菅義偉内閣で厚生労働大臣に再任されたのは、第二次安倍内閣で最初に厚生労働大臣を務めた田村憲久氏である。第二次安倍内閣にとって、メンタルヘルスと障害者福祉は何だったのだろうか。是が非でも踏み潰したいであろう「民主党政権の名残」は、政権再交代とともに内閣府のWebサイトから消されている「骨格提言」だ。
安倍政権の歴代厚労大臣からみる「メンタルヘルス」への関心
2020年9月16日、安倍晋三政権が終わり、菅義偉内閣が発足した。日本のメンタルヘルスにとって、7年8カ月もの長期にわたった安倍政権とは何だったのであろう…
安倍政権下で軽んじられてきた精神障害者の「命の値段」と、大きな進歩
第二次安倍政権下のメンタルヘルス政策には、数多くの異なる方向性が含まれていた。2014年に日本が国連障害者権利条約を締結したことは、「人権後進国」から脱す…
民主党政権と「総合福祉部会」はこのまま「なかったこと」になるのか?
2009年、民主党政権は発足するとすぐ、内閣府に「障がい者制度改革推進会議」(以下、推進会議)を設置し、車椅子の弁護士として知られる東俊裕氏を同会議推進室長に任命した。そして翌2010年度の始まりとともに、「障がい者制度改革推進会議総合福祉部会」(以下、総合福祉部会)を設置し、具体的な障害者政策に関する議論を開始した。総合福祉部会での議論は、今となっては、第二次以後の安倍政権が何を破壊していたのかを逆照射しているようなものだ。
とはいえ2020年現在、総合福祉部会の痕跡を探すのは容易ではない。総合福祉部会のWebページは厚労省サイト内に残っているものの、内閣府へのリンクは切れている。しかも内閣府サイトには、民主党政権時代のコンテンツがほとんど残されていない。参照したければ、国立国会図書館のアーカイブをはじめとするインターネットアーカイブに期待するしかない。
幸い、推進会議のWebページは国立国会図書館アーカイブに残されており、総合福祉部会のコンテンツもあるのだが、通常のWeb検索では見つけられない。税金で行われていた国家行政の記録を、国民に容易に参照されないようにすることには、いかなる意図があるのだろうか? 米国でも、2017年にトランプ政権が発足すると、ホワイトハウスのWebページから障害者福祉に関するページやスペイン語ページが一掃されているのだが、そのようなあり方が「グローバル・スタンダード」であるわけではない。政権トップや政権党の考え方や行動パターンが似ているだけである。
政策の影響を受ける障害当事者たちが障害者政策検討の場に
民主党政権下の総合福祉部会が最も画期的だった点は、多様な障害当事者たちが参加していたことだ。最後の構成員名簿では、24名の構成員と2名のオブザーバーの合計26名のうち、少なくとも13名が障害当事者であった。障害者運動の国際スローガン「Nothing with us without us(私たちのことを私たち抜きに決めるな)」が、日本ではじめて、内閣府内の政策決定の場で公的に実現されたのである。これは紛れもなく、民主党政権が成し遂げた偉業である。
しかも総合福祉部会に参加していた当事者たちの中には、精神障害の当事者である関口明彦氏(全国「精神病」者集団(当時・注))、知的障害の当事者である土本秋夫氏(ピープルファースト北海道)が含まれていた。議論が白熱して土本氏の参加が難しくなる場面では、「ついていけない」という意思表示によって平易な用語に言い換える“合理的配慮“が行われていたという。
この配慮は、推進会議内の総合福祉部会コンテンツにも現れている。たとえば「障害者制度改革の推進のための基本的な方向」は、同内容の「法律(ほうりつ)や制度(せいど)をより良(よ)いものにする方向性(ほうこうせい)<わかりやすい版(ばん)>」とともに公開されている。視力が弱い人のためにメガネがあり、聞こえにくい人のために補聴器や手話があり、歩行にハンデがある人のために杖や車椅子があり、自発呼吸が難しい人のために呼吸器があることと同様に、知的障害という機能障害があっても社会生活上の障害はない状態を実現することは可能なのだ。
知的障害者の状況は、外国を旅行する際にしばしば陥る「看板が読めない」「街の人の会話を言語として理解できない」という状況とも似ている。もしも、日本語訳されたパンフレット、日本人が作成したガイドブック、翻訳機といったものの助けがあれば、現地を楽しんで無事に帰国することができるだろう。一時的に何らかの意味で「障害者」になることは、誰の身の上にも起こりうる。
(注)全国「精神病」者集団は、2018年5月に「精神障害者権利主張センター・絆」および他方の団体へと分裂した。この時、両者とも今後は同集団の団体名を用いないことに関する合意がなされているが、他方の団体は同集団の名称を使用し続けており、調停等の法的手続きが継続されている。