ヴィクトリア朝人は家具の脚が恥ずかしいからカバーをかけたわけではない~イギリス文化と性にまつわる神話探訪

文=北村紗衣
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脚のカバーはクマ保険?!

 その後しばらくたってから、どうやらこの家具やピアノの脚の話は眉唾らしい、ということをニュース記事や本などで知り、やっぱりか……と思いました。

 これについては既にウェブ上ではアトラス・オブスキュラなどが詳しい記事をのせており、本では歴史ジャーナリストであるマシュー・スウィートがInventing the Victorians (『ヴィクトリア朝人を発明する』)という著作で詳しく検証してまとめています。英語が読める方であれば、このあたりを見ていただければもっと詳しく面白い情報が手に入るので私が書くまでもないのですが、日本語ですぐ読めるものは少ないようなので、こうした本や記事に沿って簡単に「ヴィクトリア朝人は猥褻だとして家具の脚を覆っていた」神話の成り立ちについて説明します。

 このピアノの脚の話が眉唾だというのは、既に1990年代から研究者の間では有名だったようです (Lystra, p. 56; Vicinus, p. 470)。性的な連想を避けるためピアノの脚にカバーをかけるという話が最初に出てきたのは、1839年に刊行されたフレデリック・マリアットの A Diary of America (『アメリカ日記』)という紀行ものです(Lystra, p. 56; Sweet, p. xiii)。マリアットは、アメリカのミドルクラスの女性たちはあまりにも性的なことがらに潔癖なので、脚を指す時は‘leg’ではなくより婉曲な‘limb’を使い、さらにピアノの脚にもズボンのようなカバーをかけている、という話をこの本に盛り込んでいます(Marryat, p. 154)。

 スウィートが指摘しているように、この話はイギリス人に比べてやたらお堅いアメリカ人を皮肉るような調子で語られているので、そもそもイギリスの話ではなく、さらにどの程度本当かもわかりません。

 マリアットがこの紀行文を出す数年前の1832年には、イギリスの女性作家であるフランセス・トロロープがアメリカをボロクソにけなした『内側から見たアメリカ人の習俗――辛口 1827~31年の共和国滞在記』(日本語訳が彩流社より刊行)がヒットしており、アンチアメリカ本のちょっとしたブームのようなものがありました。

 スウィートはこれについて、センセーショナルなことを書きたがるイギリスの作家をかつごうとするアメリカの人々がマリアットをからかった可能性も指摘しています(p. xv)。私は北海道出身ですが、道産子が何も知らない内地出身者をからかう時に使う「北海道にはクマに襲われた時にそなえるクマ保険があってみんな入っている」という冗談があります(これはウソで、クマ保険というものはありません)。ことによるとマリアットが見聞きした話もクマ保険の類だったかもしれません。

 ところが、この話はいつのまにかヴィクトリア朝のイギリス人の話として広く流通するようになってしまいました。マリアットのこの冗談のような話以外にピアノの脚神話を裏付けるような記録は見つかっていません。スウィートが述べているように、ヴィクトリア朝人はいろんなものにカバーをかけたがる傾向がありましたが、卑猥だからという理由ではなく、主に家具(とくに高いもの)の保護が目的だったようです(p. xiii及びp. 234、n9)。また、歴史ライターのテレサ・オニールが指摘していることですが、布を染める技術が向上したおかげで、ヴィクトリア朝人がやたらと布を使った装飾品で家を飾りたがったことも家具カバー類の流行に影響しているようです。

 よく考えてみると、我々が目にするヴィクトリア朝のピアノの絵は、脚にカバーがついていないものがほとんどです。たとえば、こちらは1880年頃にイングランドで描かれたピアノの絵、こちらは同じ時期のアメリカの絵ですが、どちらも脚にカバーはついていません。とりあえず、みんながみんな脚カバーをつけていたのではないらしいことはこうした絵からも推測できます。上からかけるタイプのカバーはわりと絵にも出てきます。

 さらに、日本にもやたらとものにカバーをかけたがる文化はあります。過剰包装は最近よく問題になっていますが、風呂敷とか熨斗袋とか、たぶん過去の日本にもヴィクトリア朝同様、ものを包むことを礼儀の一部とする文化がありました。しかしながら、現代の日本人はこういう文化を性道徳と結びつけることはあまりありません。剥き出しのままにしておくよりも包んだほうが礼儀正しいという考えが必ずしも性道徳に直結するとは限らないのです。

ヴィクトリア朝についての思い込み

 ヴィクトリア朝が今よりも社会的逸脱に対して法制度や慣習の点で冷酷な社会だったことは確かですが、現在流布している情報の中には面白おかしく誇張されたものもあります。こうしたことを額面通りに受け取っていると、ヴィクトリア朝の文学や絵画などを当時の文脈をきちんとふまえて楽しむことができません。このため、近年はそうした神話をただす方向性の本もたくさん出ています。

 スウィートのInventing the Victoriansはこうした個別事例について非常に詳しく、ヴィクトリア朝の娯楽や薬物使用などについて面白い史料をたくさん拾っている本ですが、ややヴィクトリア朝人を現代人に寄せて考えすぎているきらいもあります。日本語で読めるものとしては、少し古いですが度会好一『ヴィクトリア朝の性と結婚』や、最近翻訳されたテレサ・オニール『ヴィクトリアン・レディーのための秘密のガイド』があります。興味のある方はこのあたりから読み始めると、ヴィクトリア朝の人々に関する思い込みをアップデートできるかと思います。

参考文献

Karen Lystra, Searching the Heart: Women, Men, and Romantic Love in Nineteenth-Century America (Oxford University Press, 1992).

Frederick Marryat, A Diary in America: With Remarks on Its Institutions, 1839.

Matthew Sweet, Inventing the Victorians (Faber and Faber, 2001).

Martha Vicinus, ‘[Review] The Making of Victorian Sexuality by Michael Mason: The Making of Victorian Sexual Attitudes by Michael Mason, Journal of Social History, 29.2 (1995): 470 – 472.

テレサ・オニール『ヴィクトリアン・レディーのための秘密のガイド』松尾恭子訳、東京創元社、2019。

フランセス・トロロープ『内側から見たアメリカ人の習俗――辛口 1827~31年の共和国滞在記』杉山直人訳、彩流社、2012。

度会好一『ヴィクトリア朝の性と結婚』中公新書、1997。

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