中上健次が「長雨」に魅せられた理由。朝鮮戦争を描いた文学と日本の文壇との関わり/斎藤真理子の韓国現代文学入門【3】

文=斎藤真理子
【この記事のキーワード】

中上健次が「長雨」に魅せられた理由。朝鮮戦争を描いた文学と日本の文壇との関わり/斎藤真理子の韓国現代文学入門【3】の画像2

尹興吉『長雨』

 「長雨」の語り手は小学校3年生の男の子です。全羅北道の田舎の村で、両親ときょうだい、父方の祖母や叔父と共に暮らしていました。そこへ朝鮮戦争が始まり、ソウルに住む母方の祖母と叔母、叔父が避難してきます。

 男の子はこうして、二人の叔父と一緒に暮らすことになったわけですが、やがて父方の叔父は韓国軍に入り、前線で戦死してしまいます。一方、母方の叔父は北朝鮮軍に連れていかれてパルチザン闘争に投入され、今は追われる身となっています。

 母方の叔父がそうなったのは、確たる思想を持っていたからではなく、いわば付和雷同の結末ともいえるもので、本人も家族も困り果てています。こっそりと家に立ち寄った彼に家族は自首を勧めますが、本人は「自首したら助けてやると警察がいくら言っても、そんなのは嘘で、すぐに殺されてしまうだろう」と言って受け入れません。

 「長雨」の舞台は、南北の軍隊が押しつ押されつして勝者が入れ替わるさなかの小さな村です。北朝鮮軍が撤収する日は天地がひっくり返る大混乱となり、地域の人々が密告したりされたり、即決で処刑されたりと、随所で悲劇が頻発しました。これは朝鮮戦争下での普遍的なエピソードです。しかしそれを子どもの目でとらえたところがユニークでした。

 尹興吉は実際に戦争のときに小学校低学年でした。叔父が死んだのも実話だそうです。最初に北朝鮮軍が自分の住んでいる地域を攻撃してきたとき、彼らは大喜びして空を指差して歓呼したといいます。ところがその飛行機が駅に爆弾を落としたのです。

 ここまでなら、太平洋戦争当時に日本に住み、B―25を目撃した子どもとあまり変わらないかもしれません。けれども朝鮮戦争はそこからが違います。

 『長雨』に収められた別の短編「羊」では、竹槍で突き殺された人の死体が無造作に転がされている様子を子どもが目撃します。ここでは、前線と銃後の区別がありません。敵と味方の境界が曖昧です。

 大人にとってすら明日がどうなるかわからない命のかかった状況です。子どもたちにとってはあらゆる因果関係が一切わからず、一種、神話的な恐怖の中に閉じ込められたまま育っていくのです。

 尹興吉本人が、大江健三郎の『飼育』と自分の作品を比べて、「韓国戦争は同族同士の戦いであるために、どうしてもやはり牧歌的には描けない」と述べている通りです。

 さらに「長雨」の主人公の男の子は、お菓子につられて叔父さんの居場所を警察にしゃべってしまったという過去があるため、強い罪の意識を持っています。その上、叔父たちの生死をめぐって祖母たちが互いに反目しているので、おばあちゃん二人の間に挟まった苦しみもあります。そこへ、性感の目覚めという、初期の大江健三郎的なモチーフも重なってくるのです。

 このように子どもの視点をとったのは、実際に戦争を体験した子どもたちがそれを表現できるまでにそれだけの時間がかかったということでもありますし、また、表現の自由のない中での模索の結果という側面もあることを忘れてはいけないでしょう。

 尹興吉はこのような、恐怖と切実さでいっぱいになった子どもの視点によって、小さな村に起きた分断と殺戮をじりじりと描写していきました。さらにこの作品では、イデオロギー対立という状況にシャーマニズムを結びつけたことが画期的でした。

 物語のラストシーンでは占い師によって、死んだと思われる叔父の魂が家に帰ってくる日取りが決められます。二人の年寄りはたくさんの料理をして魂が戻ってくるのを待っていますが、やがて、家の前の柿の木に大きな蛇が巻きついているのがわかります。母方の祖母はそれを死んだ青年と見定め、料理を捧げ、彼の生母の髪の毛を焼いて魂に語りかけます。

「あんたが来たらあげるんだと、年とったおふくろさんが、幾日もかけて支度したもんだよ、食べることはできんじゃろうが、目でだけでも味わって忌んでくださいな」
「何も心配しねえで、遠い道のり、どうか無事に戻ってくださいよ」

 すると大蛇は少しずつ動きはじめ、柿の木からどさっと降り、音もなく地べたを這って消えていったというのです。

 身もふたもない言い方をするなら、子どもの眼による黙示録的な描写と、巫女的な老女のシャーマニズムという最終兵器を二つも投入してカタルシスに持っていくのですから、これは一種、かないっこない仕立てです。

 同時に中上にとっては、そこがしゃぶりつきたいほど魅力的で、「ガルシャ(ママ)・マルケスやフエンテスの短篇などの、非常に良質な文学を読んだ時の感動と同じようなもの」を覚えてすっかりハマってしまったわけです。

1 2 3 4 5

「中上健次が「長雨」に魅せられた理由。朝鮮戦争を描いた文学と日本の文壇との関わり/斎藤真理子の韓国現代文学入門【3】」のページです。などの最新ニュースは現代を思案するWezzy(ウェジー)で。