「家族」だけど家族じゃない。無数の人々の真剣な共同保育『沈没家族』著者・加納土さんインタビュー

文=山本ぽてと
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『沈没家族 子育て、無限大。』(筑摩書房)著者・加納土さん

「あなたも一緒に子育てしてみませんか?」90年代の東中野で、ひとりのシングルマザーが共同で保育をはじめた。「沈没家族」と名づけられたこの取り組みは、当時、新しい生活として注目を集め、メディアでも度々取り上げられた。

20年の時を経て、沈没家族で育った男の子は、カメラを片手に当時の「保育人」たちに出会い直していく。そして完成したドキュメンタリー映画『沈没家族 劇場版』は、全国各地で上映され、新しい家族の形に再び注目が集まった。

映画では入りきらなかったエピソードや、後日談も含めた書籍『沈没家族 子育て、無限大。』(筑摩書房)の刊行を記念して、監督で著者の加納土(かのう・つち)さんにお話を伺った。

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加納土
1994年生まれ。現在26歳。神奈川県出身。 武蔵大学社会学部メディア社会学科の卒業制作として映画の撮影を2015年から始める。2019年、『沈没家族 劇場版』を全国で公開。「沈没家族 子育て、無限大。」(筑摩書房)は初の書籍となる。

「伝統的な価値観がなくなれば日本は沈没する」?

――「沈没家族」とはどのようなものなのでしょうか。

加納 ぼくの母親が、穂子(ホコ)さんという人なんですけど、パートナーの山くんとの間に子どもが発生した。それが、ぼくです。でも山くんと育てようという気にはどうしてもなれなくて、生まれて8カ月ほどで、ぼくを連れて東中野に引っ越します。

穂子さんにはやりたいことがあった。夜間の専門学校にも行きたいし、映画館のレイトショーにも行きたい、働かないといけない。でも、子どもがいる。どうしようと考えた。彼女の中で、一対一だとパンクする、アルコール依存症やネグレクトになってしまうかもしれないという思いもあったようです。

そこで新しいパートナーと育てるでもなく、一人きりで育てるでもなく、実家に帰るわけでもなく、共同保育をすることを考えた。最初はビラをつくってバラまいたり、自分の友達に面倒を見てもらったりしていた。

そうしているうちに、主に中央線沿いにあった「だめ連」と言われる面白いコミュニティに出会います。彼らに「子育てどうですか」と持ちかけて、そこからどんどん人が集まっていきました。シフトを組んだり、保育会議をしたり、保育ノートを書いたりしながら共同保育をしていた。

そんな中、ある政治家のビラにこんなことが書いていた。「男は外に働きに出て、女は家を守るという伝統的な価値観がなくなれば、日本は沈没する」と。それだったら俺たちのやっていることは沈没家族だね、とそのメンバーで話したところから、「沈没家族」という名前がつきました。

その後、そこにたまたま来ていた母子や、シングルの男性メンバーたちと、3階建てのアパートを借りてみんなで住み始めることになり、「沈没ハウス」ができます。ぼくの記憶があるのは、このあたりからです。

というわけで、ぼくは物心ついたときから、家の中にずっと他者がいる生活でした。外からもゆるゆると人が集まってきていて、お酒を持ってきて宴会していた。僕が一階の大きなリビングにいると兄弟でもない子どもたちが遊んでいて、大人は大人同士で交流していて、そこに住んでいる人が自分の部屋からきたり、風呂から上がってきたり、とにかく人がたくさんいた記憶があります。

――「沈没家族」をテーマに大学の卒業制作で映画をつくり、それが全国上映され、今回は書籍化されました。本だからこそ書けたことはあると思いますか?

加納 映画では取り上げられなかった保育ノートにあった面白い記述を、本では好きなだけ引用できました。ぼくの喋ったことが、逐一書かれているんです。

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保育ノート

またそれぞれの保育人たち――といっても、自分たちのことを、保育人とは思っていないし、一人一人で関わり方やスタンスが違うんですけど――についても掘り下げることができましたね。

たとえば、ぼくが一番遊んでもらった記憶のある、たまごさん。彼は「人の子どもだから接することができる」と言っていました。ある一面ではそうかもしれませんが、関わり方で悩むことも沢山あったと思います。

保育ノートを見ると、穂子さんが泥酔して、電車に乗って帰ってこなかったことがあって。たまごさんが「早く帰ってきてくださいホコさん。こまります」と敬語で伝えている文章がありました。

「人の子ども」と言いつつ、親に対して怒っているわけです。穂子さんがトップにいて、周りの人がお手伝いをしていたわけでもなく、たまごさんも親以上に考えてくれたところがあるんだろうなと。

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