厚生労働大臣は「担がれる神輿」ではない
本稿の締めくくりとして、「もしも、このタイミングで内閣改造が行われなかったら」という事例を一つ紹介しよう。
2016年7月に発生した「津久井やまゆり園」での障害者殺傷事件では、事件から2日後の関係閣僚会議で、安倍首相(当時)が「事件を徹底的に究明し、再発防止・安全確保に全力を尽くしていかなければ」と述べた。さらに塩崎恭久厚生労働大臣(当時)も、事件再発防止のために法改正の必要がある旨の発言を行った。もともと、精神保健福祉法の見直しと2017年の再改正が予定されていたのだが、そこに、同様の事件が再発しないように見直しが追加されるということになった。
障害者らを殺傷した植松聖死刑囚は、事件以前から「障害者を安楽死させるべき」という主張を繰り返していた。2016年2年には精神科病院に措置入院となったものの、すぐに状態が平穏になり、措置を継続すべき理由がなくなったため、12日後に措置解除となった。しかしその後、措置入院先の病院は行方を把握できていなかった。そして行政とも精神保健福祉とも接点がなくなっている中で、事件が起こった。
翌月の8月10日、厚生労働省は「相模原市の障害者支援施設における事件の検証及び再発防止策検討チーム」を設置して防止策の検討を開始し、同年12月8日には報告書を取りまとめた。役所にあるまじきスピード感は、厚生労働大臣の強い関心と安倍首相の期待の反映である。内容のポイントを一言で言うと「退院後支援計画の作成を、措置入院解除の条件とする」、言い換えれば、「地域での監視と管理とつきまといの体制が整うまでは、措置解除して退院させてはならない」ということである。当然、本人のための精神医療や精神保健福祉ではない。特に問題視されたのは、警察との連携が含まれることであった。地方においては、良心的な巡査が地域のメンタルヘルスの重要な支え手となっている場合も多いのだが、警察との連携を制度化することは、国家権力による精神障害者監視の制度化に他ならない。
翌年の2017年2月、この内容を盛り込んだ精神保健福祉法改正案が閣議決定され、国会に上程された。参議院で先に審議して議決する「参院先議」であった。「参院先議」は、政府が成立を強く臨む法案の場合に採用されるスタイルである。成立は必須と見られていたが、障害当事者団体、障害者との信頼関係を失いたくない専門職の団体など多数の団体が、成立に反対する活動を展開した。
厚生労働省は直後に、この改正の必然性がないことを事実上認め始めていた。2017年4月には、塩崎恭久厚生労働大臣が、「犯罪予防という目的ではないことを明確にするため」という理由で改正趣旨を削除し、野党に対して異例のお詫びを行った。しかし、もはや立法事実が存在しないにもかかわらず、廃案とはならなかった。国会の会期終了とともに審議終了となり、9月に国会が解散されることによって廃案となった。厚生労働大臣は、8月から加藤勝信氏へと交代していた。
退院後支援計画の作成は、その後、厚生労働省の「ガイドライン」という形で、入院患者の同意のもと、各自治体が独自に行うこととなった。入院患者は、「退院後支援計画を立てなければ退院させない」と言われれば、渋々ながら同意することになる。しかし退院に成功すれば、「こんなに地域で監視されたら具合が悪くなる」と訴え、退院後“支援”を止めさせることができる。強制力のある形で法律に盛り込まれてしまっていたら、こうは行かない。
省庁の“顔“が変わることには、大きな意義がある。政治家や官僚の「言い出した以上は引けない」という意地も、人が変われば若干は引っ込められることがある。メンタルヘルス上の課題を持つ人や社会に、さらなる人権侵害や迫害を重ねにくくするために、このことは重要だ。
中編では、第二次安倍政権下のメンタルヘルス事件を、より詳しく見ていこう。