現在の刑法は性暴力被害の実態に沿っていない。現実離れした法律を変えるには

文=雪代すみれ
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GettyImagesより

 2017年、性犯罪に関する刑法が110年ぶりに改正された。そして、積み残された課題の見直しに向けて活動している団体の一つが「一般社団法人Spring(以下、Spring)」だ。

 Springは性暴力被害当事者と支援者の団体で、被害実態に合った刑法性犯罪規定を目指し、アドボカシー活動(※)をしている。

 8月16日、Springが主催するオンラインイベント「みんなで話そう刑法性犯罪~#OneVoiceオンラインカフェ~」が開催され、約50名が参加した。

 刑法について意見をシェアすることがイベントの主な趣旨で、「“性暴力のない社会を実現する”同じ思いの仲間とコミュニケーションをとりたい」「性犯罪事件の無罪判決を見て憤りを感じている。詳しく刑法性犯罪について学びたい」そんな人におすすめしたいイベントであった。本記事では当日の様子を一部レポートする。

※アドボカシー活動:advocacyは直訳すると、「支持」や「代弁」などの意味をもつ。社会制度や政策の変化のため、市民の声を政治家に届けるなどの活動を行う。

性暴力は自殺や自傷の確率を2.5倍から8倍近く高める 

 Springは、実態に合った刑法性犯罪規定を目指し、被害当事者や支援者らがアドボカシー活動をしている。「Spring」という名称は、被害を受けた人がフリーズ(凍り付き)から動き始め、すべての人の心に春がくるよう願いをこめてつけられたそうだ。

 イベントは代表理事の山本潤さんの挨拶から始まる。

山本潤さん:Springもコロナ前とは同じように活動できていませんが、オンラインでロビイング活動をしたり、こうしてイベントを開催したり、今後も活動を継続していきたいと思います。ある調査では、性暴力は自殺や自傷のリスクを2.5倍から8倍近く高めるといわれており、新型コロナと同じくらい待ったなしの重要な問題です。本日は課題のある現状を変えていくため、刑法性犯罪について一緒に考え、何ができるのかお話ししていきたいと思います。

 次に、副代表の佐藤由紀子さんから、Springの詳しい活動内容について説明があった。

佐藤由紀子さん:現在の刑法は実際に起きている性暴力被害の実態に沿っておらず、被害に遭ったとしても法的に性犯罪被害者と認められにくいという問題があります。Springは「性被害当事者が生きやすい社会を作ることを」をミッションに掲げ、被害実態に即した2020年刑法性犯罪見直しの実現、そのために社会資源として性被害を経験した人生を刑法改正に生かすことをビジョンとして掲げています。

 具体的には政策提言と市民への啓発や世論を喚起する活動を行っています。Springの活動の柱にする政策提言とはロビイング活動といわれるもので、国会議員や関係省庁職員に直接お会いし、私たちの体験をお伝えするとともに、要望書提出や意見交換会を行ったり、ヒアリングを受けたりします。2017年の活動開始から丸3年経過したところですが、面談した国会議員や省庁関係者の数は延べ500人を超えています。

 世論を喚起することも大事な活動です。社会の声が大きくなれば、国会議員や関係省庁の職員はそれを無視できなくなります。刑法性犯罪の改正への一人ひとりの声を書いた「One Voice」を集めたり、オンライン署名を行ったり、本日のようなイベントを開催したりしています。

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一人ひとりの想いが込められた One Voiceメッセージ(Spring提供)

2017年の改正で変わった点と残された問題

 2017年の刑法改正では何が変わったのか、そして現在でもどんな課題が残っているのだろうか。弁護士の寺町東子さんがレクチャーしてくれた。

寺町東子さん:2017年の刑法改正のポイントは4つです。

①強姦罪が強制性交等罪になったこと
→膣性交だけでなく、肛門性交や口腔性交(以下「性交等」)も対象となり、男性も被害者に含まれることに

②法定刑の引き上げ
→法定刑の下限が3年から5年に引き上げ。強制性交等致死傷・準強制性交等致死傷の場合は6年以上の刑

③親告罪の規定が撤廃
→被害者が告訴する必要がなく、被害者の意思を尊重しつつも、検察はその判断で事件を起訴できる

④「監護者性交等罪」「監護者わいせつ罪」の新設
→18歳未満の子どもに、監護者がその影響力に乗じて行う性交等やわいせつ行為は、暴行・脅迫がなくても処罰できる(子どもと監護者という地位関係性による処罰類型の創設)

 上記のような改正はあったものの、2017年の刑法改正では暴行・脅迫要件が残ってしまったことや、教師と生徒、上司と部下などの地位関係性を利用した性行為に関する規定が作られなかったことなど、課題が残っている。

※暴行・脅迫要件…刑法176条の「強制わいせつ罪」、刑法177条の「強制性交等罪」に<暴行又は脅迫を用いて>と書かれている。過去には、不同意であったにもかかわらず激しく抵抗できなかったため、暴行脅迫要件が立証できず不起訴になったケースもある。

寺町東子さん:諸外国では、2011年に採択された「女性に対する暴力及びドメスティック・バイオレンスの防止に関する欧州評議会条約(イスタンブール条約)」や、2017年から始まった「#MeToo運動」の影響もあり、法改正が進んでいます。一番進んでいるスウェーデンでは、自発的な同意がない場合は処罰の対象(yes means yes)、イギリス・カナダ・ドイツなどでは、同意がなければ処罰の対象(no means no)、フランスや韓国では、威迫や強制があれば処罰の対象、フィンランドや台湾には教師や生徒、上司と部下など、地位関係性を利用した性暴力の処罰規定があります。また、性交同意年齢も日本では13歳とされており、OECD加盟諸国で最低年齢です。韓国の性交同意年齢も以前は13歳でしたが、今年5月に16歳に引き上げられました。

