
GettyImagesより
「パラダイス酵母は単なる食品ではありません。相手の身体に入り、心を育み、人生を変える可能性のある生き物です」
「数万人の腸内が一つに繋がっていること。震災前の福島のりんごジュースが生み出したこの物語は、現代の私たちへのボトルメッセージ!」
……この、自然派映画のオープニング感。やたら熱量の高い、野良発酵です。ああ失礼しました。「野良発酵ってなんだ?」ですよね。素人たちが独自に手がける「民間発酵食品」を、個人的にそう呼んでいるのです(同種として当連載では過去に「赤子ヨーグルト」「マンモスジュース」をご紹介)。
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いま民間発酵食品が危ない! ロシア由来の菌の株分けに、メーカーが危機感
またにしても、おそロシア!? 素人たちが独自に手がける「民間発酵食品」を個人的に「野良発酵」と呼んでいますが(過去に当連載で取り上げた野良発酵の北極は…
今回はそれに該当する「パラダイス酵母」の、Facebookグループがアツい! なるウワサを聞き、のぞいてみたのです。みんなでパラダイス酵母なるものをシェアし合い、パン作りに利用したり、発酵ジュースを作って飲んだり。その味わいや調理の工夫、体調の変化などをアツく語り合っているコミュニティでした。
そこにあった説明によると、パラダイス酵母の元になっているのは福島の「あんざい果樹園」で作られたりんごジュースが偶然発酵したもの(何かのタイミングでそこらへんの菌が入ったんでしょうな)。それを鎌倉のパン屋「パラダイスアレイ」が協力して十年以上かけつぎ、今では非売品として希望者に株分けされ、人と人がどんどん繋がっていっている。その様を、冒頭のように表現したようです。
キノコの世界では広がった菌糸の総面積から「世界最大のキノコは東京ドーム684個分」と説明するのが定番となっていますが、昨今は発酵食品の株分け表現にも応用されているんですなあ。精神世界や自己啓発を愛好する界隈は「円」を「縁」、「参道」を「産道」と表現するなど、ダジャレ風の言葉遊びを多用するのが特徴ですが、パラダイス酵母グループでも「ご腸内(ご町内)」なる造語が生まれていました(そして「腸子(調子)はいかがでしょう?」と続ける)。
菌が私たちを動かしている!?
ただ前回ご紹介したマンモスジュースと異なり、こちらは中心人物が取り扱いや情報発信に注意するよう、相当気を配っていることがわかります。無料で公開している取り扱い説明書には以下のようにありました。発酵のさせかた、発泡が始まった際の注意点などの基本情報に加え、こんなことまで言及されています。
(一部抜粋&要約)
・生の天然酵母による炭酸発酵飲料は、人によってさまざまな身体的反応がある。「発酵=健康」ではない。希釈しながら、少量から試飲し、子ども、妊婦、運転者などの方は摂取しないこと。アルコールが生じる場合もあるし、安定した品質になりにくいので飲食店での提供はしないこと。家庭で楽しむのが最善最良。
・SNSやブログは正しい発信を! パラダイス酵母は「ご縁のみで丁寧にお譲りされている」。非売品のため宣伝はしていない。「健康に良い、〇〇に効く」など誤解を生みやすい表現や、お酒・アルコールについては酒税法に抵触する表現などは気をつけること。
ですよね~。すっごく大事。
さて、興味深いのは取り扱いのお作法です。「こんな時代だからこそ、人から人へ、手から手へ、しっかりとバトンを渡してあげることが大切」と手渡しを推奨。そして、
「酵母菌はかけつげば無限に増えるものだと思うと、感謝を忘れがち。独占販売していたら、ご縁もなかった!」
「パラダイス酵母は私たちを一つに繋げ、まるで菌が意識を持った生き物であるかのように、ホストである私たちを肚から動かしているようです」
「震災前の福島から誕生した“パラダイス酵母”が私たち10万人以上を腸内から繋げ、日本中で感謝が溢れている」
と仲間意識と感謝を促すメッセージを連打してきます。
さらには、酵母を利用した豊かな生活でみんなが笑顔になることが「パラダイス酵母が願ったこと!」なんだとか。この物件に限らず、巷のみなさま「宇宙の意思」とか「海が泣いている」とか、勝手に自然を代弁しすぎぃ。
専門家が“発酵力”を分析
多くの人が酵母をシェアすることで繋がりを感じ味わいや工夫を報告し合う様は、核家族化で消えつつある「味を受け継ぐ」「手作り食のおすそ分け」という楽しみを再発見しているのでしょうか。そして「循環」という物語に参加した気分になれる社会意識の高さや、気持ちで変わる味の変化も大きそう。提唱者が強調する「繋がり」「ご縁」には、そんな狙いも感じます。膨大な数の人から人へ受け継いでいくうち、いろいろな菌が混ざってしまいとっくに別の菌になっているのでは……という問題なぞどうでもいいのかもしれません。
愛用者たちのコメントも擬人化だらけです。人に分けることを「里子に出す」と言ってみたり、「パラちゃん」「パラダイス酵母さん」という呼び名も多数。ところでどうしてこの手のものって表現が幼児化するんでしょう? ……はさておきで、今回のメインテーマである「安全面」に話を進めていきたいと思います。
体験談を読んでいると、パラダイス酵母は二酸化炭素(ガス)が出やすいのか、ほかの酵母と比べると早めのタイミングでプクプク&シュワッとしてくる傾向があるよう。この現象を見て、愛用者たちは「さすが発酵力が違う!」と喜んでいるのですが、このあたり発酵のド素人である私にはよくわからなかったため、以前も当連載に登場いただいた漬物の専門家(かつ元沼住人)のイノツーケさんに意見を伺ってみました。
漬物の専門家が語る、発酵食品にまつわるトンデモ・スピリチュアル!
