このように、ワクチンに関しては来年早期の実用化はほぼ絶望的な状況なのに、日本政府や組織委は「ウィズコロナ五輪」などという世迷い言を発明し、コロナ対策をしながら五輪開催を模索する動きを加速させている。その具体的な場が、4日に開かれた調整会議だったのだ。
この会議は「万全のコロナ対策をしての五輪開催」を目標にしている。現在入国制限している国でも、選手だけは特別扱いするとか、入国した選手は選手村に「隔離」して複数回のPCR検査をすればいいのでは、という非現実的な案が真顔で話し合われたらしい。
だが選手やコーチ、関係者を特別扱いしただけでも数万人になる。それら全員の健康面を完全に掌握するのは困難だ。また、金メダル候補の人気の高いプロ選手などは、元々自前で豪華5つ星ホテルを予約するから選手村には入らないし、そうした人たちを強制的に選手村に入れて隔離など、出来るはずもない。
また、現在全国約500カ所の市区町村で、各国選手達の事前合宿を迎え入れる「ホストタウン」が予定されているが、多くはコロナ専用病床などないような、小さな自治体である。それらに対し政府は、各自治体側がマニュアルを作成し、医療体制の準備などを要請すると言っているが、果たしてそんなことが可能なのか。結局は各自治体や医療従事者、ボランティアに対し、過大な出費と労力を拠出させることになる恐れが非常に大きい。
簡素化の逆をいく「万全のコロナ対策」
そして立ちはだかるのが費用の問題である。組織委は1年延期で発生する追加費用への批判を和らげるため「五輪簡素化」を言い出して経費の圧縮に躍起だが、コロナ対策はその真逆をいくものだ。
選手村専用PCR検査機器等の準備、選手や関係者専用の病院と語学力のある医療従事者の確保や、各会場やバックヤードの仕切り、空気清浄機、扇風機、検温器など、新たに巨額の設備投資が発生するのは目に見えている。
さらに、酷暑の季節にマスク着用を義務づけることになり、酷暑対策とも真逆になる。今夏、暑い日にマスク着用を経験した方なら理解できるだろう。酷暑対策も有効な手段がなかったのに、そこにさらにコロナ対策が重なってくるのだから、まともに考えれば不可能である。
愚かな「本土決戦」思考をやめて中止を決断せよ
簡素化を目指すといいながら、さらなる巨額の支出が発生し、安心安全と言いながら、数百万の観光客が集まる中でのコロナ発生を食い止めることが不可能なのは、小学生にでも分かる。それなのに、政府と組織委は「予防措置を頑張れば、なんとか出来るかも知れない」「もしかすると、ギリギリ直前になってワクチンが完成するかもしれない」などと言いながら中止決断を先延ばしにし、会場の賃貸料、組織委の人件費など億単位の無駄な出費を生じさせている。
ワクチンも治療薬もないのに「頑張って準備すればなんとかなる」などというのは、太平洋戦争末期、米軍を本土に呼び込んで一度これを叩けば、有利な条件で講和に持ち込めるかもしれないと考えた、日本陸軍の愚劣で何の根拠も無い「本土決戦思想」と同じである。
刻々とあらゆる指標が「中止」を示しているのに、損害賠償や責任追及から逃れるため、いたずらにその決断を先延ばしにするのは、もうやめるべきだ。出来もしないことを、出来るかも知れないと言いつのり淡い希望を抱かせるのは、世界中のアスリートに対して失礼だろう。
東京五輪の開催は、もはや99%あり得ない。すでに死語になったかもしれないが「アスリートファースト」の観点からも、一刻も早い中止を決断すべきである。
(本間龍)
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