生まれつき耳が聞こえない映画監督、今村彩子さん(41)(監督)が、アスペルガー症候群とうつがある友人の「まあちゃん」との関係を撮ったドキュメンタリー映画『友達やめた。』が9月19日から公開となる。
互いの障害による生きづらさや困難を補い合いながらも、時に激しくぶつかる二人。「人と人は本当に分かり合えるのだろうか?」「友達とは?」と自問自答せざるを得ない自らの葛藤を、掘り下げるべく、今村監督は、自分たちにカメラを向けた。なぜ、「まあちゃん」と自分を撮ろうと考えたのか。
「今も、まあちゃんとは喧嘩ばかり」と笑う今村監督に、話を聞いた。
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※アスペルガー症候群
発達障害のひとつで、自閉症スペクトラム障害に分類される。社会的なコミュニケーションが苦手だったり、興味関心に偏りが見られるなどの特徴がある場合が多い。当事者の特性による“困りごと”は周囲の理解と適切なサポートにより軽減される場合がある。
「そういう映画ならわたしも観てみたい」とまあちゃんが言ったから
ーーまあちゃんとの関係を映画に撮ろうと思ったきっかけは?
「三年前に発表した映画『スタートライン』の上映会にまあちゃんが観にきてくれたのをきっかけに、親しくなりました。私は生まれつき耳がきこえず、まあちゃんは聴覚過敏があります。お互い手話を使ってのコミュニケーションが心地よくて、話も合ったし、家も近くて本好きだったり共通点も多くて、自然と友達になったんです。
でも、だんだん、まあちゃんの言動がつらくなってきて。私の飲み物を勝手に飲んだり、頭を強く叩いたり、『いただきます』の挨拶がなかったりするんです。それがアスペルガーだからなのか、まあちゃん個人の問題なのかがわからず、嫌だと思ってもどう伝えるべきか、我慢するべきなのかずっと悩んでいました。
映画は私にとって物事を客観的に見て、自分の内面を見つめるツールでもあります。だからこの関係をまずはカメラに収めてみたいと思ったんです」
ーー映画にすることを伝えたとき、まあちゃんはどんな反応でしたか?
「まあちゃんを撮るなんてきっと嫌がるだろうと思ったんです。まあちゃんは自分がアスペルガーだということを職場の人にも、家族にさえも伝えていなかったですから。でも喧嘩の最中に半ば売言葉のように伝えてみたら、『テーマは何?』と冷静に聞いてきたんです。テーマは『私の葛藤』だと伝えたら、まあちゃんは『面白そう。それなら私も観てみたい』と。その言葉で決心がついて、そこから撮影が始まりました」
ーー映画の中では約1年に渡り、二人の関係性を追っています。日記やLINEを交換しながら、自分に起きた出来事やお互いへの率直な気持ちを丁寧に話し合っていくのが印象的でした。
「そうですね。交換日記を始めたのは、まあちゃんがいつも自分の話したいことを1時間でも2時間でも話し続けて、それを聞くのが辛かったから(笑)。「話が長くて疲れる」とまあちゃんに言うと、彼女から『じゃあ日記に書いてくるからそれを見せるよ』ということになったんです。
LINEでは率直に、お互い嫌だと感じたことを伝え合っています。私はもともと仲のいい友達とは、本音を伝える方なんですが、まあちゃんとの関係においてはぶつかり合うことで新たなトラウマを作ってしまっているのかも…と感じた場面も結構ありましたね」

