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家電量販店大手のノジマは、全社員を対象に80歳まで働ける制度を導入した。店舗での販売経験が豊富なベテラン社員らのノウハウを活用すると同時に、若手の育成につなげる狙いがあるようだ。
2021年4月から高年齢者雇用安定法が改正され、企業は従業員が70歳になるまで就業機会を確保する努力義務を課せられた。加えて、日本は深刻な人手不足にあるため、今後は定年を迎えた労働者であっても、雇用延長や再雇用など、様々な形で就業延長を求める企業は出てくるだろう。しかしここで、高齢者が安全に働き続けられる職場環境をどれだけの会社が整えられるのかという問題が出てくる。
まずは労災問題である。高齢者の労災リスクに会社側がどう向き合うか、ということだ。脳・心臓疾患に関する労災請求件数は年々上昇しており、厚生労働省の令和元年度「過労死等の労災補償状況」によると、2019年は前年より59件増の936件。60歳以上(294件)が約3割を占めている。
次に賃金問題が挙げられる。定年退職後に再雇用制度を利用して働いている60~65歳500名を対象にした株式会社マイスター60のアンケート調査によると、「定年到着時の賃金と比べて5割以上減った」(39.8%)、「定年到着時の賃金と比べて3~4割以上減った」(39.6%)と回答。深刻な賃金カットを経験した労働者は多く、“安い労働力として働かされている”と現状が見えてくる。
高齢者を労働力とみなす機運が高まる中で、企業側はどのような変化をしていくべきか。労働問題に精通している龍谷大学名誉教授の脇田滋氏に話を伺った。

脇田滋(わきた・しげる)
龍谷大学名誉教授。労働法・社会保障法専攻。現在、NPO法人 働き方Asu-net・共同代表、非正規労働者の権利実現全国会議・共同代表。ブログに「脇田滋の連続エッセイ」を掲載。
同一労働同一賃金の原則を忘れてはいけない
定年後であっても働き続けなければいけいない未来が訪れようとしていることを、警鐘を鳴らす。
脇田氏「日本型雇用は定年後に働かないことが基本でした。ただ、高年齢者雇用安定法の改正からもわかるように、政府は『生涯現役で活躍できる社会』を掲げ、公的年金の受け取りはできるだけ遅らせ、長期的に働かせるような施策を推進しており、その基本はもはや崩壊しつつあります。
実際、国民年金は現在5万円ほどで、生活していくための不足分を補うために、健康を害しながらも働き続けなければいけない労働者もいます。昔は子供が高齢になった親に仕送りをすることもありましたが、子供世代も生活するのがやっとで、そんな余裕はありません」
生活に困窮している、またはほんのわずかな歪みで困窮するリスクを抱えながら綱渡りで働く労働者。それは多くの人にとって決して他人事ではない。そして今後は、基礎疾患を持っていても働きに出なければいけない高齢者も増加すると見られる。
そうした未来を見据えた上で、脇田氏は労災認定の基準に関する、ひとつの判例を取り上げる。
脇田氏「“身体障害者枠”で家電量販店に採用された、心臓機能障害のある労働者が死亡しました。これを『過労死』だとして、配偶者が国を相手取って起こした行政訴訟があります。2011年7月、最高裁判所が労働側勝訴を確定させました。
この事件では、配偶者(原告)が労災申請しましたが、豊橋労働基準監督署長(被告)は労災と認めず不支給を決定しました。そこで処分取り消しを求めて行政訴訟を提起しましたが、名古屋地方裁判所は訴えを認めませんでした。
しかし、名古屋高等裁判所は2010年4月、1審判決を取消し、労災(過労死)と認める判決を下しました。被告は上告したのですが、最高裁判所は上告を受理せず、原告勝訴が確定しました」
裁判の最大争点は、労災認定の前提となる過重労働の判断基準だった。
脇田氏「この裁判では、労働者の死亡が過重労働によるものかどうか(業務起因性)をめぐり、その判断を平均的な労働者を基準とするのか、亡くなった労働者本人を基準とするのかが、最大の争点となりました。
