第二次安倍政権下のメンタルヘルス政策には、数多くの異なる方向性が含まれていた。2014年に日本が国連障害者権利条約を締結したことは、「人権後進国」から脱するための大きな一歩となったはずである。この条約に基づく立法や、その法の施行や、法に基づく調査などが、実績として重ねられてきた。しかしその一方で、変化への抵抗も続いている。また、当事者の人権を守るための方向性が、異なる目的に使用される可能性もある。まずは、事実を事実として確認したい。
安倍政権の歴代厚労大臣からみる「メンタルヘルス」への関心
2020年9月16日、安倍晋三政権が終わり、菅義偉内閣が発足した。日本のメンタルヘルスにとって、7年8カ月もの長期にわたった安倍政権とは何だったのであろう…
第二次安倍政権下の「メンタルヘルス事件」を振り返る
各厚生労働大臣のもとで発生したメンタルヘルス関連の出来事を振り返ってみよう。
・2012年12月~2014年9月(厚生労働大臣は田村憲久氏)
2013年4月
障害者総合支援法、施行(成立は民主党政権下の2012年6月。既に障害者虐待防止法が成立(2011年)・施行(2012年)されていた)。
2013年6月
障害者差別解消法が成立。
2014年1月
日本政府、国連障害者権利条約を締結。
2014年2月
心身障害者等医療観察法(以下、医療観察法)による鑑定入院の対象となった東京都内の40代男性が、国家賠償を求めて東京地裁に提訴。
知的障害と精神障害を持つ男性は、2011年に商業施設ですれ違った女性を転倒させ負傷させた。その事件から754日後、東京地検が医療観察法による申立を行い、男性は東京都内の精神科病院に58日間鑑定入院させられた。
医療観察法は、いわゆる「責任能力」がないとされ不起訴処分となった触法精神障害者を強制治療する制度であるが、男性は強制治療の対象とならなかったため釈放されていた。健常者なら不起訴で終わりそうな事件に対し、2年以上後にいきなりの強制入院が行われ、58日間にわたって自由を剥奪したことに対して何の賠償もないことの問題点を明らかにするための提訴であった。
2014年4月
精神科病院で暴力のため頚椎を骨折し寝たきりとなっていた弘中陽さん(当時33歳)が、別の病院で肺炎のため死亡。弘中さんは、千葉県の精神科病院「石郷岡病院」に入院中の2012年1月、看護スタッフ2名の暴力によって頚椎を骨折し、寝たきりとなっていた(以下、「石郷岡病院事件」)。
2014年6月
精神保健福祉法が改正される。
本記事に関連する重要な改正は、医療保護入院における「保護義務者」概念の廃止と入院手続きの簡素化(家族等1名と精神保健指定医1名のみで可能に)、精神科病院に対する精神科入院患者の退院促進を義務化、精神障害者を「ピアサポーター」として退院促進や地域移行の戦力とすること。
2014年7月
国連人権委員会の自由権規約委員会が日本に対する定期審査を終了させ、統括所見を発表した。精神障害者の強制入院に対しては、「精神障害者向けのサービスを病院ではなく地域に増加させること」「強制入院は最後の手段として最小限にとどめること」「精神科収容施設(≒精神科病院)に対する虐待の捜査、処罰、被害者と家族への賠償を目的とする独立した機関を設けること」の3点が指摘された。
・2014年9月~2017年8月(厚生労働大臣は塩崎恭久氏)
2015年7月
石郷岡病院事件において、看護スタッフ2名が逮捕され、その後起訴された。
2016年7月
相模原障害者殺傷事件が発生。容疑者は、「生産性」のない重度障害者を安楽死させる必要性を主張し、同年2月に措置入院していた。12日後に措置解除となり退院した後は、精神保健福祉や精神医療との接点がなかった。事件直後、塩崎恭久厚生労働大臣(当時)が、再発防止のための立法の必要性について発言。2016年8月より、省内で改正に関する検討が開始された。
2017年2月
精神保健福祉法が国会に上程された。内容は、措置入院の解除にあたって「退院後支援計画」の策定を求めるもの。この「退院後支援計画」は、退院後に行政・地域福祉・精神医療・警察等の協力による支援が継続することを前提としていた。言い換えれば、「決して行方不明にさせず、監視し管理する」ということ。
2017年4月
精神保健福祉法改正案の改正趣旨に関し、厚生労働大臣が異例の「お詫び」。改正にあたっての立法事実が事実上消滅。
石郷岡病院事件の刑事裁判において、傷害致死罪で起訴されていた元看護スタッフ2名に対し、1名は無罪、1名は罰金30万円とする判決があった。検察が控訴。
2017年5月
ニュージーランド人のケリー・サベジさん(当時27歳)が、精神科病院・大和病院に入院中、心肺停止状態となり死亡。大和病院で行われていた10日間の身体拘束が原因と考えられている。サベジさんは日本で公立学校の英語教師として働いていた。厚生労働省は遺族の働きかけに応じ、精神科病院における身体拘束の実態把握に関する調査や検討を行い、結果を年度中に取りまとめると回答した。しかし精神科病院側の協力が得にくく、調査は開始直後より難航。検討結果は現在も公表されていない。
2017年6月
国会の会期終了により、精神保健福祉法改正案の審議が停止。