©2020 Studio AYA
お互いの凸凹を補い合うことで自己肯定感が高まることもある
ーーその一方で、一緒に旅行に行ったり、仕事や日常生活の中でお互いが助け合っている姿も多く見られました。「これはできないから、彩ちゃんやって」と頼まれて、監督が店のオーダーを取ったり、旅行チケットを手配したり……。聞こえない監督にやってもらうんだ、と驚きました。
「まあちゃんは、知らない人と話すのがとても苦手で。特に店員さんなどに自分から声をかけることができないんですね。だから、まあちゃんといるときは私が注文を店員さんに伝えたり、旅のチケットを手配したりしました。
注文や問い合わせなど、まあちゃんに会うまでは私はやったことがなくて。いつも一緒にいる耳のきこえる友人が全てやってくれていたことでした。でもまあちゃんに代わってやってみたら、全然苦じゃないし、結構楽しかった。あ、私、こういうこと嫌いじゃないな、できるんだなと知って、自信になりました。自己肯定感が高まった部分もあると思います。
逆に、まあちゃんには私の映像編集や字幕づくりを手伝ってもらっていますし、手話通訳をお願いしたりすることもあります。
凸凹を補い合っている感じはあるのかもしれませんね」
ーーそれでもやっぱり相手の「特性」が気になってしまうこともあるんですね。
「日記を読んだり、話し合ったりして相手の気持ちがわかることもあるけれど、それでもやっぱり友達として付き合っていると楽しい時もあれば、嫌なこともあって。
まあちゃんに『もっと空気を読んで欲しい』と思ってしまうけど、それはアスペルガーの特性からきているとしたら私は我慢しなくちゃいけない。私だって耳がきこえないことで責められたら困るので。だからつい飲み込んでしまう。結果、私が不満を貯めて爆発して喧嘩になるという繰り返しでした」

©2020 Studio AYA
「友達」でいようとするから辛いのか?
ーー映画の中盤では二人の距離が生まれ、最終的に監督がまあちゃんの苦しさを受け止めきれない痛みが、ひしひしと伝わってきました。
「少しずつ嫌なことが増えていたところに、まあちゃんのお母さんが病気になり、まあちゃんのうつが悪化しました。やっぱりうつは、私にとってとても重いことで。自ら死を選んでしまったらどうしようと考えるととても怖かった。ちょうど仕事が忙しい時期で余裕がなかったし、実母が亡くなったのも同じ夏だったから、母とまあちゃんが重なるような気もしてつらかったんです。
でも、まあちゃんは私を好きでいてくれてる。そんなまあちゃんを嫌だと思う自分はダメだって気持ちもあって。友達だから、嫌なことをされても悪く思っちゃいけないと思ってたんです」
ーー我慢することで辛さが重なって爆発してしまったんですね。
「そうですね。でも耐えきれなくなってしまって。まあちゃんに見せていない自分の日記に『友達やめた。』って書きました。
そうすると不思議と心が軽くなって。ずっといい人でいなきゃと言い聞かせてきたけど、自分の中で認めたら楽になった。肩の力が抜けたんですよね」

まあちゃんとの関係に悩んでいた今村監督が日記に綴ったことば ©2020 Studio AYA
「ぶつかりあう」というコミュニケーションの形
ーー『友達やめた。』はタイトルにもなった言葉ですが、そこからは映画の中でも少し関係性がまた変わっていく様子が見られました。
「お互いLINEも控えていたんですが、1カ月くらいして落ち着いて、また連絡を取るようになったんです。その時に、『友達やめた。』を映画のタイトルにしようと思うということを伝えました。まあちゃんは一瞬寂しそうにしていたけど、『わかった』って受け止めてくれて。
同時に『私はまあちゃんと遠慮なく喧嘩できるようになりたい』ということも伝えたんです。『まあちゃんが死んでしまうかもしれないという状態では喧嘩はできないから』って。それもまあちゃんは『わかった』って答えてくれました」
ーーまあちゃんも、うまく表現できないだけで、今村監督のことを大切に思っていることが映像のあちこちから伝わってきます。
「そうですね。まあちゃんも我慢してるし、大切に思ってくれているのかなと。でもお互い気になることがあるなら話し合おうって言ったんです。どうしたらお互い嫌な思いをしないですむのかを具体的に考えようって二人でノートに書き出したりもしました。
例えば、まあちゃんは目の前にお菓子があったら、それが私のものでも食べてしまったりする。やめてと伝えても繰り返される。そういうことに私は怒ってたんですが、理由を聞いたら、『頭の中ではこれは自分のものじゃないとわかっているけど、目の前にお菓子があったら、あやちゃん(相手)の存在が消えちゃう』って言ったんです。
そうなんだ! と思って。消えちゃうならしょうがないなって。だからそれからは、お互いのおやつはそれぞれカバンにしまおうとか(笑)。そうやって解決策を考えられるようになりました」