 公訴時効にも課題が残っており、強制性交等罪と監護者性交等罪が10年、強制わいせつ罪と監護者わいせつ罪が7年です。例えば3~7歳に性交等の被害を受けていたとすると、17歳で公訴時効が成立します。しかし、17歳ではまだ行為の意味がわからなかったり、未成年のため自分で被害届を出せなかったりします。また、PTSDで解離(※)が起き、記憶を封印している間にも時効が進行し、時効までに被害を訴えられない現状があります。対策として、未成年の間は時効を停止したり、時効の期間を長くしたり、時効を撤廃している国もあります。

※解離:防衛反応の一つで、辛い体験から自分を守るために記憶や意識がなくなったりする。

 2017年の刑法改正の際、附則の第9条には「3年後に措置を講ずる」という趣旨の記載がされ、この3年後が今年2020年であり、Springは積み残し課題解消のために活動を続けてきた。

<政府は、この法律の施行後三年を目途として、性犯罪における被害の実情、この法律による改正後の規定の施行の状況等を勘案し、性犯罪に係る事案の実態に即した対処を行うための施策の在り方について検討を加え、必要があると認めるときは、その結果に基づいて所要の措置を講ずるものとする>

寺町東子さん:2017年の刑法改正後の流れとしては、2018年4月には法務省内に「性犯罪に関する施策検討に向けた実態調査ワーキンググループ」が設置され、被害状況や被害者心理、裁判例調査、不起訴事件調査などの調査研究が行われ、Springもヒアリングを受けました。2020年の3月には、ワーキンググループの報告書が作成され、その後「性犯罪に関する刑事法検討会」の設置が決定しました。新型コロナの影響で第一回会議が6月開催と予定より遅くなってしまったものの、既に4回の会議が実施されています(第5回会議は8月27日に実施)。法務省のホームページから議事録や資料を確認できますので、ぜひみなさんアクセスしてみてください。アクセスの多さも多くの人が関心を持っていることのアピールとなります。

 「性犯罪に関する刑事法検討会」での論点整理や議論を経て、恐らく今年度中には報告書が取りまとめられるでしょう。来年度には取りまとめの内容に基づき、法制審議会刑事法部会で改正法案の取りまとめが行われ、その後、国会での審議が行われ、可決・成立……といった流れになります。今後も世論での声を盛り上げて、法制審議会刑事法部会や国会での審議に向け声を届けていくことが重要です。

一人ひとりの声には力がある 性暴力被害を「なかったこと」にしない

 オンラインイベントは登壇者から視聴者へ一方通行になりがちだが、今回は、参加者からの質問への回答があったり、参加者の声が紹介されたり、対話型のイベントであった。以下は参加者から届いた性暴力に対する声の一部だ。

●暴力的なポルノでは、「これはフィクションです。真似したら罪に問われます」とテロップをつけることを必須にしてほしい

●せめて警察や医師など専門家による二次被害をなくしたい

●性暴力被害の実態が反映された刑法に向けて、性暴力について社会の理解が深まるように一緒に頑張りたいです

 また質問への回答についてもいくつか紹介する。

Qみなさんの活動の原動力はどんなことですか?

山本潤さん:「性暴力をなくしていきたい」という思いです。被害を受けた人が訴えることもできずに孤独に苦しんでいる一方、加害者がのうのうと生きている現状がおかしいと思うからです。きちんと法律が整備され、訴えやすくも支援を受けやすくもなり、加害者を適切に処罰できるような社会になることを望んでいます。

伊藤千紘さん(Springスタッフ):私自身が性暴力被害サバイバーです。私の場合は警察に訴えることができず、加害者は法的措置を下されていない状態です。自分の経験をなかったことにしたくない、そのためにSpringスタッフとして、自分の経験を少しでも社会のために還元することができたらいいなと思います。

Q個人では何ができるのでしょうか。

寺町東子さん:フラワーデモで街に集まり被害を語ったり、ツイッター上で声をあげたり、被害を可視化させ、伝えていくことです。多くの女性は痴漢や声かけ、露出狂に遭遇するなど、意に反する性的な経験をしていると思います。実名でも匿名でも関係なく、声をあげ、無いことにされてきた被害を見える化することに意味があります。

山本潤さん:世論を盛り上げ続けることです。メディアで取り上げられる機会が増えたり、周囲の人と話したり、刑法改正を必要とする社会の声が大きくなれば、国会議員にも伝わるのではないかと思います。

 Springを応援することも、私たちにできることの一つである。Springでは毎月500円からの継続的な寄付、または単発での寄付を受け付けている。寄付は難しい場合でも、情報を周りの人にシェアすることは社会の関心を高めることに繋がるだろう。

※寄付の詳細はSpringホームページをご確認ください。

~Springよりお知らせ~

 Springも調査に協力した書籍、齋藤梓・大竹裕子編著『性暴力被害の実際 被害はどのように起き、どう回復するのか』(金剛出版)が発売中。性暴力被害がどのような状況で起きているのか、被害後にどのように回復の道を辿るか分析されている本です。

■一般社団法人Spring

 ●公式ホームページ
 ●ツイッター:@harukoi2020
 ●フェイスブック:@Spring20170707 
 ●インスタグラム:@spring_onevoice

2020年、性暴力に関する刑法を改正したい。被害実態を国会に届け「世界を変える」

 今年3月に相次いだ性暴力事件の無罪判決を、あなたは覚えているだろうか。 福岡地裁、静岡地裁、名古屋地裁で、計4件もの性暴力の無罪判決があった。…

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現在の刑法は性暴力被害の実態に沿っていない。現実離れした法律を変えるにはの画像2 ウェジー 2020.01.05

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