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イノツーケさん(以下、イノツーケ):恐らくというか、ほぼ見た目だけの判断でしょう。発酵具合がどうかを、二酸化炭素がプクプク出てるかどうかで判断するのは、本来無理があります。発酵の具合をチェックするときにはもちろん二酸化炭素の排出を見たりもしますが、ほかの成分との兼ね合いも加味しないといけませんから。私もパラダイス酵母に興味と違和感を覚え、友人から分けてもらって実際にいろいろ試しましたが、たしかに各所で報告されている通り、二酸化炭素はバンバン出て、発酵の立ち上がりは早い。ただ、そのぶん落ち着きも早い。それだけのことで、発酵が始まるタイミングが早いこと=発酵力が高いというわけではありません。
パラダイス酵母はエタノールの生成が不十分のようで、還元臭っていうか、そのまま置いておくと変な菌が発生しやすいみたいです。よくそんな事例が報告されてます。酵母は特性で使い分けるのが普通でしょうし、パラダイスだから何もかも上手くいくとか、美味しくできるものでもないです。味は……そうですね、パラダイス酵母はほかの酵母と比べてエタノールの生成が低いぶん、味としては水臭いものになるとは思いますが、発酵初期ならその差はあまり感じないかもしれません。アルコール濃度1%以上の物を作ると酒税法違反となりますが、パン作りとかでしたら、味の面も問題ないし発酵しすぎる心配もないんじゃないでしょうか。
まちがった使い方をしないで!
ドリンクにした際の味わいは、「マニア向け」「通向け」ともいえるかもしれませんね。もしくは「パラダイス腸内会」に加入すると、共有する気持ちの部分の調味料が加わり、美味しさが増すのかもしれません~。お次、本題の安全面はどうでしょう?
イノツーケ:最近は過発酵を起こしてビンが破裂する事例が頻発しているようです。そのうち誰かが大怪我しないといいのですが。パラダイス酵母は当然自然派にも人気で、体験談としてアトピーが消えただの髪の毛が生えただの。安全に食用にする以前の問題です。はじめのうちはおかしいと思う点に注意喚起していたのですが、あまりにもついていけないので、もうやめました。
提唱者が入念に注意喚起をしても、広まった先で暴走化するのは野良発酵の定めなのか。「非売品」と言われているにも関わらず、メルカリにも出品されていますし(わあ、予想通り)、もっと最悪なのは「赤ちゃんの肌荒れに塗る」という実験もどきのスキンケアも報告されていること。子どもの食物アレルギーは、口から入るものより荒れた皮膚から体内に食品が入り込むことが原因となることが多いのですから、本気でやめてあげてほしい!「底に溜まったおりや、発酵しすぎたものは、お風呂などにご活用ください」という注意書きを、自己解釈してしまったのでしょうか。
「パラダイス酵母」というネーミングについて、Twitterでは「ヤクザのフロント企業みたいに、明るいネーミングがむしろ胡散臭い」的な意見がありましたが、末端利用者たちの暴走で、それが的を射たご意見となってしまっている惨状です。
近年、発酵食品は天井知らずの盛り上がりです。菌が食品を発酵させると生まれる保存性、高まる栄養価、豊かになる風味。そんなミラクルな作用は、たしかに大変魅力的です。ところがその勢いが飛び火して野良発酵界も大活性化し、「腸活」という名の謎菌の沼が次々生まれているようです。
菌を含むこの世界は多様性がとても大切ですが、野良発酵はほどほどにしないと、宿主たちの健康がヤバいのでは~? 職場で「おすそ分けするね!」と押し付けられた話しもあるようですので、みなさまいろいろとご注意くださいませ。ちなみに私は近いうちに、ぜひパラダイス酵母ドリンクを自作したいと思っています。