大坂なおみと7枚のマスク〜在米日本人にとってのBLM

文=堂本かおる
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GettyImagesより

 過去6カ月、アメリカは甚大なコロナ禍とそこから派生した深刻な経済ダメージに加え、BLM(ブラック・ライヴス・マター)および人種問題に密接に結び付く大統領選で揺れに揺れ続けている。アメリカに暮らす日本人もその全ての影響下にあり、生活環境や意見、思想に違いこそあれ、誰もが精神的にも相当な負担を強いられている。

 以下、BLMにまつわる在米邦人の在り方を、BLMに強く賛同し、行動を続ける大坂なおみ選手を軸に考えてみる。

BLM:黒人として声を上げる大坂なおみ

 9月6日のU.S.オープンにてエストニアのアネット・コンタベイト選手を下し、8強入りを決めた大坂なおみ選手は、試合後に以下のツイートを行なっている。

「トレイヴォンの死をはっきりと覚えている。私は子供で、ただ恐ろしかったことを覚えている。彼の死が初めてでないことは知っている、けれど私にとっては、何が起こっているのか目を見開かせた事件だった。同じことが何度も何度も起こるのを見て悲しい。変わらなくてはならない」

 8月下旬に起こったウィスコンシン州での警官による黒人男性銃撃事件への抗議としてNBA、WNBA、MLBなどプロスポーツのチームが試合をボイコットした。大坂選手も開催中だったウエスタン・アンド・サザン・オープンの準決勝戦をいったんは棄権すると表明したが、WTA側の対応により棄権を取り止め、日程を変えられた試合に出場。現在開催中のU.S.オープンでは警察暴力の犠牲となった黒人女性・黒人男性の名を書いたマスクを着用している。

「黒人ならば日本人ではない」「スポーツに政治を持ち込むな」大坂なおみへの批判が的外れな理由

 大坂選手は7枚のマスクを用意していると言い、決勝戦まで進むとテニス・ファンは7人の犠牲者の名を見ることになる。初戦「ブリオナ・テイラー」、2戦目「イライジャ・マクレイン」、3戦目「アーマウド・オーブリー」に続いて9月6日に着用した「トレイヴォン・マーティン」は、BLMムーヴメント誕生の理由となった犠牲者だ。

 2012年、当時17歳だった高校生トレイヴォン・マーティンは雨の日の夜半に近所のコンビニにジュースとキャンディを買いに出掛け、その帰りに地域の自警団を名乗る男に「怪しい」という理由で射殺された。

 当時14歳だった大坂選手は事件が起きたフロリダ州に暮らしていた。連日の報道で繰り返し映し出されたトレイヴォンの顔写真は、次に撃たれて死ぬのは自分や家族友人かもしれないという、極めてリアルな恐怖を植え付けたに違いない。

在米日本人が抱えるいくつもの不安

 大坂選手は黒人としてBLMに強く賛同し、事態を変化させるためにテニス界のスーパースターとしての影響力を行使しているのだ。

 大坂選手は日本人とハイチ黒人のミックスであり日本国籍だが、黒人差別主義者や構造的差別に則って行動する警官はミックスだろうが他国籍だろうが気にかけない。つまり、黒人の家族を持つ在米邦人にとってもBLMは他人事ではない。自分の夫や妻、子供、親族が犠牲者となり得るのである。

 黒人の家族を持つ人々だけでなく、恋人、友人、同僚など黒人が掛け替えのない存在である人々にとっても同様だ。また、人として、もしくは人種問題が混迷を極めるアメリカという国に暮らす身として、不条理な人種差別に強く反対し、BLMに賛同する人たちも大勢いる。

 その一方、外観で東アジア系と判断される人々(日本人の大多数)は、トランプが連発する「チャイナ・ウイルス」が理由で起こったアジア系へのヘイトクライムの被害者たり得る。実際に被害を受けた日本人も存在する。

 加えて移民を極力締め出したいトランプ政権は移民法の改変を繰り返し、トランプが大統領令を発することもある。在米邦人の滞在資格も各種の就労ビザや学生ビザ保持者、永住権保持者、米国市民権取得者(法的には米国人)などさまざまであり、中には移民法の改変に影響を受ける人たちがいる。

 また、日本人の中にも滞在資格を持たない、いわゆる不法滞在者も存在する。その違法性はともかく、当人や家族(家族は合法滞在者や米国市民のケースがある)が慢性的に抱える不安「摘発されれば強制送還」は非常に重い。そこに今は「コロナに感染したら発覚するのか」という新たな恐怖も加わっている。

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