©2020 Studio AYA
自分とは違う価値観に触れることで、ものさしが広がる
ーー障害がある人と友達づきあいをする時、監督と同じように「違和感を相手にどこまで伝えるべきか」わからなくなることがあります。
「それはそうですよね。私は生まれつき耳がきこえないので、今では自分自身が周りにどう接してもらえたら嬉しくて、どういう態度に傷つくかはわかるようになりましたけど、それは自分のことだからわかるだけで。違う障害のことはわからないし、同じ障害だとしてもその人が何を嬉しく感じるか、何を嫌だと思うかは人それぞれなのでわからないです。それはやっぱり難しいですよ。
でも、相手との関係を続けていくことでわかってくる部分もあるのかなって思います。時間を積み重ねることで、自然に伝えられる時がくるかもしれませんし。まあちゃんは、『いいことも悪いことも言ってね』って最初から言ってくれていましたが(笑)」
ーー正解がわからないなりに、違和感を相手に伝えることは大切ということですね。
「そうですね。もちろん内容にもよるし、言い方やタイミングは考えなくちゃいけないですけどね。お互い少し落ち着いてから伝えるとか。伝え方を考えるのって難しいです。だから自分が我慢するほうが楽ですよね。でもたとえぶつかっても、そこから得られることもあると思うんです。ぶつかるのは大変だけど、そこで怯まず話し合って少しでもいい方向に向かえば、お互いに世界が広がりますよね」
ーー自分にはない感覚を得ることができる。
「例えば、まあちゃんが『お菓子を前にすると、私の存在が消える』と言ったけれど、そういう感覚があるんだとわかれば、世の中にはそういう人もいるんだなって視野が広がりますよね。自分の価値観やものさしだけが正しいと固めてしまうと、そこに当てはまらない人を排除してしまうことにもつながる。そこから差別って生まれていきますよね」
ーー最近事件になっているような優生思想や差別にもつながる気がします。
「色々な事件があって、ショックを受けることもあるけれど、でも優生思想は自分の中にもあるなとも思うんです。ひどい事件を起こした人を“悪”と決めつけて済むことじゃなくて、自分の中にも同じような醜い部分はあって。そういう嫌な自分も認めた上で、人間同士つながっているって思いたいですよね。
まあちゃんも優生思想は自分にもあるって言ってました。『じゃあ、どうするの?』と聞いたら『本を読んで(いろんな考えを)学ぶ』と言うんです。それはすごくいいなと思って私も真似したりしています。
今はたとえぶつかっても、やっぱりコミュニケーションを取り続けていく努力をすること、それが大事なんだと思っています。もちろん、相手を大切に思う気持ちや好きという感情があることが前提ですが。
映画を観てくださった方が、私たちの葛藤をどう見て何を感じてくださったか、ぜひご感想を聞きたいですね。そこからまた私もまあちゃんも、自分のことを見つめ直せるんだと思います」

今村彩子監督
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インクルーシブという言葉も少しずつ普及しつつある世の中だが、実際に障害がある人と「常に同じ目線」で「友達」になっていくのは、簡単なことではないのかもしれない。異なる世界に生きる二人が、本音でぶつかり合う日常は、ときにヒリヒリとするほど痛々しく映る。
だが、そもそも誰かと友達になり、自分と向き合い相手とぶつかることはいつだって難しくてややこしいものだ。障害の有無は、そこに関係があっただろうか? 親しい人との関係性や、障害がある人との関わり合いについて、観る人自身のあり方を問い直させるドキュメンタリーだ。
映画『友達やめた。』
9/19(土)より劇場公開とネット配信を同時スタート
公開劇場:新宿K’s cinemaほか全国順次
公式サイト:http://studioaya-movie.com/tomoyame/