常駐するサポート窓口が特別に困った状況に陥っている人だけに向けたものでなく、一般に開かれた当たり前のものになっているんですね。

高橋:はい。そしてスウェーデンでは実は、女性が単身で子どもを産むケースが少ないんです。「子どもは両親で育てるべき」というふたり親規範がとても強いんですね。この「ふたり親」は男性と女性だけではなく、男性同士、女性同士も含みます。

 妊娠した場合、一般的には、助産師が常駐する地域の母子健診センター(MVC)に行きます。母子・乳幼児健診センターと自治体の家族相談やオープン保育所など、妊娠・子育てに関する対応窓口が一元化されている「ファミリーセンター」が全国に設置されていて、そこに行けば、きめ細やかなサポートを受けることができます。

 産むと決めたら、まずは出産までのプログラムが組まれ、親教室に通います。カウンセリングから、親としての心構え、分娩のときの呼吸法など、いろいろなことを学ぶんです。妊婦は定期的にそこへパートナーと2人で通うんですね。

 出産後は、1週間以内に日本で言う保健師さんが家庭訪問に来ます。そこで親の精神状態や健康状態、家庭環境、子どもの成長の様子を確認します。その後は、親が子どもを連れて乳幼児健診センター(BVC)定期的に通うんです。

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