名古屋高等裁判所は、『労働に従事する労働者は必ずしも平均的な労働能力を有しているわけではなく、身体障害者である労働者が遭遇する災害についての業務起因性の判断の基準においても、常に平均的労働者が基準となるというものであれば、その主張は相当とは言えない』『身体障害者であることを前提として業務に従事させた場合に、その障害とされている基礎疾患が悪化して災害が発生した場合には、その業務起因性の判断基準は、当該労働者が基準となるというべきである』として、亡くなった労働者本人を基準とすることを明確にしました」
この判決からも、労災認定は「個人」を基準にするものであり、使用者側は個々の労働者に対して「安全配慮義務」を負うことに留意すべきだと脇田氏は言う。
脇田氏「そもそも、最高裁判所は、心臓病や高血圧など基礎疾患を持つ労働者でも、労災認定については労働者本人を基準に判断しています。また、過重労働によって基礎疾患が“急激に悪化した場合”に限らず、“自然経過を超えて悪化した場合”であっても労災と認めています。高齢者は非常に高い割合で基礎疾患を持っていますので、ノジマを始めとした企業は、高齢の労働者に働いてもらう際には、安全配慮義務に対する高い意識を持ち、各労働者の特性を十分に踏まえた上で、安全や健康に配慮した業務指示をすることが大切です」
次に、再雇用により大幅な賃金カットが発生した場合の法律的な問題点を聞いた。
脇田氏「労働法では、同じ業務であるのに賃金カットをするのは、“同一労働同一賃金”の原則に反します。再雇用した場合、嘱託社員など(=非正規雇用)に雇用形態が切り替わるケースが多いですが、雇用形態が変わっても同じだと考えます。
これについて労働契約法第20条で、『有期労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件が、期間の定めがあることにより同一の使用者と期間の定めのない労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件と相違する場合においては、当該労働条件の相違は、労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(職務の内容)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない』とされています。
つまり、有期契約労働者と無期契約労働者との間に、期間の定めがあることによる不合理な労働条件の相違を設けることは禁止されているのです。ただ、『その他の事情を考慮して』という表現が非常に曲者で、この文言のせいで”同一労働同一賃金”の基準を曖昧なものにしてしまっているのです」
この労働契約法第20条が争点となった“長澤運輸事件”という判例がある。この裁判は、定年後に再雇用された運送会社に勤務する有期契約のトラックドライバー3人が、定年前と同じ業務を担っているにもかかわらず給与を約3割カットされたことを受け、「賃金カットは労働契約法第20条に反している」と不服を訴えたものだ。
脇田氏「この裁判の判決ですが、最高裁判所は“その他の事情”として、運輸業又は当該規模の企業の大多数で同様な慣行があること、定年後継続雇用における賃金減額は一般的で社会的にも容認されていること、などを理由に挙げて労働側の請求を退けました。
ですが、この判決は『雇用形態による不合理な処遇是正』という第20条の立法趣旨を薄める解釈をしたものであり、裁判官の裁量を過度に許す第20条の“法文上の欠陥”が顕在化したと言えます。“同一労働同一賃金”の原則は世界標準です。今後、定年後に非正社員としての再雇用が増加し、慣行化するのは問題です。
ちなみに、不合理な待遇の禁止を定める労働契約法第20条は、条文をそのままに『パートタイム・有期雇用労働法第8条』に改正され、2020年4月から大手企業に限って適用されています。そして、2021年4月からは中小企業にも適用されるようになります。
この改正に伴い、同一労働同一賃金の普及が期待されますが、長澤運輸事件のような判例が繰り返されないとも限りません。今後も、労働契約法20条の役割を担うパートタイム・有期雇用労働法第8条に注意を向ける必要があります」